夏の路上の風物詩! 毒にも薬にもなる「ミミズ奇譚」集/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    猛暑の犠牲者として代表の一角を占める(?)ミミズがもたらす怪異や奇妙な噂を古文献から探り出すーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    道に落ちている黒い針金

     7月8日、日本救急医学会が「暑い時間帯の不要不急の外出は控えて」と国民に呼びかけました。それだけ危険な猛暑が続いています。

     しかし、猛暑であればあるほど、家に籠っていられない、そんな生き物もいるのです。

     炎天下に外を歩いていると、黒い針金のようなものが道に落ちているのを見たことはありませんか? それは、容赦ない陽射しに晒され、干乾びてしまったミミズです。
     普段は地中にいる彼らですが、体温調節ができないために熱くなった地表から出てきてしまうのです。暑い日だけではありません。雨の日にもミミズは地面から出てきます。水分を含んだ土の中だと呼吸できないことが理由のようです。
     無事に土に戻ることができればよいのですが、戻れなかったミミは哀れ、干乾びるか踏まれるかして路上の黒い針金と化してしまうのです。

     今回のテーマは「ミミズ」です。

    ミミズを食べる

     国内に伝わるもので、ミミズの妖怪や、ミミズが起こす怪異はそれほど多くないという印象です。ただ、キツネやムジナに化かされた人が、蕎麦やうどんだと騙されてミミズを食べさせられるという話は日本各地に多く見られます。

     民俗学者の桂井和雄が高知県土佐郡土佐山村で採集した、こんな話があります。
     
     笹ガ谷という場所の某家で、子守娘が雇われていました。
     その日は3歳の子の子守りしながら山のほうで遊んでいましたが、グミの実をとろうと背負っていた子を下ろし、茨の中へとひとり入っていきました。
     数分後に戻ると、脱ぎ捨てられた服を残し、子どもが消えています。
     笹ガ谷は大騒ぎになりました。近隣の集落の人が大勢集まって、三日三晩、鉦太鼓を叩いて捜索しました。しかし、見つかりません。絶望的でした。
     ——数日後。
     菖蒲集落の川村という人が山からの戻り道、笹ガ谷から峰伝いに三丁峰という山道にさしかかった時でした。前方から、よちよち歩きで裸の子が向かってきます。
     一瞬、怯みましたが、それが人間の子であると確かめると、村に連れ帰りました。
     それは、行方不明になっていた子どもだったのです。
     奇跡的に命に別状はありませんでしたが、コーシバ(シキミという強い毒を持つ植物)の葉やミミズを大量に吐き出したそうです。

     攫ったり、迷わせたり、隠したりするモノは、人にミミズを食わせがちです。

    ミミズは鳴く

     ミミズは「蚯蚓」と書きますが、これはミミズが進むとき、その身を「引」いて伸ばし、進んだ後の土が「丘」のようになるので、この字があてられているそうです。
     ミミズの和名を「美美須」と書きます。字で見ると、とてもきれいな名前です。『大言海』によると、ミミズの「ミミ」は鳴く声を現し、「ズ」は鳴く虫や鳥のことを意味しているそうです。
     この生物は平地の沢や地中にいるもので、4月になると出てきて11月に穴籠りします。雨が降ると土から出てきて、晴れのときは「夜に鳴く」といいます。ただ、「ミミ、ミミ」とは鳴かず、「ジー、ジー」と、長く引いた音で鳴きます。ミミズに「歌女(かじょ)」という美しい呼称があるのは、この鳴き声があるからなのです。宋代の王楙が書いた『野客叢書』にも、地中には虫や蚯蚓がいて、大きなものは鳴くと書いています。

     ミミズの鳴き声は、俳句では季語になっています。ミミズ自体は夏の季語なのですが、秋の夜に鳴くので、鳴き声は秋の季語となり、「歌女鳴く」「蚯蚓鳴く」という使い方をします。

     ただ、この鳴き声、実はミミズのものではありません。なぜなら、ミミズに発声器官はないのです。土の中から聞こえる「ジー、ジー」という鳴き声、これは螻蛄(ケラ)のものであったようです。〝歌声〟を聞いて穴を掘ると、螻蛄は逃げ出し、そこにたまたま、ミミズがいたというだけのことのようです。螻蛄とミミズの声は違うという人もあったそうですが、それは妄言であると『北越奇談』でバッサリ切っています。

