酒呑童子、温羅、鬼女紅葉……日本人が恐れた魔の筆頭! 全国「鬼」スポット5選
伝説の魔怪や幻想の妖怪も、実は出身地があり、ゆかりの場所もある。 実在する「鬼」ゆかりの場所を厳選紹介!
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知る人ぞ知る「妖怪情報専門紙」が100号を達成!これまでに収集した膨大なデータから、オススメの「オバケ」を厳選紹介してもらった。
妖怪・怪談ハイシーズンの夏。いつにも増してふしぎな話が恋しくなる季節だが、webムー読者のみなさんは『奈良妖怪新聞』をご存じだろうか。奈良県に伝わる妖怪伝説や「オバケ譚」を毎月ひとつずつ紹介している月刊新聞で、奈良在住の妖怪文化研究家・木下昌美さんが取材と編集をひとりでこなしている。
この『奈良妖怪新聞』が、2024年7月で100号刊行を達成した。“奈良県のオバケ”しばりで、しかもたったひとりで100もの記事をまとめてしまうなんて、想像するだけでもすごい話。今回この偉業を記念して、木下さんにこれまでの取材のなかから、ムー的にも考察しがいのあるトピック、スポットを厳選して紹介してもらった。
第一弾に選ばれたのは、妖怪の代表格「オニ」。日本でも屈指の歴史を誇る古都には、どんな鬼伝説が残されているのだろう。
『奈良妖怪新聞』が100号を迎えた。連載を開始したのは2016年のことなので8年もかけてようやく、である。遅々たるものではあるが、それまで知らなかったオバケたちとの出会いもあり、筆者が一番楽しんでここまで来たように思う。今回はこれまで取り上げたものの中から、特に印象深いものを5つ紹介したい。トップバッターは定番中の定番「オニ」。奈良らしさを感じられるものから、そうでもないものまで、個性豊かな奈良のオニたちをご覧あれ。
ひと口にオニといっても種々さまざまであるが、そうした中でも酒呑童子の知名度は飛び抜けているだろう。酒呑童子の話の舞台としてはすぐさま京の都が思い浮かぶはずだが、実は奈良にも酒呑童子が生息していたというエピソードがある。
『大和の傳説』にはこんな話が載っている。
酒呑童子は稚児のころ、白毫寺(現奈良市白毫寺町)にいたという。付近の山で新しい死体を見つけ切り取っては寺に持ち帰り、師の僧に食べさせていた。怪しんだ僧が跡を付けると、稚児は奈良の町で人を襲っていた。僧は稚児を縛り寺の南の山に捨てた。ここを稚児坂という。
また住職の子が成長するに従い牙が生え角が生え、食べ物も荒くなり獣のようになったため寺から追い出した。その結果大江山に入り酒呑童子になったという。
このようにあの酒呑童子が幼少期に、白毫寺という現在は閻魔詣で親しまれている真言律宗寺院で生活していた、という話があるのだ。新潟県などにも酒呑童子の幼少期の話があるが、なぜ奈良にもこうした形で伝わっているのか。現段階では不透明であるが、酒呑童子というネームバリューがあってこそ起こり得たことではないかと思う。
そして、奈良らしいオニの代表格と言えば「元興寺のオニ」だろう。元興寺のオニは『日本霊異記』上巻第三「雷の憙(むがしび)を得て子を生ましめ強き力在る縁」の登場に端を発し、時代を経るごとに特徴が付与され今に至るまで親しまれている。
まずは『霊異記』の内容を簡単にまとめよう。敏達天皇の時代のこと、ある農夫のもとに子どもの姿をした雷神が落ちてくる。農夫が雷神の願いを叶えたことにより子を授かるが、その子は成長するに従い怪力を持つようになり、やがて元興寺の童子(後の道場法師)となる。元興寺では夜な夜な鐘堂にオニが出現し人に危害を加えていた。しかし後の道場法師がこれを退治。オニとやり合った童子がオニの髪を引き剥がしたため流血し、その血の跡をたどると「その寺の悪しき奴を埋み立てし衢(ちまた)」に至る。どうやら正体は「悪しき奴の霊鬼」であった、というもの。
現在、元興寺は奈良市中院町に建っており、そこからほど近い同市不審ヶ辻子町には先の『霊異記』内容をまとめた看板が掲げられており「このあたりで見失ってしまったことから不審ヶ辻子と呼ぶようになった」と、元興寺のオニが姿を消したのはこの場所であり町名の由来になっている旨が記されている。
現在の元興寺から不審ケ辻子町までは徒歩4分ほどの距離だが、元興寺のオニが奈良市不審ヶ辻子町にまで逃げてきたとは考え難い。なぜなら『霊異記』にある元興寺は平城京の元興寺でなく本元興寺(飛鳥寺)のことだからだ。本元興寺(飛鳥寺)は、仏法を興す寺という意味合いで別名法興寺とも呼ばれる。
つまり『霊異記』と現在巷で聞かれる元興寺のオニとはイコールではない。いつ頃からこれらが混じり合うようになったのか、はっきりとしたことは言えないが、奈良市中の社寺縁起や古跡の由来などを記した延宝6年(1678)の『奈良名所八重櫻』に手掛かりになりそうなことが書かれている。曰く、東の山には鬼神が住んでいて道場法師が捕えようとしたが見失ったためにその地を不審ヶ辻子と名付けた、というのだ。
