地形データから古代遺跡を発見! 勝利の聖地「ヘラクレス・ガディタヌス神殿」の場所を特定へ/遠野そら
古代史にその名を記しつつ、所在地不明の謎の遺跡「ヘラクレス・ガディタヌス神殿」。地形データから推定されたその場所は、スペイン・アンダルシア州サン・フェルナンド沖。水中調査が進めば、歴史の1ページが露わ
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パキスタン・バロチスタン州の高速道路から見える巨大なスフィンクスの正体は? 「バロチスタン・スフィンクス」と呼ばれる巨石構造物は自然に形成されたものなのか、それとも人工物なのか――。
パキスタンのカラチ市とマクラン海岸の港町グワダルを結ぶ「マクラン海岸道路」が2004年に開通したことで、驚くべき“発見”がもたらされた。高速道路から見える景観の中に巨大なスフィンクスが鎮座していたのだ。
「バロチスタン・スフィンクス(Balochistan Sphinx)」と呼ばれるようになったこの巨石構造物は、その名の通りエジプトのピラミッドの傍らに佇むスフィンクスのように、ネコ科動物のシルエットが形作られている。
頭部にははっきりとした顎のラインと、目、鼻、口などの識別可能な顔の特徴があることがわかる。また、エジプトのファラオのネメス(頭巾)によく似た縞模様のフードで後頭部まで覆われていることに加えて、身体の前に突き出した前足の輪郭まではっきり確認することができる。
バロチスタン・スフィンクスを取り囲む周囲の構造物も目を惹く。周辺には寺院や建物に似た他の多くの構造物があり、柱や彫像のように見えるものなど、まるで古代遺跡のように見えるのだ。
また、バロチスタン・スフィンクスのすぐ隣には「希望のプリンセス(Princess of Hope)」と呼ばれるマクラン海岸のもう一つの有名なランドマークがある。これは2002年に国連親善大使としてヒンゴル国立公園を訪れたアンジェリーナ・ジョリーによって名づけられた経緯がある。彼女は、その構造物が冠をかぶってスカートをはいて地平線を見つめている女性の姿に似ていると考えたのだ。
大昔の遺物であるかのように見えるバロチスタン・スフィンクスなのだが、少なくないジャーナリストはこれは自然に形成されたものであると断言している。それにしても、バロチスタン・スフィンクスは自然が偶然に形作った奇跡的な地形だと即断してしまってよいものなのだろうか。
バロチスタン・スフィンクスを見て古代の遺物に見えるのは「パレイドリア」だと指摘する人もいる。パレイドリアとは、ある物体や図柄に見慣れた物体やパターンを投影して見える現象であり、当然それは思い込みであり見間違いである。
つまり、バロチスタン・スフィンクスが人工物だというのは見間違いだというのだ。そして実際、これまでバロチスタン・スフィンクスに対して考古学的調査は行われていない。
しかし、もし考古学調査にパレイドリアが適用されていたのならば、メソアメリカのピラミッドは発見されなかったともいえそうだ。マヤ文明のピラミッド遺跡もそのほとんどは当初は泥の山として認識されていて、疑問に思った者が泥を取り除いたことで発見に繋がったのである。
したがって、このバロチスタン・スフィンクスを自然物だと断定するのは危険であるといえるだろう。
地質学者らは、マクランの海岸線周辺の丘を覆う貝殻の存在を把握しており、これは同地がかつて海水で浸水されていたことを示している。また、バロチスタン州のマクラン海岸は活発な地震活動地帯であり、頻繁に巨大な津波が発生している。1945年11月28日のマクラン沖を震源とする地震により、場所によっては高さ13メートルに達する津波が発生したことも記録に残されている。
さらに、多数の活泥火山がマクランの海岸線に沿って点在し、その多くはヒンゴル川に近いヒンゴル国立公園内に集中している。激しい地震活動は泥火山の噴火を引き起こすとともに、驚異的な量の泥を噴き出し、周囲の風景を泥まみれにする可能性がある。時折マクラン沖のアラビア海に泥火山の島が現れることがあるが、それらはたいてい波の活動によって1年以内に消失するという。
このことは、バロチスタン・スフィンクスを含む神殿施設が強力な地震と破壊的な津波によって複数回破壊された可能性があることを示している。その後に泥水の浸食によって、この古代不明の失われた都市が隠されてしまったかのような、超現実的な風景を作り出したのかもしれない。
問題は、この遺跡や古代都市が人工的に作られたものだとしたら、それは何年前のものなのかということである。
インドにおいて、スフィンクスは紀元前1世紀以降のインド中央部および北西部の初期のヒンドゥー・仏教美術に登場する。主に寺院の門の近く配置され、聖域の守護者としての役割を果たしていた。
インダス文明はマクランの海岸線に沿って広がり、その最西端の遺跡はイラン国境近くに位置するストカーゲン・ドールであることから、これらの構造物のいくつかは数千年前のインダス文明の時代(紀元前2600年~紀元前1800年)に建てられた可能性がある。
それよりもさらに古く、インダス文明以前の文化によって建てられた可能性もある。作家のグラハム・ハンコック氏はバロチスタン・スフィンクスが約1万2500年前に建てられたものであると推測しているのだ。
このように人類文明の痕跡を遺す可能性がじゅうぶんにあるバロチスタン・スフィンクスに、なぜ正式な考古学調査が行われていないのか、その理由は謎だ。
バロチスタン州は貧しい地域であり、ある専門家はバロチスタン州には科学的調査を行う訓練を受けた考古学者がいないことを指摘している。しかし、資金不足だけが原因というわけでもないようだ。
そもそもパキスタンの考古学探査は慢性的な資金不足の状態にあり、インダス文明の遺跡の多くが未だに発掘されていないのだ。とはいえ、手はじめに行う予備調査にはそれほど資金はかからないはずである。
また、この地で長年続いている「バルチスタン解放軍」(BLA)の活動により、バロチスタン・スフィンクスを訪れるのは単純に危険であると指摘する声もある。
とはいえ、カラチの人々は日常的にマクラン海岸道路に沿って移動しており、解放軍はこのルートを使わないため、調査ができないほど危険というわけでもないと考えられる。
また、もう一つの問題は、この地域がCPEC(中国・パキスタン経済回廊)上にあり、パキスタン軍の管理下にあることだ。 したがって、外国人の自由なアクセスは難しいかもしれないが、かといって国内の公式調査の妨げにはなりそうもない。
ここでいったい何が起こっているというのだろうか。海外オルタナティブサイトの「Mysterious Universe」では、権力者たちはこの遺跡が南アジア、あるいは全世界の文明の時系列を覆す可能性がある非常に古い遺跡であることをすでに知っていて、それを意図的に隠蔽している可能性を指摘する。
前出のグラハム・ハンコック氏に倣えば、この地もまた“神々の指紋”が遺された地なのだろうか。一刻も早い考古学的調査を期待したいものだ。
仲田しんじ
場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji
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