「人面犬」はいかにメディアに愛され、増殖したか? その噂や原型を辿る/黒史郎・妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

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    1990年前後、世間を騒然とさせまくった怪異、人面犬とはいかなる存在だったのか? いま一度、記録を振り返ってみる。

    人は人面を捜しつづける

     天井に浮かびあがる苦悶の表情の染み。しかめっつらの奇岩奇石。ジンメンカメムシ。火星の人面。アルバムの写真の中のシミュラクラ。
     私たちはあらゆるものから「人面」を見いだしてきました。
     この世にはどれだけ、人の顔に似たものが存在するのでしょうか。

     昭和7年刊行の『人面類似集』は、平家がに、蜘蛛、ある種の魚、クジラの耳骨、カボチャや竹など、微妙なものから、そうとしか見えないものまで、自然界に存在するありとあらゆる人面に似たものを集めた奇書です。人体に人の顔のようなものが浮き出る奇病「人面瘡」、人面牛身の怪動物「件(くだん)」といったショッキングな人面も載っています。

     こうした「人の顔をもつ、人でないもの」を見ても気持ちの良いものではありません。気味が悪い、不吉だという印象のほうが強いのではないでしょうか。そして人々はその人面の裏に、非業の死、悲恋の物語、怨霊譚を想像するのです。
     人の顔など毎日見ているのに、それが「人ではないもの」にくっついているというだけで、どうしてこうも不安にさせられるのでしょう。

    人面界の星

     都市伝説・現代の怪異を語るうえで、欠くことのできない「人面」があります。

    【人面犬】です。

     人の顔+犬――この簡素な組み合わせの妙。シンプルゆえに悍ましい姿です。「人面犬」の名も「人」と「犬」の間に「面」の文字があることで、人の相をもってしまったがために人と犬の境界で彷徨しているようではありませんか。
    『微笑』『ポップティーン』といった大衆雑誌でとりあげられると、「私も見た」「友達が追いかけられた」「〇〇のあたりを歩いていた」といった何十件もの報告が、手紙や電話で編集部に毎日届くようになり、TBSのラジオ番組で目撃情報を募ると視聴者からとんでもない数の報告が寄せられました。
     人々の噂とメディアの中を駆け巡り、日本中がその存在を知ることとなった人面犬。ある時はハイウェイのドライバーたちを、ある時は湘南のサーファーたちを、ある時は学校の子供たちの関心を強くひきつけました。

     そして、かの口裂け女同様、気がつけば世間の関心からは遠い場所へといってしまいます。
     しかし、この「人面犬ブーム」の軌跡は当時の週刊誌や怪談・都市伝説関連の書籍に残されており、その分野の研究において、大いに活用されています。そのような貴重な記録の中でも、人面犬に特化した1冊をご紹介いたします。

    画像1

     平成2年に勁文社から発行された『緊急レポート 人面犬を追え!』。
     川口浩探検隊ばりに緊迫感がほとばしる書名。表紙の中から人面の犬がこちらを睨んでおり、5か所も「人面犬」の文字が――これは間違いなく、人面犬専門書籍です。
     勁文社はオカルトを題材とした児童向けの大百科を世に多数送り出しておりますが、本書はその大百科シリーズの別冊。私が知る限り、人面犬のみで1冊にまとめられた本はこれだけです。この資料からは次のようなことがわかります。

    人面犬の記録を読み返す

     人面犬は、人の顔をもつ犬。
     目撃がもっとも多いのは高齢男性の顔をした柴犬に似た犬種。他には、高齢女性の顔、セントバーナードのような大型犬、剃り込みを入れたツッパリ、公園でいちゃつくカップルの人面犬、子供の人面犬なども少数ですが目撃されています。
     目撃者50人に「芸能人ではだれに似ていたか」とアンケートをとったところ、一番多かったのが、中曽根元首相。次は五木ひろし。他は、いかりや長介、横山やすし、タモリ、ビートたけし、竹村健一、山田邦子などがあがったそうです。

     また同書には、大槻ケンヂへのインタビューがあり、友人のカッチンが目撃したという「白い大きな犬の人面犬」について語っているのですが、ただの人面ではなく、顔の半分を占めるほど目が大きかったそうです。

