エスカレートする怪奇現象に悩んで幽霊を説得した結果…! カナダ史上最大のポルターガイスト事件をめぐる謎
ミステリー分野で世界的な知名度を誇る伝説的ライター、ブレント・スワンサーが「日本人がまだ知らない世界の謎」をお届け!
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世間が「ミレニアム」熱から冷めはじめた2000年秋、岐阜県某所で突如わきおこった「ポルターガイスト」大フィーバー。それはオカルト史のなかでも注目すべきエポック的なできごとだった。その現象は「霊道」という概念を育て上げてしまう。
目次
名古屋市街から車で1時間ほどの、岐阜県郊外。そこに町営の「T住宅」が新築されたのは1999年のことだった。
ただし4月の入居直後から、住人たちの一部はあることを気にしていたという。それは建物内に響く、さまざまな怪しい音だった。
「ギシッギシッ」と壁がきしむ音。天井を何かが「トトトトッ」と走る音。「ガラス瓶が転がる音」「ノコギリで切る音」「トンカチで叩く音」などの多種多様なノイズ。
とはいえこうした怪音については、新築ならではの建物の膨張・収縮による歪み、水道管の具合によるウォーターハンマー現象など、科学的な説明をつけることも可能だ。実際、この時点ではとりたてて大きく騒ぎたてる住民はいなかった。
しかし2000年夏ごろ、事態は大きく動きだす。
4階に住む主婦M氏が、自治会長T氏にとある相談をもちかけたのだ。
「実はお盆あたりから、うちの部屋で変なことが起こりっぱなしで……」
シャワーや水道から勝手に水が流れる、テレビのチャンネルが勝手に変わる、食器棚が開いて皿や茶碗が2メートルも飛び出す。しかも勝手に飛んだという茶碗は、なぜか側面が正確な長方形の形に欠けていて……。
怪音どころか、もはやポルターガイストとでもいいたくなるような、とんでもない異常現象が頻発しているというのだ。
そんな話を聞きつけた、同じ4階の主婦A氏も証言をはじめた。
「深夜2時、いきなりドライヤーから熱風が吹き出したんです。電源はコンセントから外れているのに」
これらの相談を受けたT会長は、困惑すると同時に、共感も覚えてしまった。実は彼の部屋でも、さまざまな怪音のほか、勝手にカーテンが動くなどの現象が発生していたのだ。
この、時ならぬ怪奇現象は、4階のM、A両氏を発端にしつつ、次第に他の世帯にも波及しているようだ。
T会長の部屋は1階だし、どんどんと噂が広まるにつれ、3階からも似たような報告が出てくるようになった。
またそこに追い討ちをかけるかのように、幽霊の噂までもが囁かれるようになった。
「4階の階段に、絣かすりのような服を着た、見知らぬ女が座っていた」とか「(おそらくM氏の息子である)小さい子どもがだれもいない部屋で『おばちゃんバイバイ』と手を振った」とか。
このような体験談を各住人が語るようになる。となると、新築のT住宅でまきおこるポルターガイスト現象の原因は、幽霊のしわざだとでもいうのだろうか……。
そしてついに、M氏を含めた6世帯の住人が恐れをなし、T住宅から一時避難する事態となってしまった。中には「お祓いがすむまで戻らない」と訴えるものまで出ている。
ほとほと困りはてたT会長は住宅主である町役場に報告。しかし自治体がお祓いなどの宗教行為を行なうのは「政教分離の憲法違反になる」として、なんら対策を講じてくれない。
そこで10月15日、住人の中の有志たちが霊能者を呼んで祈禱を行ったところ……。
「これは30年前に首吊り自殺した女性の祟りです!」
霊能者から告げられた言葉には、心当たりがあった。確かにオイルショックの時期、この近所で小学生の子を持つ40代の母親が縊死したことがある、との話が伝わっているのだ。
