呪物に憑かれた男・相蘇敬介も手放す「呪いの鎧掛け」怪談/怪談連鎖

監修・解説=吉田悠軌 原話=相蘇敬介  挿絵=Ken Kurahashi

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    怪談とともに秘かなブームにある「呪物」の世界。真偽不明の伝来も少なくないが、置かれる先でことごとく怪異を引き起こす〝本物〟もまたゼロではないようだ——。

    稀代の呪物蒐集家を襲った現在進行形の怪異録

    「呪物を集めていて起きた怪談ですか……まあゼロではないですけど……」
     相蘇敬介さんが怪談を語りだす。

     相蘇さんは年季の入った呪物コレクターにして、造形を専門とする会社リンクファクトリーの社長である。当連載でも何度かその名前を出しているので、お見知りおきの読者はいるだろう。
     古くは2015年に掲載した、開かずの箱に封印されていた屋敷神「オシラサマ」の記事。八戸の旧家に封じられていた二対のオシラサマ像を、開かずの箱から解放してしまったエピソードである。本来ならそのまま旧家に置いておくべきオシラサマを、相蘇さんが喜々として自宅に持ち帰ってしまったのは、いまだ苦々しい思い出だ。
     2016年にはタイの生き人形「ルクテープ」を紹介した。私が現地の呪術師に依頼し、ルクテープ人形に子どもの死霊の魂を込めてもらったのだ。だがそれを青森県の霊能者に鑑定してもらうと「悪霊の魂が入っているので祓わないと危険だ」と警告されてしまう。さっそく相蘇さんに電話してその旨を伝えたところ、強い口調でこう返された。
    「悪霊が入っているほうがいいので、絶対にお祓いしないでください」
     これには霊能者さんも呆れかえり、「その人はもうダメだ。悪いものに“さかされて”しまっているね……」とため息をつかれる始末。「さかされる」という方言がなにを表しているのか知らないが、けっしてよい意味ではないだろう。
     そう、相蘇さんは呪物収集に「さかされて」しまっている人間なのだ。私は彼との15年にわたる付き合いのなか、奇矯な行動力と厚かましさにより数々の呪物を手中に収める様を目の当たりにしている。

     今回紹介するのは、これほど呪物に「さかされて」いる相蘇さんが手放さざるをえなかったという、あるオブジェについての怪談だ。

    「つい最近のことですね。僕と付き合いのある京都の古物商Aさんから、変なものがあるんだけどって連絡がきたんです」
     持っている人がとにかく手放したがっている。ほしいなら近々に引き取ってください。そう伝えてきたので事情を聞いてみると……。
     それはAさんにも用途がいっさいわからない、謎のオブジェだった。
     正方形の土台の上に、キリル文字「Ш」を逆さにしたような木製の造形物が乗っている。その中心から上に飛び出ているのは、人の頭を模した木像。なぜか長いバネによって固定されており、全体としては1メートル強という大きさだ。
    「一見マネキンかなと思いますけど、そういう用途には使えないんですよね」
     肩幅がやけに広くなってしまうので普通の服は着させられない。では頭部がメインの、帽子掛けやメガネ用ヘッドかといえばそれも違う。鼻の位置に比べて耳がやけに下に付いており、帽子やメガネを掛けるには都合が悪いからだ。
    「だからこれ、もともとは『鎧掛け』だったんではないか、と」

     博物館にて戦国武将の甲冑が展示されているのを見た人は多いだろう。あの鎧部分を立てて飾るための道具が鎧掛け(鎧立て)だ。それを細工し、バネ仕掛けの頭部をわざわざ捻じ込んだものではないか、というのが古物商Aさんの見解だった。
     だからといって、何を目的に造られたのかは意味不明のままだ。無理やりに説明をつけるなら、美術家による現代アート作品……としかいいようがない。いずれにせよ胴体にあたるトルソー部分も、マネキンのような頭部も、別々のありものを接続しているように見受けられる。「もともとこれ、Aさんの仕事仲間である東京の骨董屋さんが、少し前に入手したものらしいんです」

    行く先々で凶事を招く用途不明の謎のオブジェ

     その骨董品店ではカフェを併設していたので、ちょっとしたモダンな置物として店内に据えようとしたらしい。しかしオブジェを置いた当日から異変が発生する。

     まずはパシパシという破裂音、ギシギシと軋む音が店内に響くようになった。これまで聞こえなかった異音なので注意してみると、どうやらオブジェの周辺で鳴り響いているようだ。
     次に奇妙な視線を感じるようになった。後頭部をだれかに見つめられている感覚がして振り向くと、いつも後ろにこのオブジェがある。いくら配置を変えてみても、その置いたところから強烈な視線が刺さってくるので、このオブジェが発信源としか考えられない。

     気味悪く思った骨董店主は、オブジェを店の外の軒先へと移動させた。その数日後、知り合いである建築会社の社長が訪ねてくる。いつもいろいろな骨董品を買っていく常連客なのだが店に入るなり軒先のオブジェを指さして。
    「こんなものを置いてちゃダメだよ。俺そういうのよくわからないけど、なんかすごく嫌な感じがする」
     思い当たる節のある骨董屋が頷くと、心配だからこちらで引き取ろうかと社長が告げた。
    「会社の倉庫が空いてるから、いったんそこに保管しておこう」
     しかしその心遣いは、悪い方向に作用してしまう。
     オブジェを引き取った直後、倉庫内にて重量物が落下し、従業員が足の甲の骨を粉砕。続けて併設された工場で転倒した従業員が肋骨を折ってしまう。さらに溶接の作業中、火花が白目に入って火傷するものまで出た。こうした災害が、わずか一週間のあいだに立てつづけに発生したのである。
    「もう労災が大変すぎるから返却したい」と社長に泣きつかれた骨董屋だが、こうなってはなおさら自分の元に引き取りなおしたくない。ほとほと困り果てたところに仲介を申し出たのが、京都の古物商Aさんだった。