     人面犬の目撃がもっとも多い場所は高速道路です。時速140~150キロで走り、スポーツカーも追い抜きます。追い抜きざまにニヤリと笑い、それを見て事故を起こす車が続出したため、県警が本気で人面犬の存在の有無を調べたことがあるとかないとか。
     跳躍力もなかなかで、6メートルは軽くジャンプし、ビルからビルへ、ムササビのように飛んでいたという報告もあります。かなり、運動能力は高いようです。
     高速道路以外では、公園や墓地、アーケード街の路地裏などでゴミを漁っているところを目撃されています。

     こちらから干渉しなければ基本無害で、声をかけると、「勝手だろ」「ほっといてくれよ」「なんだ、人間か」「うるせーんだよ」と人語で返してきます。走る車には強い競争心を抱くようですが、人間という存在に対しては無関心といいますか、関わり合いになるのも面倒といった様子がその態度からうかがい知れます。
     ただ、馬鹿にされたり、石を投げつけられたりすると激しく怒って襲ってくるようです。じっと見つめていたら気を失わされるとか、何百キロ離れていても原因不明の病気にされるといった報告もあります。野良犬で恐ろしいのは狂犬病ですが、人面犬に噛まれるとその怪我はだんだん腐っていき、手足を切断することになるのです。また、噛まれたことで体内に「人面犬菌」がまわり、噛まれた人は人面犬になってしまう……そんな怖い噂もあります。
     恨みを買うと相当厄介な相手になるようですね。

    人面犬の正体は?

     人面犬は緑色のうんこをする。ギョーザをあげたら喜んだ。みかんが好物。多摩川をかなりのスピードで犬掻きで泳いでいた――などなどさまざまな目撃報告があるようですが、やはり一番知りたいことは、人面犬の正体です。
     いったい何者で、どういう理由で誕生した存在なのでしょうか。
     杉並区や中野区では、白衣姿の人物らが人面犬を追っていたという情報があります。人面犬は筑波大学で生まれた「実験動物」であるという噂があり、学園都市内での目撃も相次いでいたそうですから、追っている者たちは実験施設の研究員、ということでしょうか。

     その他、人面犬の正体について、『ポップティーン』の編集部に次のような情報が寄せられたそうです。

    ◇9年前に水死したサーファーの霊が成仏できず、飼っていた犬にのり移った。
    ◇不良の運転していたシャコタンの車に轢き殺された少女が、彼女の可愛がっていた犬に憑依して、自分を轢いた犯人を捜している。
    ◇ペットショップで中絶された犬の子供の霊が人間を憎んで現れたもの。
    ◇人面犬が北上しているのは、殺されたニホンオオカミの憑依霊が引き寄せている。
    ◇中国の山奥で捕獲された化け物【山𤟤(さんき)】を、業者が日本へ密輸しようとしたが九州で逃げだしてしまった。それが人面犬なのである。

     山𤟤(さんき)とは『山海経』に見られる、獄法山にいるとされる風の災害を起こす怪物神のことでしょう。

    《その状は犬のごとくにして人面なり。善く投ぐ。人を見れば則ち笑う。その名は山𤟤。その行くや風のごとし。見るれば則ち天下に大風あり。(伊藤清司『中国の神獣・悪鬼たち』)》

     確かに人面犬です。漫画家の白川まり奈さんも「風の強い日に現れて笑う」、この山𤟤こそ、古代の人面犬だといっているそうです。

    ――古代の人面犬。
     現代の都市伝説としての人面犬以前にも、このような姿の存在は記録されているのでしょうか。

    絵=黒史郎

    江戸時代にも人面犬がいた?

      人の顔をもち、人の言葉を放つ犬――【人面犬】。

     妖怪か、死者の霊を宿した犬か、はたまた逃げだした実験体か。
     若者を中心に1980年代末から1990年代初頭を駆け抜けた、この奇怪な噂には、ルーツがあるのでしょうか。

     現代の都市伝説としての【人面犬】以前にも、このような無気味な姿の存在は記録されていました。
    「街談文々集要 七」第三十「犬産人面狗」には、次のよう記録があります。 

    『文化七午六月八日、田所街紺屋の裏にて、犬子を生り、二三疋の内ニ、其面ざし人の顔に似たるよし、大評判にて、早速東両国江見世物に出せし処、見物大群衆なり、木戸銭壱人前十二文づゝにて見世たり、予も見物せし時、母犬、乳を呑せ居たりし、其顔の様子、眼より鼻筋の通りし処、人間の様に見へたり』 

