神霊そのものをお借りする究極の守護呪法! 三峯神社「御眷属拝借」の謎/本田不二雄

文・写真=本田不二雄

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    神威を授かるためにお札などの授与品は各種あるが、神霊そのものを借りることもあるという……。オオカミ信仰ならではの守護とは?

    御眷属守護の箱に、穴がある

     2023年、宮城県の村田町歴史みらい館で開催された企画展「牙を剥け―東北地方の狼信仰―」の展示のなかに、一見地味だが見逃せないものが陳列されていた。

     箱の蓋に「三峯社(神社) 御眷属守護」と書かれた神札箱だ。その蓋に3つまたは6つの小さな穴が開けられていることに注目されたい。

    神札箱(右は岩手県奥州市・三峯神社蔵、左は青森県八戸市・三峯神社蔵)。

     いったい、何のための穴なのか。

     箱の中身は三峯神社で授与される神札(お札)ながら、そこには「生けるおいぬさまが入っている」ためだ。つまりその穴は、御眷属=おいぬさまのための空気(呼吸)穴なのだ。

     御眷属=おいぬさまとは、三峯神社の総本社、埼玉県秩父市の三峯神社(三峯山)の山の神の使い(眷属)されるオオカミのこと。いうまでもなく、生物種としてのニホンオオカミは日本では絶滅したといわれて久しい。つまりそれは、動物そのものではなく、神様(神霊)としてのオオカミ、すなわち「大口真神」と呼ばれる存在だ。

    左:「諸難除、火防盗難除」と書かれた御眷属拝借の御札(埼玉県秩父市・三峯神社)。
    右:一般に家の門口に貼る三峯神社の御札。

     その「験」をいただくことを当社では「御眷属拝借」という。
     形のうえでは、神社一般で行われている神札の授与にあたるのだが、当社ではとくに「御眷属様を貸し出す」という表現をしている。
     どういうことか。
     あえていえば、神霊のコピーではなく神霊そのもの、その「現物を貸す」というニュアンスである。

     そのことは、当社のご由緒である『當山大縁起』にも明記されている。

    「山神は元来、山の氣の勇猛をもちて、撰びてこれを使者とす。これにより当山に参詣して擁護を祈る輩は、神前に誓いて狼を借り、その家を防ぎてその身を安んずること、霊験は挙げて数ふるに遑(いとま)あらず。これ万人の存る処なり。禽獣をもって使者とすることなり」

     つまり、当社は勇猛な山の氣を発揮する山神を使者としており、その力をいただきたい者は、「狼を借り」るのだという。さらに念押しするように「禽獣をもって使者とすること」とも書かれている。

     これではまるで生きている狼をレンタルしたように読めるではないか。

    三峯信仰の総本社、秩父三峯神社の境内にある「御仮屋」。御眷属・大口真神を祀るお社で、山内でのお焚き上げはここにお供えされる。

    神霊としてのオオカミを借りる

    「そのあたりの解釈は難しいんですよ」

     以前取材した三峯神社の神職は、やや苦し気にそう答えた。

    「文章で伝わっているだけですから、今は調べようもない。いっぽうで、昔はこの山中にオオカミがたくさんいましたから、本物のオオカミを捕まえて貸したのかもしれませんし……」

     ちなみに、江戸時代の文化11年(1814年)に成立した紀行書『遊歴雑記』にはこんなことが書かれている。

    「三峯神社の奥の院とされる山にはひときわ高い白岩の山があり、そこはおいぬさまの住処で、数千万匹のオオカミが棲んでいるが、人の目には見えないらしい。ただある夜、ヲウヲウと吠えることがある……」
    「盗賊除けのためにおいぬさまを拝借する人もいる(などと宿坊で話を聞いていると)、時ならぬドンドンと太鼓が鳴り、何事ぞと聞けば、『おいぬさま勧請(神様を迎える)の合図』だとのこと。聞けば、諸方から帰ってきたおいぬを白岩で休ませ、借りに来た人いればどこそこへ行けと命じる太鼓なのだと」(ともに意訳)

     こうしておいぬさまを拝借した家では、「盗賊が入ってもおいぬさまがひどく吠えて家人や近所の人が目を覚まし、何も盗むことはできなかった(『遊歴雑記』)」という。

     これを読めば、実物のおいぬさま(オオカミ)を家を守ったように思われるが、前段を読めば、それは「人の目には見えない」、つまり霊的存在だったと理解できる。

     一方で「耳嚢 巻之三」に「三峯山にて犬をかりる事」にはこんな話も見える。

    「ある人が、別当(社務をつかさどる僧侶)に、『犬をお貸し下さるといいながら、お授け下さるのは、ただ札ばかり。ひとつ、誠(しょう)の犬をお貸ししていただくことは出来ませぬか? ここはひとつ、何としても神明あらたかなさまを目の当たりに拝まさせていただきたい』と頼みこんだ。このため別当は、御札にさらに特別の祈念を凝らして男に与えた……」
    「すると、その下山のおり、一匹のオオカミ(の足跡?)が彼の後になり、先になりしてついてきた。男はここで初めてその神威を思い知り、神狼をともなって帰らんことの怖ろしさに心底震えあがった。そして来た道をとって返し、別当に神意を疑ったことを心から後悔して『御札で結構です』と申し出、別当から改めて札を授かった」(意訳)

     先の『遊歴雑記』では、端的にこう書かれている。

    「(おいぬさまを)形を見せてお借りしたいといえば、その意に任せるという。ただし、その人の跡(後)を付き添ってぞっとさせる」(意訳)

    奥之院遙拝殿。正面に仰ぎ見るラクダの背のような峰々の頂点、妙法が岳の頂点(標高1329メートル)に三峯神社奥宮がある。

    御眷属拝借=ショウをお借りする

    「ショウでお借りしたい」

     これが三峯神社の御眷属拝借の秘かなキーワードになっていたらしい。

    「御眷属さまを神札で借りるばかりではなく、ショウ(正体)とお借りしたいと申し出る人がよくあった」と、昭和の戦後に編まれた『三峯神社誌』にも書かれている。「ショウ」とは正体であり、本物の御眷属、いわば目に見えるお姿の大口真神を授与いただける。そんな信仰が三峯には脈々と受け継がれていたことをこれらは物語っている。

     もちろん、「ショウ」でなくてもその御神威、霊験は変わらず、生ける神霊が御札には籠っている。だからこそ、冒頭の神札箱の蓋には「空気穴」が開けられたのだ。

    三峯神社の「御眷属拝借指南」。江戸時代に流布したもので、おいぬさまをお借りする際の注意書きが事細かに書かれている。

    一、ご眷属お迎えするときは道中起伏のない家に泊まること
    一、帰村したら、すぐに清浄な別火でお炊き上げをし、深夜に及んだとしても洗米をお供えすること
    一、お礼は鎮守のお社、あるいは清浄な場所にお宮や宝殿を造って祀り、穢れのある者や女人を近づけないこと
    一、毎月十九日の晩はお日待ちをし、講中の者一人が身を清め、供物を焚きあげお供えすること。供物は残っても食べてはいけないこと
    一、稲荷社の近くには決して勧請しないこと
    一、お礼の返済は、拝借から一年間は問題なく、その後は遅れないようにすること
    右の通りにお慎みご信心くださいますよう。口上を以てお伝授申しつけます。以上。
    武州三峰山 札場・役人

    本田不二雄

    ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。

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