さっそくT住宅敷地内にその慰霊碑を建立。これで心霊騒ぎもようやく終息することに……とはならなかった。むしろここから、騒動の本番がスタートしたのである。
一連の事件をまず地元紙が報じ、続いて中央の大手マスコミ各社が飛びついた。10月半ばころから、新聞・週刊誌、テレビ番組などの報道陣が小さな団地に詰めかけ、取材合戦を繰り広げていく。
さらに全国の霊能者や宗教団体もひっきりなしに押しかけてきた。そのなかには織田無道や、まだ有名ではなかった江原啓之、下ヨシ子の姿などもあったという。およそ30名ほどの彼らが霊視した内容は「水子の祟り」「織田信長の息子の祟り」「コレラで死んだ何千頭もの牛豚の霊によるもの」「刀鍛冶の霊とポルトガル宣教師の霊の怨念」など。
ほとんどが無償でのお祓いを提案したものの、「除霊1件につき100万円」と詐欺まがいの要求をする輩もいたという。
昼はこれら霊能者たちが団地内を跋扈し、夜には大勢のマスコミが投光器を照らしながら騒ぎたてる。そして朝に道路を見れば、彼らが残したゴミがあちこちに散乱していて……。もはやポルターガイストや幽霊のほうがはるかにマシといったほどの騒乱ぶりである。
毒をもって毒を制すとでもいおうか。
11月に入ったところで、T住宅の怪現象もすっかりなりをひそめた。T会長ら住民たちは終息宣言を出し、なんとかマスコミや霊能者たちに帰ってもらったのである。
当時の週刊誌がさんざんに書きたてたT住宅「ポルターガイスト事件」。その各記事の情報をまとめたのが前段のエピソードだ。さらに追跡していくと、この1年後や2年後にも思い出したように各誌記者がT住宅を再訪し、新たな怪異体験を聞き取ったり、霊能者による鑑定を行っているのだが……まあ、ことさらに付け足すべき情報でもないだろう。
私自身は、2016年に現地を訪れ、当時の自治会長(T氏は物故されており別人が会長となっていた)や、T住宅以外の周辺住民への聞き込み取材を行っている。その詳細は拙著『現代怪談考』(2022年)などに書いているため、大まかな総括にとどめておけば以下の通り。
「現在のT住宅では霊的な噂などまったくなくなっている」「当時、霊について騒いでいたのは一部住人のみで、ほとんどの居住者や近隣住民たちは冷ややかな目で見ていた」
また先述の慰霊碑もすでに撤去されており、同じ場所にはハナミズキが植樹されているだけだった。つまり16年前の狂騒を思い出させるような残り香は、なにひとつ見受けられなかったのである。
後年から振り返ると、T住宅のポルターガイスト事件は絶妙なタイミングで起きた騒動だった。ひとつにはオウム事件以来のオカルト・バッシングがやや沈静化しはじめた時期であること。もうひとつは「スピリチュアル」との端境期だったこと。
世間ではここから2000年代半ばに向けて、「心霊」よりも「スピリチュアル」が興隆していく。T住宅で霊視していた江原啓之にしても、この直後に「スピリチュアル」へと方針転換。彼がコメンテーターを務める「オーラの泉」が放送開始されたのは、2005年4月のことだった。
しかし20世紀最後のこの年だけは、久しぶりの「心霊」事件を楽しもうとするかのようにT住宅がもてはやされた。現・報道ステーションの前身番組である「ニュースステーション」まで取材にきたほどだ。「心霊」事件がこれほどの大きな扱いを受けることは、おそらく日本でも最後の出来事だろう。そして「怪談」と異なり、「心霊」には疑似科学的な解釈が必要であり、各自の解釈の見せ方が重要となるのだが。
なかでも注目したいのは、「霊道」という概念だ。
T住宅の怪現象については、先述したようなバラエティ溢れる死霊たちの祟りとはまた別に、「霊道」への言及もちらほらとなされていた。たとえば「週刊プレイボーイ」2000年11月14日号では、記者たちの現場レポートの他、青森県の霊能者・中村裕美に写真による鑑定を依頼している。そんな中村氏がT住宅を評していわく。
