銭の蛇を拾って死亡、怪人・山黒様が突如訪問…荒木家妖怪絵巻は江戸のUMA実録本だ!(前編)
昨夏放送のお宝鑑定番組で大注目された、みんな大好き(?)荒木家所蔵の妖怪絵巻。そこには、妖怪というよりもUMAでは……?と思われるような、あまりに具体的な目撃談が多数記されていた!
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天から降ってくるものは、雨雪のみにあらず。黄砂、隕石、果ては魚や金属片、そして……人も降ってきます。今回は、浅草で起きた奇妙な人降り事件を補遺々々しましたーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
みなさん、ゴールデン・ウィークはいかがでしたか? 満喫されたでしょうか。
本稿を書いている時は連休直前で、天気は連日の雨。予報を見ますと、その後の空模様もなんとも微妙です。せっかくのお休みですから、気持ちよく晴れて欲しいものです——と書いていましたら、なんということでしょう、某国がミサイルらしきものを発射したとの一報が……。雨くらいならいいですが、そういう物騒なものまで降ってきては困ります。
今回は「とんでもないもの」が降ってきたというお話をさせていただきます。
降るはずのないものが空から降ってくるという事例は世界中にあります。もっとも多い例は魚でしょう。他にもお菓子、カットされた肉など加工された食品まで降っています。
そして稀にですが、「人」も降っているのです。
「クトゥルー神話」はゲーム、ライトノベル、映像作品など、あらゆる媒体の作品モチーフとなっている架空の神話大系です。この神話には様々な異形の神が登場しますが、神々の中にはとんでもないものを降らせる存在もあります。
オーガスト・ダーレスの「風に乗りて歩むもの」「イタカ」などに登場する【イタカ】という名の旧支配者です。これは人を連れ去る恐ろしいものです。イタカに捕まると地球ではない遥か遠い禁断の地をあちこち連れまわされることになります。最終的に地球の地上へと投げ捨てられてしまうのですが、地上に叩きつけられてしまうので、発見時にはすでに死亡していることのほうが多いようです。その場合、雪に埋まった状態の死体で見つかります。
また、発見された被害者たちが辛うじて生きていることもありますが、すぐに死んでしまいます。ひどく理不尽でむごいことをする神ですが、ご安心ください、【イタカ】はダーレスが生み出した架空の神です。
妖怪好きのみなさんなら「人を投げ捨てるもの」といえばやはり、【投げすて魔人】でしょう。佐藤有文『世界妖怪図鑑』に紹介されているスウェーデンの妖怪です。
これは身長100メートルの骸骨の姿をしており、雪原で凍死した人の死体を拾い集めて人家に投げ捨てます。寒い冬の夜明けごろ、屋根や窓を突き破って凍死体が投げ込まれるというのですから恐ろしい話ですが、これも創作されたと思われる妖怪です。この妖怪の姿として佐藤が載せたのは、ベルギーの画家・版画家フェリシアン・ロップスの作品「毒麦の種を蒔くサタン」。ロップスには不本意でしょうが、おそらく多くの日本人がこの絵を見て【投げすて魔人】の名を思い浮かべるでしょう。
では、「人が空から降ってくる」ということは実際には起こりえないのでしょうか。
じつは、実際に起きたこととして、日本の古い文献に記録がありました。
『半日閑話』は江戸後期の狂歌師・戯作者である大田南畝(おおた・なんぽ)の見聞手記で、彼が20歳から74歳までに聞いた巷の雑事を記したものです。その中に次のような事例がありました。
場所は東京浅草、堀田原にある堀筑後守の屋敷。
庚申4月7日の昼、屋敷の屋根にものが落ちたような音がしました。
見にいってみますと、屋根に落ちてきたものはなんと、溺死体——。
しかも死後、数日が経過しており、激しい臭気を放っていました。
死体は寺に埋葬されましたが、死体は腐敗したひどい有様だったので、どこのだれなのかもわからなかったようです。
これは【火車】が捨てたのだろうと大田は記しています。
【火車】とは日本各地の民間伝承に見られる、おもに人間の死体を持ち去る妖怪です。
葬式中に棺桶から死体を盗んでいく、あるいは棺桶ごと持ち去ろうとします。これは猫の化けもの、燃える車を引く鬼といった「姿」もありますが、棺桶を上空へ巻き上げる大風、迫る黒雲といった「姿」を見せない現象としても記録されることもあります。
先述した「空から魚の降る」現象の原因は竜巻といわれますが、【火車】の発現に伴う大風や黒雲の発生も、こういった自然現象なのかもしれません。
この浅草に落ちてきた死体、溺死した方の葬式の最中に棺から持ちさられたものなのか、それとも、海や川に浮いていた溺死体を拾い上げて運んでいたのか。どういう状況からそれを溺死体と判断したのか。当時の天候はどうだったのか。火車以外の可能性として、どのような理由が考えられたのか。——とても気になる事例ですね。
次にご紹介するのも空から人が降ってくる事例ですが、こちらは「生きて」おります。
文化7年庚午の7月20日に起きた珍事です。
その日の夜、浅草南馬道竹門(浅草2丁目付近)のあたりに、25、6歳の男性が空から降ってきました。
この男性は足袋だけをはいて、他は何も身に着けていません。
ほぼほぼ、全裸です。
これを目撃したのは、銭湯にいっていた若者でした。
天から降ってきた男性は倒れたまま動かないので、このことを町役人に伝えますと、すぐに見に来ました。
裸の男性は詰所に連れていかれ、そこで介抱されました。医者に診てもらいましたが脈に異常もなく、ただひどく疲れているようで、しばらく休ませておくことになりました。
やがて男性は目覚めましたが、混乱した様子。何があったのかと訊ねますと、男性は京都油小路二条上ル、安井御門跡の家来——伊藤内膳の息子の安次郎さんという方でした。
「ここはどこですか」と訊くので「江戸の浅草です」と答えると、驚いて涙を流します。
さらに訊きますと、2日前の午前10時ごろ、嘉右衛門という者と家来の庄兵衛という者の3人で愛宕山へ参詣しました。その日はとても暑く、安次郎さんは帯を緩めて涼んでいました。この時に着ていたものは、花色染の四つ花菱の紋付、黒き絽(縞模様の織物)の羽織。大小の刀も持っていました。
すると、ひとりの老僧が近づいてきて、安次郎さんにこう声を掛けました。
「面白いものを見せるからすぐ来なさい」
安次郎さんはついていってしまい、その後のことは何も覚えていないといいます。
なんとも怪しい話ですが、調べてみたところ、安次郎さんのはいていた白木綿の足袋の製造元が京都であることがわかりました。しかも、足袋は少しも泥などで汚れていなかったのです。
江戸期の随筆集『兎園小説』から、「人のあまくだりしといふ話」をご紹介しました。
【参考資料】
「半日閑話」『日本随筆大成』第一期八巻(吉川弘文館)〈1975〉
「兎園小説」『日本随筆大成』第二期一巻(吉川弘文館)〈1973〉
末武芳一『上野浅草むかし話』(三誠社)〈1985〉
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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