オオカミの頭骨に神を降ろす!? 三峰ゆかりの「呪物箱」が秘めた呪法の系譜を読む/本田不二雄
オオカミ信仰の特集取材を通じて、謎の「呪物箱」を発見。その中身から察せられる背景を呪術師に聞いた。
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2026年の冒頭に補遺々々したのは、新年を禍々しく迎えられる「開けてはいけない箱」と題するシリーズ後編! 開けてしまったがために起きた出来事の文献記録の数々です。すなわちすべて〝本当にあった話〟。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
前回のテーマは、開けてびっくり、昔話「舌切雀」に登場する【大きいつづら】でした。強欲なお婆さんにとっては「決して開けてはならない箱」でしたが、そのお婆さんを懲らしめるため、ひいては、この物語を「正しく」終わらせるためには必要な箱でした。
「開けてはならない箱」ではなく、「開けなくてはならない箱」だったのです。
今回ご紹介するのは、民間に広く語られている昔話ではありません。実際に起きたこととして文献に記録され、その中身をずっと秘密にされていた本当に「開けてはならない箱」のお話です。
2024年6月6日の「恐怖の日」に公開した「不安な『666』の日に贈る、無気味な『8つ』の話」の中で、次のような不吉な箱について書きました。
文化7年、4月23日の朝のこと。
東京神田を流れる藍染川の近くに1匹の犬がいて、何かの箱を食い破っていた。
その箱の中を見ると、一体の藁人形が入っている。
藁人形には蛇が絡まっており、その蛇の頭よりも大きな針が打ちつけられていた。
——これは、呪詛の類でしょうか。
蛇は藁人形とともに箱の中に入れられたものなのか、たまたま箱の破れ目から入り込んだものなのか……いずれにしても禍々しい光景。呪詛をかけられた人の安否が気遣われます。
人の不幸を願うために用意された、どす黒い念を閉じ込めた箱。その中にあるものを見てしまった人たちは、さぞかし後悔したことでしょう。
箱の中なんて、見なければよかったと……
神奈川県川崎市川崎区のある神社では、「開けてはならない箱」がご神体になっているといいます。その箱の存在を知るという人物から採話された大変貴重な記録があり、調査当時、市内で宮司を務められていたその方は父親から聞いた話として語っています。
箱は神社の床下にあったもので、上書きには『建武七年』とあり、K村に良くないことが起きた時は村民が打ち揃ってこの箱を開けるべし、と書いてあったといいます。
しかし、何でもない日に、この箱を開けてしまった人がいました。
当時の総代のひとりです。
その日、寺の修繕でもあったのでしょうか。床下にあった箱を見つけ、箱を開けてしまいました。
それからまもなく、箱を開けた当人を含め、その場に立ち会っていた全員の総代が亡くなったとのことです。
以来、だれもが怖がって、その箱を開けようとはしなかったそうです。
村に災いが降りかかるその日まで開けてはならない箱だったのでしょう。
禁忌を破った者を許さず、死をもって罰する箱。その中身は、いったいなんだったのでしょうか。
この神社の創建は、建武2年(1335年)とされています。
かつて、この地で行き倒れになった山伏がおり、その者の所持していた金幣(神事で捧げられる金の幣)を御神体として神社を創建したという縁起があるそうです。ただ、実際のところは創建の由来などは不明とのこと。
また、その山伏の金幣が件の箱の中身ということでもありません。
永年、神社とともにあったと思われる、開けてはならない禁断の箱。
その中身は——。
宮司の父親の話によると、一見、何の変哲もない、丸い石だったそうです。
同じく川崎市、多摩区長尾の東高根にある某家に伝わっていた「箱」は、幅4寸、高さ3寸ほどの木箱で、和紙でくるまれて水引がかけられていました。
この箱も、決して開けてはならないと昔から固く禁じられていました。
ところが、そんな箱を家まで借りに来る者があったといいます。
この人物、どうやら祈祷師のようで、何かにとり憑かれた人や原因不明の病気に臥せっている人があると、その家に箱を持っていって、何やら行っているようでした。
箱の中には特別なものが入っていたようで、祈祷師がこの箱を持っていくと、奥の部屋で寝ていた病人が気づいて起き上がり、異様な大声で騒ぎだしたといいます。
病人がそういう行動をとるのは何かがとり憑いている証拠であって、箱の中身を恐れているのだということです。
気になる箱の中身ですが、【狼の頭骨】だといわれていたそうです。
これは、人に憑いた狐を取り払う、狐落としの祈祷で用いられるものでした。
ただ、箱の中身を知るのは家人でもごく一部だけだったようで、本当に狼の頭骨が入っていたのかはわかりません。
しかも、明治末期ごろの火事により、この「開けてはならない箱」は中身もろとも焼失してしまったらしく、今となっては確認のしようがありません。
神奈川県横浜市港北区の某家にも、「開けてはならない箱」がありました。
その家のご先祖様が御殿奉公をしていた時、宿下り(休暇をもらって帰ること)の際にもらってきたという文箱です。
箱の中を見てはならないといわれていたため、長らく開けることなく、大切に保管されていました。
ところがある日、何の気なしに家の人がその箱を開けてしまいました。
すると箱の中から【クダ狐】が飛び出し、各地の病人にとり憑くようになったのだそうです。
【クダ狐】は目に見えない憑き物の一種で、風が吹くと飛んできて病人の肛門から入り込みます。とり憑かれた人はご飯を何人前も食べるほどの大食漢になり、どんなに食べてもケロリとした様子ですが、なぜかどんどん痩せていくそうです。恐ろしいですね。
【クダ狐】がいると飼っている鶏が急に騒ぎだすともいわれており、同じ港北区では鶏が毎晩騒ぐので、ある晩、見当をつけて棒で打ったら、鶏の巣から茄子(ナス)のようなものが落ちてきて、それから狐が人に憑くようになった、という話があります。

黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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