「この建物がある場所はもともと〝霊の通り道〟のような場所なのに、この建物がその道を塞いでしまっているので霊たちが怒っているようです」
さらに漫画家の永久保貴一も、マスコミ各社より少し後にT住宅を訪れた様子を、レポート漫画として発表。同作品「取り憑く団地」(2001年「ヤングアニマル」掲載)では、怪現象の原因をT住宅の立地が「典型的な古代の神様の道」を遮っているためとの説を展開しているのだ。この主張もまた「霊道」概念と一致するだろう。
永久保によれば、出雲系の神を祀る神社から南に連なる古墳群のラインを、T住宅が分断してしまっているとのこと。しかも高低差で見てみると、T住宅を挟んだT古墳=K古墳のラインは、K古墳が山の上にあるため空中の高い位置を通っている。T住宅からしてみると「ちょうどおばけが出る3階・4階あたり」を通過している(遮っている)ことになる。
「これじゃあいくら幽霊を祓っても次から次へよってきます」
私もT住宅近隣のエリアを車でまわってみたが、永久保氏のいうとおり古めかしい神社や古墳が点在し、土地に根づいた信仰の歴史が感じられた。その他に見渡せるのは田畑や低層住宅ばかり。ぐるりと開けた視界には、4階建ての高さを持つ建物など他にいっさい見当たらない。T住宅の建設が、昔からある土地のルートや流れのようなものを分断してしまった……というイメージが喚起されるのも確かに不自然ではない。
とはいえ現地を見ていない中村裕美も「霊の通り道」を「塞いでしまっている」と似た主張を行っている。
こうした「霊道」概念は、当時もう一般的な心霊用語として定着していたのだろう。
「霊道」または「霊たちの通り道」にぶつかっている場所では、交通事故などの悪いことが頻発したり、幽霊を目撃しやすくなる。近年では、さほどオカルトに詳しくない一般人でもよく口にする心霊的解釈だ。たとえば私の知る実話怪談事例としても、鳥居から直線的に伸びる道を、ホテルの増築によって分断してしまったため、そのホテルが突然廃業してしまった……との話もある。
この現代的な「霊道」概念がいつごろ発祥したかは不明だが、少なくともオカルトファンに認知されはじめたのは、1980年代の漫画作品の影響だろう。
まず早い事例では、つのだじろう『真夜中のラヴ・レター』「霊たちの通り道」(1981年「週刊女性」掲載)や山本まゆり『魔百合の恐怖報告』「過去への手紙」(1986年「ハロウィン」掲載)。前者では「霊道」の語を使っていないが、「霊の通る道」に自宅のあるアイドルが霊障を受ける話。後者では、「霊道」が近い場所に霊感体質の人は住まないほうがよいと説明される。さらに同シリーズ「霊道にある家」(1988年「ハロウィン」掲載)では「霊道が突き抜けている」家の「裏の方から玄関の方へ――東から西へかけてぬけて」いく霊たちというビジュアルを描写。ここで現在のわれわれが認識する「霊道」イメージが定着したといえよう。
そんな「霊道」概念を、匿名ではない具体的な場所に当てはめた最初の事例が、永久保の「取り憑く団地」だったのではないか。つのだ~山本~永久保といえば、世間に心霊学的知見を広めた漫画作家の系譜である。彼らが「霊道」概念を提唱し、現在のように定着するその前段階として、T住宅が有名事例として紹介された。これらすべてに通じているのは、昔から続く土地の霊的な重要ラインを、新興の宅地開発によって冒してしまうのではないかという恐怖だ。
T住宅の心霊騒ぎは、「霊道」という新概念にとっても、ひとつの重要案件だったのかもしれない。
(月刊ムー 2025年3月号掲載)
吉田悠軌
怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。
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