    かけると腫れる

     なかなかエレガントな命名をされるミミズですが、『本草綱目』では、このミミズは穴籠りするとき、よく「百合」と化すとあります。百合とはまたミミズの姿からは想像のつかないものになるのですね。なぜ百合なのかはわかりませんが、体腔液が百合の花のような香りを放つ、体長1メートルほどの巨大ミミズもいるといいます。あの姿からはイメージできないですが、ミミズから出た液から花の匂いがしたという報告も見られます。

     ミミズから出る液——実はこれが曲者なのです。
     
     全国的に知られている、ミミズにまつわる俗信があります。
     皆さんもどこかで一度は見聞きしたことがあるでしょう。

    《ミミズにおしっこをかけると陰部が腫れる》

     地誌の迷信・俗信の項を見ると、必ずといっていいほど入っている俗信です。
     今はほとんど見かけませんが、昔の子どもはよく外で排尿をしていました。そんなとき、地面を這う虫でも見かけようものなら、つい遊び心とイタズラ心でおしっこをひっかけたくなるのです。そういうものです。ただ、ミミズだけは絶対に駄目みたいです。
     なぜ、おしっこをかけると大切な部分が腫れるのでしょう。
     怒らせてしまったミミズの祟りだとでもいうのでしょうか? 
     祟りではなく、これは毒らしいのです。
    『本草綱目』では、ミミズは「毒気」を吹きつけるとあります。
     なるほど、ミミズも黙ってひっかけられてはおらず、ちゃんと仕返しをするのですね。この毒気のせいで、子どもの陰部は腫れあがってしまうということのようです。

     地誌などでは、この俗信に治療法を併記していることもあります。
     多く見られるのは、自分がおしっこをかけたミミズを見つけ、水できれいに洗うという治療法。おしっこをかけたミミズでなくとも、虫を1匹捕まえて洗えばいいという、かなり適当な方法を伝えている地域もありました。
     また、腫れたところを火吹筒(ひふきだけ)で婦人に吹いてもらうという不思議な治療法もあります。「紀州俗傳」(『郷土研究』第1巻第3号)には、「小児の陰腫を蚯蚓の仕業とし火吹竹を逆さまにして吹き、又蚯蚓一匹掘り出し、水にて洗い清めて放つ」と治ると書いてあるので、どちらの治療法でもよいのでしょう。他には、蝉の抜け殻を水に煎じて洗い、「五苓散」を服用すれば腫れも痛みも止むといいます。五苓散は一般的には二日酔いに使われる漢方とのこと。蝉の抜け殻を洗う理由はわかりませんが、こちらも漢方では原料としてよく使われるものです。
     
     ミミズが吹きつける「何かの液」はかなり危険なもので、これを「ミミズのおしっこ」と呼んで、目に入ると目が見えなくなるので畑で見つけても顔を近づけてはならないと伝える地域もあります。

     実際にミミズは、毒液を吹きかけてくるのでしょうか。
     調べてみますと、何かの液を噴出するミミズはいるようですが、日本国内での目撃例はあまりないようです。たとえそういう種類のミミズだったとして、ピンポイントで子どもの陰部めがけて狙えるものでしょうか。
    『本草綱目』には、ミミズが人を噛むという恐ろしい記述もあります。噛まれると大風(風寒、風熱などの風が原因となって起こる病の重傷なもの)にかかったように、眉や髭がみんな落ちてしまうそうで、噛まれたところを石灰水で浸すと症状は良くなっていくそうです。 
     しかし、ミミズに歯はありません。水垢や苔を吸うための器官はあるそうですが、噛むことはできないはずです。
     きっと、ミミズにそっくりな、ミミズではないものに噛まれたに違いありません。

     ——そうなのです。ミミズが悪いわけではないのです。
     おしっこの俗信も、おそらく排尿時に汚れた手で陰部に触れたため、ばい菌が入って腫れたのです。悪いのは、生き物におしっこなんてかけた子どもたちのほうなのです。
     ミミズは毒どころか、薬になる素晴らしい生き物なのです——。

    ミミズ、薬になる

     本稿の冒頭で、地上へ出てきたところを運悪く人に踏み潰されたミミズのことを書きました。とても哀れな最期ですが、実は無駄死にではないようなのです。

     こうして踏み潰されたミミズは【千人踏】といいます。

     中国のオンライン辞書「漢典」では、「指被行路人踏死的蚯蚓」、つまり通行人によって踏みつぶされたミミズを指す言葉としています。ここでいう「千人」とは、多数の人を指す意味でしょう。千人踏は薬に入れると良く効くらしく、あらゆる熱の病を身体から取り除き、尿の出を良くし、足の病も直して経路の通りをよくしてくれるそうです。素晴らしい薬です。