     人に似た顔をもつ犬が生まれたので見世物に出したら、大盛況だったそうです。
     鼻筋が通ったところが人の顔のようだったとのことですが、人面といっても、犬の体にまるまる人の頭がのっているというわけではないようです。
     著者は最後に独自の見解として、このようなことを書いています。ある性病に罹った者が牝犬と交われば、病は犬にうつって、その者は治癒する――そのような迷信があることから、それを信じて実行した者がおり、結果、人の顔をもつ犬が生まれたのではないか、と。なんとも悍ましい話です。
     見出しに「人面狗」とあり、この記録を取り上げた田中香涯『医事雑考 妖異変』(1940年)でも、「人面犬」という言葉を繰り返し使っています。

     藤沢衛彦が「日本見世物史」であげている見世物の種類のひとつに「人首獣体」というものがありますが、首から上が人で体が人ではないという見世物はかなりあったようで、人面犬もここに入るものでしょう。

      高橋敏弘「怪異雑考(八)」(1990)の「人面犬の伝承」によると、都市伝説の「人面犬」と同じものが200年前の山形県に存在していたそうです。「妖犬」が現れて村落を全滅させたという話や、山中で「人面犬」を目撃した狩人が面白がって追い回し、これを谷底に落とすと、翌日、口から火を吹いて怒り狂った人面犬が家々に飛び込んで火をつけてまわったので大火となった、という話が、丸井戸半平「出羽妖魅異記」という古文書に記されていると書いています。明治元年に刊行されたというこの文献ですが、まったく情報がないので現在も確認できていません。

      しかし、これらを都市伝説「人面犬」のルーツとしてしまうのは、いささか乱暴な考えです。

     では、彼らはどこからやってきたものなのでしょう。

    1968年パキスタンの人面犬

     ブームになるほど口コミされ、多くの人々に認知されたのには、「話」だけでなく、「人の顔をもつ犬」という強烈なヴィジュアルイメージもあったからではないでしょうか。
     そのイメージをわたしたちはどこかで――たとえば、アニメ、漫画、映画といったなんらかの近代メディアから焼きつけられていたことも考えられます。

     1970年代に『週刊少年マガジン』に連載された、つのだじろう作のホラー漫画『うしろの百太郎』に登場する霊能犬ゼロが「人面犬」でした。ゼロはずっと人面なのではなく、普段は普通の犬ですが、主人公と会話するときなどに顔が人のものに変わるのです。

     1968年発行『週刊少年キング』18号の「世にもふしぎなお化け動物」では、パキスタンで見つかった人の顔をもつ犬の記事があります。こちらでは「人面犬(にんめんけん)」。1967年10月、ゴミ溜めをあさっているところを捕獲されたそうで、毛の模様が文字に似ていたので死人の生まれ変わりではないかといわれたとあります。都市伝説の「人面犬」もゴミ溜めで目撃される例がありますが、これは野良犬らしい行動というだけでしょう……。

     今のところ、パキスタンで人面犬が発見されたという記事も確認できていないので創作された可能性も考えていますが、ネットで調べてみますと、なんとパキスタンのカラチ動物園に見世物として「人面キツネ」なるものが公開されているようなのです。これは気になります。 

    SFホラーのイメージから「噂の実験」へ

     【人面犬】の資料を集めていますと、1978年公開(日本では1979年公開)のアメリカ映画『SF/ボディ・スナッチャー』の画像が使われているのをよく見ます。同映画には、人間と犬が一緒にコピーされてしまい「人の顔をもつ犬」が登場するショッキングな場面があるのです。これは都市伝説の「人面犬」にもっとも近いイメージです。

     また、1971年公開(日本では1972年公開)のアメリカ映画『悪魔のワルツ』にも、首から上が白人男性のドーベルマンが登場します。

     どちらの「人面犬」もグロテスクで、そして、どこか哀れな姿に見えます。

     都市伝説の「人面犬」のヴィジュアルイメージが作り上げられるのに、こうした映画の影響が少なからずあったのではないか――そのような考察は『人面犬を追え!』(ケイブンシャ)や山口直樹『怪奇 人面の呪い』(二見書房)にも見られます。

     後者の資料では、「人面犬」の姿は当時の若者たちが拘束された自らの姿を抽象化したイメージであり、「ほっといてくれ」「勝手だろ」「うるせーんだよ」というセリフは、偏差値によって将来が決定されてしまう若者たちの叫びの代弁だとしています。「人面犬」という都市伝説が生まれ、流行した理由と背景に、当時の若者の鬱屈した心理状態が関係していると考えたようなのです。
     また、同資料ではノストラダムスが「人面犬」「人面魚」などの人面をもつ動物の出現を予言していたとも書いています。数ある予言詩のひとつ、その一節に『人に飼いならされた動物が悪戦苦闘の末にしゃべりはじめる時』とあり、「しゃべりはじめる動物」とは動物が人面をもったからであり、「飼いならされた動物」とはペットなどになる犬や鯉などをあらわしているのではないかといっています