    「そういう変なものを貰いたがる人を知ってるから、と。もちろん僕のことなんですけどね」
     こうして謎のオブジェは相蘇さんのもとへ流れてきたのだが、やはりその直後から異変が起こる。

    「それまでなかった群発頭痛に襲われたんです。もう、自分の頭を激しく壁にガーンガーン! って打ちつけてるんじゃないかってくらいの激痛。それとまったく同じタイミングで、妻と息子がふたりして気管支喘息状の発作が出てしまい……」
     オブジェが運ばれてきたのを境に、家族全員の体調が悪くなったというころ、相蘇さんが昨年も出演していた某テレビ番組から、呪物を紹介してほしいとの依頼が舞い込む。
    「それなら今回はこのオブジェを出そうかということになりまして。VTRを撮って、ロケ先のお寺での収録にも参加していたんですが」
     その現場がたいへんだった。収録中ずっと、とてつもない気持ち悪さと頭の痛みに襲われてしまう。なんとか撮影を終えて帰宅したものの、群発頭痛の症状がおさまらない。さらに最近引き取った猫の体が、謎の皮膚炎でかぶれだす。毛が抜け落ち、耳のなかまでもがカサブタでかたまっていく。大学病院で精密検査をしたが、ダニでも真菌でもなく、まったくの原因不明と告げられてしまった。

     こうなっては家族がオブジェを置くことを反対するのは当然の流れだ。しかしこのオブジェを手放した本当の理由は、また別にある。例のテレビ収録中、相蘇さん自身がある言葉を口にしてしまったからだ。
    「これ以上のなにかが起こったら、もうこの呪物を手放さざるをえません……と」
     バラエティ番組の演出として、流れのままに発したセリフだった。だが当該コメントについて、相蘇さんはたいへんな後悔を抱いているのだという。
    「そんな発言、コレクターとして失格じゃないですか? 人を呪うような呪物が好きで集めているのに、いざ自分が呪われたら手放しますなんて。これはもう、呪物コレクターとしての『死』を意味しているんですよ」
     そして「これ以上のなにか」が起きたのだから、自らの言葉の責任をとって、他の人にオブジェを譲渡することを決意した……というのが彼の言い分だ。

     常人にはいまいちよく理解できない説明だが、相蘇さんなりの矜持があるのだろう。とにもかくにも、奇矯きわまりない収集家・相蘇敬介が、自ら呪物を手放してしまったという前代未聞の事態についての、これが顛末なのである。

    相蘇敬介 (あいそけいすけ)
    株式会社リンクファクトリー代表。造形師として映画やテレビ番組の特殊造形を手がけるかたわら怪しいモノの蒐集を続ける呪物コレクター。世界を震撼させた「MOMO チャレンジ」で悪用されてしまった姑獲鳥像の制作者としても知る人ぞ知る人物。

    すげ替えられた頭部と「頭」に続発する異常

     問題のオブジェは、私や相蘇さんがスタッフとして参加した「都市伝説展2024」に展示されていた。確かにその用途不明のつくりは無気味だった。鎧掛けなら平たい台で兜を置くところを不自然なかたちの頭部にすげ替え、しかも不安定なバネで固定しているため兜を据えることは不可能だ。もはやなんらかの「悪意」すら感じてしまう作りである。

     鎧にまつわる道具を別の用途に使ったために災厄に見舞われる、といった怪談が他にもある。岡本綺堂の小説「鎧櫃の血」だ。
     幕末期、江戸牛込の旗本・今宮六之助が公務での大阪出張を命じられた。大阪ではよい醤油が少ないと聞いた今宮は、持参する鎧櫃のなかにこっそり醤油樽を忍ばせる。しかし道中、鎧櫃から紅い水が漏れ出たのを境に、今宮の精神状態が変調をきたして……。
     前半のユーモラスな状況描写から一転、ついには3具を超えた大切な象徴、いわば一種の呪物である。岡本綺堂「鎧櫃の血」は、そんな呪物を収めるべき鎧櫃に無礼を働いたため祟りにあう話、という解釈がとれなくもない。

     となると鎧掛けを改変した謎のオブジェについても、同じことがいえるのではないか?

    「鎧櫃の血」では、漏れ出た醤油が人の「血」として扱われたことの辻褄を合わせるように、3人のおびただしい血が流れることとなる。
     例のオブジェはさまざまなケガ・病気を引き起こしているが、所有者だけに限れば、東京の骨董品店は「後頭部に刺さる視線」、相蘇さんは「頭の激しい痛み」と、「頭」にまつわる被害を訴えているではないか。まるで鎧掛けに奇妙な頭部をすげ替えた祟りであるかのように。J・フレイザーのいう「類感呪術」さながら、呪物に施された事象が似たような事象を引き起こしているのだ。
     相蘇さんが手放したオブジェは、怪談仲間である由乃夢朗さんが引き取ることとなった。新しい所有者のもとでどのような事態を引き起こすのか、これから注視していきたい。

    相蘇さんの呪物部屋に置かれた「呪いの鎧掛け」。用途不明の奇妙な造形だ。
    呪物部屋で取材中の筆者(左)と相蘇敬介さん(右)。おびただしいコレクションの数が伝わるだろうか。
    怖がる様子もなく床に座っているのが鎧掛けの「呪い」を受けてしまった愛猫。

    (月刊ムー 2024年11月号)

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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