ここで気になるのは「東の山」だが、この山は大乗院殿(興福寺の門跡寺院)の後ろの山、鬼園山のことだろう。現在奈良ホテルが建ち小高い丘のようになっている場所がその地に当たる。
鬼園山については興福寺大乗院の門跡を務めた尋尊・政覚・経尋三代による、宝徳2年(1450)から約80年間の日記と関連する記録『大乗院寺社雑事記』をめくると、幾度かその名が見える。詳しいことは調べすすめなければわからないが、もしかすると鬼園山の存在が、奈良市に元興寺のオニが登場することに一役買っているのかもしれない。
修験道の開祖とされる役小角(えんのおづぬ)が調伏し従えていた、前鬼(ぜんき)と後鬼(ごき)という者たちがいる。役小角像の形成に強くかかわっているであろう『日本霊異記』上巻28「孔雀王の呪法を修持し不思議な威力を得て現に仙人となりて天に飛ぶ縁」では、役小角が鬼神に命じて金峯山と葛木山の間に橋を架けさせようとしている。
前鬼後鬼についてこのほかさまざまなエピソードがあり、例えばもとは生駒山地に住んでいたという。そこで人に危害を加えていたところ役小角がやって来て改心させ、役小角に付き従うことを約束させたというのだ。宝山寺(生駒市門前町)には捕えた彼らを閉じ込め、懲らしめたとされる般若窟がある。
そして興味深いことに、奈良県内には前鬼後鬼の子孫とされる方が一定数おられるのだ。大峯本宮天河大辨財天社(吉野郡天川村坪内)の社家もそのひとつで、同社で2月2日に「鬼の宿」という行事が営まれている。節分祭り宵の晩に行われるもので、鬼を迎え入れるというもの。用意をした手桶水の状態によって翌日、鬼が泊まった証とするのだ。
また下北山村前鬼という集落には、前鬼後鬼の子たちが修行者のために開いたという宿坊がある。今やそのほとんどが廃業しているが唯一、小仲坊と呼ばれる五鬼助家のみが存続しており、61代目の当主となる五鬼助義之さんが経営を続けている。
最後に県内各地の祭り登場するオニを紹介して締めくくりたい。
まずは「陀々堂の鬼はしり」だ。国の重要無形文化財の指定を受けており、ご存知の方も多いだろう。鬼はしりは毎年1月14日に念仏寺陀々堂(五條市の大津町)にて、修正会の最後に行なわれる。祭りで使用されている鬼面に記された文明18年(1486)の年号から、中世から続く行事と推定。松明を手にした父鬼・母鬼・子鬼が堂内をめぐり、参拝者の災厄を払い、幸せをもたらしてくれる。
こちらと近しい性質を持つのが長谷寺(桜井市初瀬)の「だだおし」だ。2月14日に実施され、霊験あらたかな札により本堂を追われた赤青緑のオニが、松明を持って周囲を歩き回る。奈良に春を知らせてくれる祭りのひとつだ。
また他の都道府県同様、各地のいわゆる節分にもオニが現れる。法隆寺(生駒郡斑鳩町)の「追儺式(鬼追い式)」や興福寺(奈良市登大路町)の「追儺会」が人気だろうか。法隆寺では黒青赤のオニが参拝者に向かって松明を投げるなど、ダイナミックだ。そんなオニを毘沙門天が後を追いかけ、退散させる。興福寺の場合も同じようにこん棒などを振り回す黒青赤のオニのもとに毘沙門天が現れ、調伏させるといったものだ。
ほかにも多数の鬼祭りがあるが、今回はこのくらいにしておきたい。
こちらで紹介したものはほんの一部でしかなく、簡単には語り切れないほどのオニが奈良には伝わっている。奈良といえば何年経ってもさほど開発がなされないところも特徴で、だからこそ話が生まれたであろう当時の面影を歩いているだけで感じられたりもする。みなさんも資料片手に奈良の街並みを楽しみつつ、日常に潜むオニの姿を想像し感じてみてはいかがだろう。
【本文で触れた文献】
高田十郎『大和の傳説』1933/大和史蹟研究所
新日本古典文学大系30『日本霊異記』1996/岩波書店
大久保秀興・本林伊祐編『奈良名所八重櫻』1975/勉誠社
辻善之助編『大乗院寺社雑事記 第一巻』1931/潮書房〜辻善之助編『大乗院寺社雑事記 第一二巻』1937/三教書院
【参考】
大峯本宮天河大辨財天社公式サイト https://www.tenkawa-jinja.or.jp/saitenshinji
武藤康弘『映像で見る奈良まつり歳時記』2011/ナカニシヤ出版
木下昌美
奈良県在住の妖怪文化研究家。月刊紙『奈良妖怪新聞』を発行中。『日本怪異妖怪事典 近畿』(笠間書院、共著)ほか『妖怪(はっけんずかんプラス』(学研)、『妖怪めし』(マックガーデン)など監修した妖怪ブックも多数。
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