     ミミズには【地竜子(ちりょうし)】と呼び名もあります。地の竜とはまた強そうな名前です。この名からきたのか、「地竜」という漢方薬があり、その原名は【白頸蚯蚓(はっけいきゅういん)】。大ミミズを乾燥させたもので、解熱や利尿薬として用いられていました。
    『和漢三才図会』では、ミミズの老いて大きなものを「白頸」といい、これの和名を【可布良美美須(かぶらみみず)】という、とあります。青白い色で縦に黒い文様のあるものがあります。人が触ると急に動いて走ります。泥をとったこのミミズを生きたまま酒と一緒に飲むと、大変効果のある声音の薬となるとありますが、『本草綱目』には、音声の薬であるとは書いていないようです。
     ちなみに犬はミミズの死骸が大好きで、よく体をこすりつけたり、食べたりするそうです。ただこの場合、大きな害はありませんが、薬になることもないようです。それよりも寄生虫が心配です。

    大蚯蚓

     大きな蚯蚓が出たという記録を集めてみました。

     奥熊野では、蚯蚓の大きなものを【加夫羅太伊(カフラタイ)】といいます。
     弘化3年の10月、本宮村(和歌山県田辺市本宮村)の新兵衛という老大工が子を連れて大瀬山で木を伐っていますと、なにやら騒がしい。すると、山中に数寸から2尺の大小様々な蚯蚓がおります。新兵衛の子が懐に鰹脯(かつお節)を抱きながら語るところによると、これは加夫羅太伊の変から防ぐとのこと。そこで鰹脯を火に入れて焼くと、大蚯蚓は退散したそうです。和歌山県日高郡清川村地方では、蚯蚓の大きいものを【カブラタ】といいます。
     
     川上宗雪「はてなし越の紀行」には、熊野古道小辺道の果無越(はてなしごえ)にいる大ミミズのことが書かれています。この辺りの山は人通りがほとんどなく、来る人といえば杣人くらいです。山の半腹より上は常に雲霧があり、鳥獣も棲まないが蛇は多く、よく笠の中に入ってくるといいます。この山中に【山なまこ】と呼ばれる、1、2尺もある大きなミミズがおり、これにとりつかれるとどうしたことか、辛い目に遭うのだそうです。
    『民俗』90号では、木村博が1975年に相模大山の調査中、日光薬師の裏山にある虚空蔵菩薩を祀る岩窟で、入り口に横たわる体長30〜40センチの大ミミズを目撃したと書いています。この数日前、那智の火祭りに行った際にも、お滝付近で7、8寸ほどもあるミミズを見たそうです。
     随筆集『北越奇談』巻之五には、光る大ミミズのことが書かれています。新潟県の西川曽根の町裏に、ゴミばかり捨てられて何十年も掃除をされていない汚い池がありました。ある年の6月、長雨の続いた夜に池のそばを青白い光を放って這いずるものが目撃されています。大勢の人々が集まって、提灯を近づけてみますと、それは長さ2尺のミミズだったといいます。
     丹波柏原の遠坂村(兵庫県)の深山の中にも大ミミズがおりました。大風雨の後、山が崩れて2頭の大ミミズが出てきたことがあり、1頭は1丈5尺、もう1頭は9尺5寸もあったといいます。
     朝鮮の歴史書『東国通鑑』には、太祖八年(925)、高麗にある宮城の東に、長さ【七十尺のミミズ】が出たとあります。人々はこれを、渤海国が降伏してくる兆しだと考えたそうです。

    大蚯蚓でも悪くない

     松本愚山著『消夏雑識』では、『頭陀物語』という書から引いた次のような話を紹介しています。

     筑紫の方に行脚していた人が日暮れごろに山へ行きますと、地面から3尺ほど浮いている、長さ1丈余りの奇妙なものを目撃しました。それは火焔のように赤く、風を起こし、動くとも飛ぶともなく飛来しました。
     その後、宿の主人に問うと、それは【山蚯蚓】というもので、西国に多いものであって怪しいものではないと言われました——。

     愚山は、これは『孟子』にある【巨擘(きょはく)】というもので、『野客叢書』には「巨擘とは蚯蚓の大きいもの」とある、と書いています。
     この「巨擘」を『広辞苑』で引くと、
    ① 親指。大指。
    ② かしらだった者。仲間のうちで特にすぐれた人。
    ——なるほど。そういわれると親指がミミズに見えてきますね。

    『消夏雑識』の中で紹介されていた『頭陀物語』は、1751年に刊行された俳人逸話集で、別書名『蕉門頭陀物語』『芭蕉翁頭陀物語』。この中の「凉兎變化に逢ふ」「(「凉兎変化に遇」
    「凉兎化物に遇」)が、先の【山蚯蚓】の話です。

