悲劇の少女霊から、強く優しい子供の味方となった「トイレの花子さん」の変異/学校の怪談

文= 朝里 樹 イラストレーション=zalartworks

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    放課後の静まり返った校舎、薄暗い廊下、そしてだれもいないはずのトイレで子供たちの間にひっそりと語り継がれる恐怖の物語をご存じだろうか。 学校のどこかに潜んでいるかもしれない、7つの物語にぜひ耳を傾けてほしい。

    変幻自在な花子さん

     恐らく最も有名な学校の怪談を考えたとき、第1候補に挙がるのがこの「トイレの花子さん」だろう。
     学校の3階の女子トイレの3番目の個室をノックすると、花子さんが現れる。こういった話が現在よく知られたものだが、花子さんの話は半世紀以上前から語られている。ここでは、そんな花子さんの変遷を辿ってみたい。

     現在わかっている中で最も古い花子さんの話は松谷みよ子著『現代民話考7』にあるもので、1948年に岩手県和賀郡沢尻町(現北上市)の体育館の便所の奥から3番目に入ると、「3番目の花子さん」と呼びかけられ、下から白い手が出てきた、という話だ。この話はトイレに入った人間が「花子さん」と呼びかけられており、幽霊の名前として花子さんの名前が使われているわけではない。

     ASIOS・廣田龍平著『謎解き「都市伝説」』によれば、「トイレに花子さんが出る」という噂ではっきりと年代が特定できるものは1960年代後半からあり、70年代には噂が日本各地に点在しているという。また80年代になると同時代の子供の報告が子供向けの雑誌に花子さんに関する投稿が頻繁に見られるようになったようだ。

     そして90年には常光徹著『学校の怪談』が刊行されるが、同書においても花子さんの話が複数掲載されている。これ以降、学校の怪談がブームとなるが、93年には花子さん研究会による『トイレの花子さん』シリーズの第1作が刊行され、94年には森京詞姫著『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』が刊行。また先述したように子供番組『ポンキッキーズ』内で短編アニメとして放映。花子さんは学校の怪談の代表キャラクターでありつつ、ほかの怪談から子供を助けてくれるという子供の味方としての属性を確立する。
     森京詞姫氏は同書のあとがきで「花子さんといううわさ話は、全国に広がっていて、いろんな花子さんがいますよね。この本に出てくる花子さんは、どちらかというと、こわいというイメージよりは、やさしいイメージの花子さんです。それは、本当は、お化けとか妖怪とかいわれるものたちの中には、昔、人間と仲良く暮らしていたものたちもいたんじゃないかと、思っているためです」と記している。

     このやさしい花子さんのイメージは同氏によって広まったものと思われるが、子供たちの間にはそれが受け入れられたのだろう。96年刊行の花子さん研究会編『トイレの花子さん5』では、花子さんはいじめられっ子を守り、いじめっ子を襲うという話が見られる。その中で彼女は「ワルをやっつける超パワーおばけ」などとも呼ばれている。
     98年に発行された同シリーズの『帰ってきたトイレの花子さん』ではほかの先生たちにいじめられている女性教師の味方となり、いじめを行っていた先生たちをこらしめる話や、いじめられている少女の味方となり、次にその子をいじめたら呪ってやるといじめっ子たちに告げる花子さんの話などが載っている。
     加えて、この『トイレの花子さん』シリーズを原作としたアニメ映画『トイレの花子さん』(1996年公開)でも子供の味方、友だちとして花子さんが登場している。

    幽霊ファミリーが爆誕

     このほか、90年代には花子さんファミリーともいうべきトイレの幽霊たちが次々と現れた。花子さんの男子トイレ版で、花子さんの恋人、兄弟、いとこなど、さまざまな関係が語られる太郎くん、アニメなどでは花子さんのラバルとして登場するやみ子さん、凶悪な幽霊として登場することが多いブキミちゃんなど、トイレの幽霊たちは枚挙にいとまがない。

     花子さんがなぜ幽霊となったのか、という話についても多くの説がある。空襲の際、トイレに逃げ込んで焼け死んだ少女、失恋して自殺した少女、殺人犯にトイレで殺された少女、いじめで自殺した少女などがあるが、有名なものに1937年に起きた一家心中事件で殺された郁子という少女が花子さんのもとになった、という話がある。
     これは当時の遠野小学校で、一家心中から逃れて学校のトイレに逃げ込んだ「いく子」という少女がいたが、その様子を目撃していた用務員が追いかけてきた母親に、いく子がトイレの3番目の個室にいる、ということを教えてしまい、いく子は母親に連れ戻され、一家心中の犠牲になる、という話だ。いく子の容姿が赤いスカートにおかっぱ頭だとされていることなど、現在の花子さん像に寄っている部分があり、実際に花子さんのもとになった話なのか、花子さんのもとになった事件、という都市伝説として広まったのか定かでないところがある。

     もともと花子さんの話はトイレのドアをノックする、呼びかけるなどすると返事が聞こえる、という声だけのものが多く、姿を現す場合も幽霊であるとのみ語られるもの、着物を着ている、ドレスを着ているなど、いろいろあり、イメージの固定化は、先述したアニメ『学校のこわいうわさ 花子さんがきた!!』や各種メディアにておかっぱ頭にスカート姿の花子さんが描かれ、それが定着していったためと考えられる。

     現在も花子さんは全国の学校はもちろん、漫画やアニメ、小説などを含め、怖い存在としてだけでなく、子供たちの味方、友だちとして活躍している。昭和、平成、令和と時代を超えて花子さんは子供たちのアイドルでありつづけるのだ。

    (月刊ムー2024年8月号より)

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    朝里樹

    1990年北海道生まれ。公務員として働くかたわら、在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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