「山姥」から「走る老婆」へーー高速化する都市伝説ばばあの進化/朝里樹・都市伝説タイムトリップ
都市伝説には元ネタがあった。今回は、飛んだり跳ねたり、アスリートなみの身体能力をもつ老婆たちの登場だ。
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妖怪シーズン・夏にききたい古都のオバケばなし5選。今回は、姿も正体も謎多き「ババア妖怪」たちを掘り下げる!
奈良県の「オバケ」を集めて100号! ご当地に特化したローカルオバケペーパー『奈良妖怪新聞』。前回はその著者にして妖怪文化研究家の木下昌美さんに、奈良に残された「オニ」伝説について解説してもらったが、続いてとりあげるのは「ババア妖怪」だ!
日本一有名なあの妖怪ファミリーの一員「◯◯ババ」、謎の頼みごとをしてくる「●●ババ」など、奈良には多様な「ババア妖怪」がいるようだ。
全国にはさまざまな「ババア妖怪」がいる。「ジジイ妖怪」と比べて、「ババア」のほうが圧倒的に多い。奈良県も例にもれず、ほかではあまり耳にしないような「〜〜ババア、ババ」の話がある。いずれも興味深く捨てがたいのだが、今回はその中から厳選して3つ紹介したい。
江戸時代の浮世絵師、鳥山石燕(とりやませきえん)の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』には、腰を曲げ右手で杖を突き、左手には酒徳利を持ち笠を被った「白粉婆」なるものが描かれている。脇の解説には「紅おしろいの神を脂粉仙娘と云 おしろいばばは此神の 侍女なるべし」とある。白粉婆は神さまの侍女であるらしい。
『図説日本民俗学全集』には能登で大きな笠をかぶって雪の夜に酒を買いに行く老女のことを指すとあり、雪女伝承の一環としてまとめられている。奈良との関わりは『総合日本民俗語彙』に見え、十津川の流域で鏡をひきずって歩くオシロイバアサンという妖怪の一種だと説明している。
十津川村と言えば奈良県の最南端にあり、北方領土を除けば日本で一番大きな村だ。周囲を山に囲まれ、またその広さゆえに村外へ出るだけでも少々苦労する。筆者が以前取材した際に村民が「ちょっとしたことで隔絶してしまうので、常にガソリンは満タンにするなど心がけている」と教えてくださった。平成23年(2011)の紀伊半島大水害で一時、村全体が孤立していたことは記憶に新しい。しかしそうした環境であるがゆえに自然豊かで温泉もあり、いかにもオシロイバアサンが出そうではある。とはいえ、今のところなぜ十津川にそうした記録があるのか、石燕のものと同一なのかなどは不明だ。
また『日本の伝説13 奈良の伝説』には、十津川村でなく、長谷寺(桜井市)の白粉婆が登場する。
天文6年(1537)のこと、長谷寺56世座主である弘深上人が寺の本尊である十一面観音菩薩の姿を大きな絵に書いて穏やかな世にしたいと思い立った。絵の描ける僧が全国から集い、仕事が始まった。寺の米倉に食料がない状態だったが、白い着物に赤いたすきをかけた美しい娘がひと粒の米を桶いっぱいに変えてみせた。娘は観音の化身だったのだ。僧たちは顔を見ようとしたがあまりの神々しさに、胸がいっぱいになってしまう。実はその顔は娘の様に白粉を付けていたものの、僧たちへの深い苦労ゆえに皺まみれのお婆さんであった。長谷寺境内の、白粉婆の堂にはこのお婆さんが祀られているという。
『綜合日本民俗語彙』のものとは全く異なる白粉婆の話である。なにより興味深いのは事実、長谷寺に白粉を塗った賓頭盧像があることだ。筆者が聞き取りをしたところ、この像は「一箱べったり」とも呼ばれているようだった。聞きなれない名称だが、調べすすめたところ長谷寺のほど近く、桜井市白河という地域で同名の行事が営まれていたことが判明。
運よく自身の親が行事に関わっていたという方に出会い、話を伺うことができた。なんでもかつて毎年1月5日の夜に実施されていたもので、参加が許されているのは成人男性のみ、無言で執り行ない、像に白粉を塗っていたようだ。この地域は先の話にあったお婆さんの出身地であるとも言われているようで、供養とねぎらいの意味を込めていたのだとか。
今のところこれ以上詳しく探ることはできていないが、先に挙げた白粉婆との関係性はやはり薄いと考えられる。
オウテクレババ、あまり聞き馴染みがないかもしれないが、漢字にするとある程度想像できるだろう。負うてくれ婆と書く。読んで字のごとく、背負ってくれとせがむお婆さんのことだ。
『大和習俗百話』では、オウテクレババは興福寺(奈良市)境内に出るという。北円堂を夜に人が通っていると突然後ろから「負うてくれ」と、とりつく婆が出るのだそう。言われた通りに背負うと、頭からかぶりつかれてしまい血を吸われることもある。また同寺の三重塔を三遍回って石を投げつけると出てくるとも言われる。