    1751年に刊行された俳人逸話集『頭陀物語』、別書名『蕉門頭陀物語』『芭蕉翁頭陀物語』。

     先の『消夏雑識』で紹介された話とほぼ同じですが、1893年発行『蕉門頭陀物語』「凉兎變化にあふ(目録では「凉兎變化に逢ふ」)」では、このようなことが書かれています。

     秋頃のこと。凉兎という俳人が雨の降った後の山で、奇妙なものを目撃します。それは地面から3尺ほど浮いている、火のように赤い色をした、長さ1丈余りのもので、風を起こしながら逆さまに立って、動くともなく飛ぶともなく近づいてきます。
     寒気を覚え、声も出なくなった凉兎は、その場から離れようと一歩ずつ前に進みます。後ろからは水の音や木々の音が聞こえます。ですが凉兎が振り返ると、さっき見たものはもういませんでした。
     気持ちも少し落ち着いた凉兎は、ある人家を訪れました。その家の主人が凉兎の顔色を見て何かあったのかと訊くので、先ほど見たものについて話します。すると主人は笑って、それは化け物ではなく、この山の蚯蚓だといいます。山の蚯蚓は土を食べ、年をとれば土氣を起こし、空を飛んで、今日のような雨上がりの夕方は何匹も出てくるのだそうです。そして、沢蟹を打ち潰し、その脳を吸うというのです。主人がいうには蚯蚓よりも沢蟹のほうが恐ろしいそうです。沢蟹は3、4尺あり、大きいものは一丈余もあって、背は苔むして草木を生やし、人を食らうといいます。そんな沢蟹を蚯蚓が打ち潰してくれることで、人は救われているのだというのです。

     ——やはり、ミミズは悪くないですね。

    迷惑な蚯蚓

     最後に、ちょっと迷惑なミミズたちについて。 

     随筆「提醒紀談」(1850)には、伊豆の熱海の温泉にいるミミズ(?)について書かれています。ここの温泉は海中から沸騰して湧き出るもので、湧きたつ時はなぜか雷が轟いていても鳴り止み、湯気が立ち昇る時には晴天でも急に曇りだすといいます。
    この熱湯が注ぐところに棲む虫がおり、それがミミズのような姿をしているというのです。
     これはなんだろうと調べてみますと、おそらく「ユスリカ」という蚊の幼虫のようです。赤い色なので「赤虫」と呼ばれており、その種類の中には高温の水の中でも生きていられるものもあるようなのです。ボウフラと入浴なんてゾッとしますね……。

     もっとゾッとするミミズ事件がありました。

     1935年5月20日の東京朝日新聞の記事によると、1934年、梅雨前に水道からミミズが出てきたと言う事件が相次ぎました。水道局、東京都の関係当局が原因を究明しようとしましたが、できませんでした。1935年も四月頃から同様の報告が相次ぎ、「水道から4、50匹が固まって出てきた」というショッキングな報告もあったといいます。蛇口から出てきたものは、どれも糸ミミズだったそうです。

    【参考資料】
    雑賀貞次郎「群居雑記抄—弘化、嘉永度の奥熊野の民俗—」『旅と伝説』第八年第十号(通巻九十四号)(1935)
    「方言訛語辞典」『南記土俗資料』(1924)
    木村博「大ミミズのこと」『民俗』第90号(1976)
    田村賢一訳著『北越奇談物語』新潟日報事業所(1980)
    『民俗採訪』国学院大学民俗学研究会(1990)
    一條政昭『芭門頭陀物語 全 附 俳家詳傳』嵩山房(1893)
    「提醒紀談」『日本随筆大成』第2期2巻
    「消夏雑識 拾遺」『続日本随筆大成』1巻
    『北越奇談』野島出版(原田勘平・解説)
    桂井和雄「神隠しの実話」『季刊民話』第5号(1976)
    「斉諧俗談」『日本随筆大成』第1期19巻
    「紀州俗傳」『郷土研究』第1巻 第3号(1913)
    実吉達郎「アマゾニアの人魚イアナ」『世界の秘境シリーズ』第24集3月号(1964)
    野高一作「近く地球に大異変が起こる!」『不思議な雑誌』№36 5月号(1966)
    「東京朝日新聞」1935年5月20日
    京都大学貴重資料デジタルアーカイブ https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/
    国書データベース https://kokusho.nijl.ac.jp/?ln=ja
    Taiju’s Notebook https://www2s.biglobe.ne.jp/~Taiju/taiju01.htm

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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