     こうした検証・考察が各所で行われ、様々な説が飛び交う中、1993年、衝撃的な事実が『クイック・ジャパン』創刊準備号にて報告されます。

    「人面犬」ブームの発生源といっていい『ポップティーン』のライターであった石丸元章が、「人面犬」は『ポップティーン』編集部とともに仕組んだ〝実験〟であり、『僕が作り出した「物語(ウソ)」』とはっきり書いているのです。
    「事件はメディアと書き手が作れる」「マスメディアにおける大衆操作法の実演」といったテーマをもつ試みだったようで、例の「人面犬」のセリフも評論家などが分析しやすいように「管理社会への反発」「子どもの自我」といった要素として入れこんだとのこと。

     ただ、石丸はまったくのゼロからの作り話ではないとも書いています。
     当時の少年少女雑誌の投稿欄の「うわさ」のなかに、すでに「人面犬」というワードはあったそうで、そこからヒントを得ていたのだそうなのです。

     人面犬は増えていった

     「うわさ」は人やメディアを通し、常に変化していきます。
    「口裂け女」「トイレの花子さん」「かしまれいこ」「テケテケ」といった都市伝説、学校の怪談、うわさのなかで息衝く妖怪たちは、その特徴や容姿、行動、撃退法、その亜種となる妖怪も把握しきれないほど、ほぼ無限といっていいくらいに増殖しています。

     先の「人面犬の伝承」を書いた高橋敏弘の「山形の噂一観」(1992)には、山形市内の小学校でとられたアンケートがあるのですが、そこにある「人面犬」がひじょうに興味深いものでした。

     〇東京にいたが、騒がれすぎて、山形に逃れてきた。
    〇東京の人面犬とは少し違う。体が小さいし、動作も鈍い。
    〇人面犬を見たら全力で逃げる。さもないと食べられる。
    〇出現場所は山形市内の七日町一帯。
    〇ある古い家では、人面犬を三匹飼っている。

    「人面犬が北上している」「高速道路を走っていた」という噂もありましたが、ただでさえ「ほっといて」ほしい彼らには、このブームはただ生きづらいだけであり、静かな場所を求めて走っていたのかもしれない、という想像へと繋がります。
     東京と山形の「人面犬」の違いも気になります。方言などがあるのでしょうか。各地域なりの特色をもつ「ご当地人面犬」がいたのかもしれません。

    「人面犬」の正体を「サーファーの霊が乗り移った犬」「事故死した少女の霊が憑依した犬」「逃げ出した実験動物」だという噂もありましたが、そういった単一の存在ではなくなっていったのです。ちなみにこれらは1年生を対象にとられたアンケートでした。

     また、「人面犬」は子供たちの玩具にもなっていました。
     今野産業からガチャガチャ(カプセルトイ)で販売されていた人面犬消しゴムです。
     いくつか「人」の部分が、どこかで見たようなお顔ですね。

     また、ブームの勢いで、当時爆発的に人気のあったビックリマンシールやカードダスにものっかりましたが、あまり人気は出なかったようです。かわいくないからでしょう。

     ただ、そのキャラのインパクトは強いので、現在でも「妖怪ウォッチ」にも登場し、「人面犬」から逃げるボードゲームなども発売されています。こういった「人面犬」ブームの経済効果は、どれくらいあったのでしょうか。 

    参考資料
    『緊急レポート 人面犬を追え!』
    『人面類似集』
    『ポップティーン』1990年3号
    藤沢衛彦「日本見世物史」『講座日本風俗史』第七巻
    石塚豊芥子編『街談文々集要』
    田中香涯『医事雑考 妖異変』
    田中香涯『続・奇・珍・怪』
    山口直樹『怪奇 人面の呪い』
    E・チータム『ノストラダムス全予言』
    『クイック・ジャパン』創刊準備号
    高橋敏弘「山形の噂一観」『西郊民俗』第百三十九号
    高橋敏弘「怪異雑考(八)」『西郊民俗』第百三十二号
    斎藤守弘「世にもふしぎなお化け動物」『週刊少年キング』1968年18号
    とも駄珍子『人面犬研究駄ワン!』

    (2021年10月6日記事を再編集)

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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