『奈良市民間説話調査報告書』には、鼓阪小学校(奈良市)の裏門を出たところに神社があり、そこを走って通らなければオウテクレババが出るとある。
このように奈良市内に話が集中しているのかと思いきや、天理市にも出没するようで『増補版 大和の伝説』などに記載がある。豊田から岩屋(現天理市)へ越す山道の峠に、石舟という場所がある。昔ここに石棺があったのでそう呼ばれ、ここにも「おうてくれ、おうてくれ」という老婆が現れるのだとか。
ほかにも『近畿民俗』によると、三宅町という街にババでなくオウテクレ「地蔵」が出たという話があり、その正体はタヌキだったのではないかとしている。
北円堂のオウテクレババはやや吸血鬼のようでもあるが、それ以外はさほど害がないように見受けられる。筆者はかつて、興福寺周辺に実家がありそこで幼少期を過ごしたという女性に話を伺う機会があった。彼女は祖父からよくオウテクレババ(祖父はオテクレババと呼んでいた)の話を聞かされており、三重塔のてっぺんに住んでいるのだと言っていたそうだ。祖父もふざけて塔に向かって石を投げたことがあり、勢いよく中から扉が開き驚いたことがあるのだそう。
さて、最後に紹介するのは恐らく日本一有名なババア妖怪、スナカケババだ。大阪や兵庫などにもスナカケババの話があるが、奈良県でも聞かれる。
『大和昔譚』ではスナカケババについて、このように書いてある。人寂しい森のかげ、神社のかげを通れば砂をバラバラふりかけて驚かすという。その姿を見た人はいない。この記事をもとに柳田國男が「妖怪名彙」で紹介をしたため、より一層その名が知れることになった。
『大和昔譚』意外に県内で目だったスナカケババの話は今のところ見当たらず、地域などは特定できていない。しかしババにこだわらなければ、砂をかけるものは数多い。
例えば、『河合町郷土風土記』には「砂かけ坊主」が登場する。河合町という街の、市場の公民館前を西へ細い道を通って行くとケヤキの木の上からタヌキが砂をかけていたずらをするのだという。また常教寺(同町川合)の前を北に行くとヨノミの大木があり、その上からも時々砂をかけられるとのこと。『河合町史』には光明寺(同町佐味田)の前で砂をかける、タヌキかネコだかの話も載っている。
河合町には廣瀬神社(同町川合)という神社があり、ここで毎年2月に五穀豊穣を願い砂をかける「砂かけ祭」という行事が催される。想像を絶する激しさで砂が飛び交うため奇祭としても人気だが、場所柄スナカケとの関係がささやかれることがある。しかし現段階ではこれらを結びつける記録などなく、また同社も関係性を否定している。もしかすると祭から派生して後年、スナカケの話が生まれたのかもしれない。
県内ではこのほか、広範囲にわたりスナカケの話を採取することができる。『東吉野の民話』では、東吉野村役場前でキツネが、鷲家谷という地域ではタヌキが砂を撒くという。『天理市史』には砂かけ坊主が、『奈良県吉野町民間説話報告書』には砂を撒くムササビが登場する。このように「ババ」にこだわらなければ数々のスナカケ・スナマキたちがいるわけだが、そうであるならばなぜババに関する事例はほとんど見られないのか気になるところである。
いかがだっただろう。個性豊かな「〜〜ババア、ババ」たちをご覧に入れられたのではないかと思う。奈良県内にまだまだたくさんの「〜〜ババア、ババ」がいるので引き続き調査を進めていきたい。みなさんも自分の身近に生息する「ババア妖怪」を探してみてはどうだろうか。
【本文で触れた資料】
京極夏彦、多田克己編著『今昔百鬼拾遺』2000/国書刊行会
藤沢衛彦『図説日本民俗学全集4』1960/あかね書房
民俗学研究所編著『綜合日本民俗語彙 1』1955/平凡社
岩井宏實、花岡大学『日本の伝説13 奈良の伝説』1976/角川書店
高田十郎「大和習俗百話」(『郷土趣味』5巻1号通巻49号)1924/郷土趣味社
竹原威滋代表編『奈良市民間説話調査報告書』2004/奈良教育大学教育学部
奈良県童話連盟修、高田十郎編『増補版 大和の伝説』1959/大和史蹟研究会
『近畿民俗』通巻23号 乾健治「おうてくれ地蔵」1954/近畿民俗学会
澤田四郎作『大和昔譚』1931
吉川松志『河合町郷土風土記』1992/河合町郷土を学ぶ会
河合町史調査委員会『河合町史』1981/河合町役場
竹原威滋、丸山顕徳編『東吉野の民話』1992/東吉野村教育委員会
天理市史編纂委員会編『天理市史』1958/天理市
櫻井龍彦『奈良県吉野町民間説話報告書』1997/名古屋大学大学院国際開発研究科
木下昌美
奈良県在住の妖怪文化研究家。月刊紙『奈良妖怪新聞』を発行中。『日本怪異妖怪事典 近畿』(笠間書院、共著)ほか『妖怪(はっけんずかんプラス』(学研)、『妖怪めし』(マックガーデン)など監修した妖怪ブックも多数。
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