インダス文字の解読に1億5000万円の懸賞金! 本気の解読事業に秘められた政治的意図

文=仲田しんじ

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    謎の言語、インダス文字の解読に100万ドルの懸賞金が提示された――。はたして解読への手がかりはつかめるのだろうか。

    インダス文字の解読者に懸賞金

     5000年前に栄えたインダス文明はなぜ3500年前に突如滅亡したのか――。その謎を解明するためのヒントは当時の文献に記されているはずだが、それ以前の大問題は、未だに文字が解読されていないことである。

     現在のインド北西部とパキスタンで隆盛したインダス文明だが、その文明の礎となるインダス文字は、この1世紀以上にわたり言語学者、科学者、考古学者などの専門家による解読の取り組みをことごとく跳ね除けてきた。

     一説によれば、インダス文字は初期のブラーフミー文字、ドラヴィダ語、インド・アーリア語、シュメール語と関連づけられ、政治的または宗教的なシンボルで構成されているというが、現状を打破するため、とうとう解読に高額の報酬がかけられることになった。

     英「BBC」などによれば、南インドのタミル・ナードゥ州の首相であるM・K・スタリン氏が、インダス文字を解読できた者に100万ドル(約1億5000万円)の賞金を与えると発表したのだ。

    M・K・スタリン氏 画像はYouTubeチャンネル「TIMES NOW」より

     スタリン氏による発表後、インド中のエンジニアやIT技術者、退職者や税務署員、中には海外に居住している者まで、多くのインド人が記号とシンボルが混ざり合ったインダス文字の解読に熱をあげているという。

     昨今、インダス文字の碑文には精神的および魔法的な意味があるとされ、スピリチュアル界隈でも人気が高まっている。しかし、同国の学者からは、記号とシンボルで構成されたインダス文字は主に貿易や商業に使用されたものであり、宗教的または神話的な要素は少ないとの指摘も上がっている。

    画像は「Wikimedia Commons」より

    機械学習によるインダス文字解読の最前線

     インダス文字には、いくつかの大きな特徴がある。

     まず、文字の数は約400文字だが、文字の総数と比較して頻出する文字は極めて少ない。また、ほとんどが記号またはシンボル5つ程度で構成される短文となっているという。

     よく見られる四角い印章を例にとると、印章の上部には記号列が描かれ、中央には動物のモチーフ(多くの場合ユニコーン)があり、その横に正体不明な物体が配置される。

    画像は「Wikimedia Commons」より

     また、エジプトの象形文字を解読する手がかりとなった石柱である「ロゼッタ・ストーン」のようなバイリンガル表記の遺物もなく、既知の文字と未知の文字を比較検証する手がかりもない。

     インダス文字解読の最先端ではコンピューターサイエンスが活用されている。研究者は現在、機械学習技術を使用して文字を分析し、解読につながる可能性のあるパターンと構造を特定しようと研究を進めている。

     ムンバイに拠点を置く「タタ基礎研究所(TIFR)」の研究者であるニシャ・ヤダブ氏もその1人である。ヤダブ氏は専門家と協力して統計的および計算的手法を適用したインダス文字の分析を鋭意進行中だという。同氏はデジタル技術を用いて興味深いパターンを発見したというが、まだ解読が道半ばにあることを英「BBC」の取材で話している。

     ヤダブ氏と共同研究者は、文字の80%に登場する67の記号を発見し、とりわけ2つの取っ手がついた壺のような記号が最も頻繁に使われていたことを突き止めた。また、文字列の文頭に使われている記号には多くのバリエーションがあるが、文末に使われる記号のバリエーションは少ないことも判明している。

     一方、近年は判読不能で損傷したテキストを復元するため、文字の機械学習モデルが作成され、さらなる研究への道も開かれたということだ。

    「文字は構造化されており、その書き方には根底に論理があるというのが私たちの理解です」とヤダブ氏は説明し、解読に向けた将来の見通しの明るさに触れているようだ。

    画像は「Wikimedia Commons」より

    タミル地方の独自性をアピールする狙いも

     このインダス文字と同様、いくつかの古代文字もまた未解読のままである。

     米ワシントン大学のコンピューター科学者でインダス文字研究者でもあるラジェス・P・N・ラオ氏は根本的に未解読の古代言語として、原エラム語(イラン)、線文字A(クレタ島)、エトルリア語(イタリア)などの文字を挙げている。また、ロンゴロンゴ(イースター島)やサポテク(メキシコ)などの文字には既知の言語のものが含まれているが、「(その意味は)不明のまま」だという。

     今回、タミル・ナドゥ州のスタリン氏がインダス文字の解読に懸賞金を出すと発表した背景は明かされていないのだが、同州でインダス文明に関係していると思われる歴史的遺物が発見された直後に行われた。

     スタリン氏の懸賞金発表は、モディ首相のインド人民党(BJP)に対抗し、同氏がタミルの伝統と文化の強力な擁護者としての立場をアピールするものだと考えられている。背後に政治的な意図があるにせよ、多くの科学者たちが解読作業に取り組むことで画期的な発見がもたらされるかもしれない。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「TIMES NOW」より

    【参考】
    https://www.bbc.com/news/articles/c70q44zn18wo

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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