人類に文明を授けた半魚の半神「オアンネス」/幻獣事典

文=松田アフラ

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    世界の神話や伝承に登場する幻獣・魔獣をご紹介。今回は、幻獣というよりも半神、メソポタミア神話に遡る賢人「オアンネス」です。

    シュメール時代のレリーフに描かれたオアンネス。

     半魚人や人魚などは幻獣として知られるが、果たしてオアンネスを「幻獣」のカテゴリに入れるべきであろうか?

     オアンネスの起源は、現在判明しているところによれば、古くメソポタミアの神話にある。紀元前14世紀というから途轍もない大昔であるが、テル=エル=アマルナやアッシュールから出土したこの時代の銘板の欠片に、大洪水以前の七賢人の物語が記されていた。賢神エアの使者として人類に文明をもたらしたこの七賢人の長が、アダパと呼ばれる半神人であった。

     時代は下って紀元前300年ごろ、バビロニアに大地神ベルの神官ベロッソスなる人物がいた。彼は古代の書庫を渉猟し、ギリシア語による歴史書『バビロニア史』を著した。この著作においてアダパは「オアンネス」と呼称された。アダパのバビロニア名であるウアンナがギリシア語化したものである。
     ベロッソスはいう、「第1の年、バビロニア辺境のエリュトライの海に、オアンネスという名の、知性を持つ怪物が現れた。その全身は魚の身体であった。魚の頭の下にもうひとつの頭があり、また下には人間に似た足が、魚の尾鰭の部分に付いていた。その声と言葉は明瞭で、人間のものであった」。つまりオアンネスの姿は、現代人の目から見れば、魚を思わせるデザインの潜水服のようなものを纏った人間のように見える。
     さらに「この怪物は人間たちの間で一日を過すが、その間、何も食べない。そして彼は、あらゆる文学、科学、技芸を教えた。都市の造り方、神殿の築き方、法律の編み方を教え、幾何学の原理を説いた。大地の種子を見分け、果物の集め方を教えた。簡単にいえば、野蛮な風習を和らげ、生活を人間的なものにするすべてを教えた。そのとき以来、彼の指導によってもたらされた進歩に付け加えるものは何もない」。

    海から来た知的な存在として描かれてきたオアンネス。

     つまり、「幻獣」というよりも、むしろ彼は人間に文明を与えた「神」であり、人間以上の知性を備えた存在なのだ。そして不思議なことに「太陽が沈むと、このオアンネスなる存在は海に戻り、海中で夜を過した。彼は水陸両生だったのである」という。

     ここまでその生態が詳細に記録されているにも関わらず、その正体も意図もまったく不明。その途方もなく古い起源といい、人類に文明を授けたという伝承といい、蓋しオアンネスとはこれまでの幻獣たちとは一線を画する存在であろう。

    16世紀、ゲスナーの『動物誌』にて捕獲例が記録されている半魚人、「海の司教」。オアンネスに似た姿といえるが、両者の関連は確認されていない。

    松田アフラ

    オカルト、魔術、神秘思想などに詳しいライター。

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