王仁三郎、ホロフォニクス、『コスミック・トリガー』、そして陰謀論へ…武田崇元が語る電脳オカルトの半世紀

文=CHA

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    八幡書店社主にして神道霊学研究家、70〜80年代の日本オカルト文化に大きな足跡を残した武田崇元氏は、立体録音ホロフォニクスの紹介やブレインマシンの開発など電脳シャーマニズムの旗手でもある。武田氏の証言を通して、日本オカルト文化のもうひとつの流れを辿る!

     八幡書店社主にして神道霊学研究家、そして伝説的オカルト誌『復刊地球ロマン』編集長として、70〜80年代の日本オカルト文化に大きな足跡を残した武田崇元氏。『ムー』創刊にも深く関わり、超古代史文献や神道霊学文献を刊行する一方で、立体録音ホロフォニクスの紹介やブレインマシンの開発など電脳シャーマニズムの旗手として当時の対抗文化全般に大きなインパクトを与えた。

     本インタビュー記事では、超古代史や出口王仁三郎をめぐる話から、ホロフォニクス、『コスミック・トリガー』、そして現代の陰謀論まで、武田氏の証言を通して、日本オカルト文化のもうひとつの流れを辿る!

    1970年代〜80年代初頭──「ムー」創刊期と超古代史

     まず、武田崇元氏の1970年代から80年代初頭にかけての仕事を振り返る。今回のインタビューでも、武田氏は自分の出発点を超古代史や古史古伝の領域に置いて語っていた。

    「もともとわしは超古代史方面がメインで、初期の『ムー』(1979年創刊)の超古代史の記事は、ほとんどわしが書いていました。日本の超古代史と言っても、今でこそホツマツタエだ、竹内文書だ、カタカムナだってみんな当たり前のように言ってるけど、1970年代は誰も知らんかった」

     武田氏の話では、70年代の日本のオカルトは予言、超能力、UFOが次第に大衆化していったが、日本の超古代史や古史古伝はまだ広く知られた領域ではなかった。

    『復刊地球ロマン』

    「編集長をしたオカルト雑誌『復刊地球ロマン』(1976〜77年)で超古代史や言霊学、神代文字なんかを特集したり、大陸書房からいろんな本も出たりはしてた。でも、まだまだ今みたいにメジャーじゃなかった。でも、超古代史は物語なわけだから作りやすいし、『ムー』でやると、すごい人気が出たんやな」

     なお、70年代オカルトブームの背景については、武田氏が別記事「ムー前夜譚」全4回で熱く語っている。予言、超能力、UFOがどのようにして大衆化したのか、当時の空気感を知ることができるので一読をオススメしたい。

    「日本の超古代を題材にした記事は当時すごい人気があって、何かあると『ちょっと日本ものを書いて』という依頼がよく来たんです。UFOとかシュメール文明みたいな話はテレビでもやっていたけど、日本のものは文字媒体でしか情報を得ることができなかった。だから独特の位置があったんですよね」

     今回のインタビューで同席していたムー編集部の望月氏も、現在の読者動向について「ムーは、今でも予言の次に超古代史が人気ですよ」と補足していた。

    「その流れがあって、1981年に八幡書店を立ち上げたわけです。いわゆる霊学や超古代史にあたる竹内文書とか富士文書の原典資料を次々と出版したわけ」

    1980年代前半──出口王仁三郎の未来予言

     その後、武田氏の『出口王仁三郎の霊界からの警告』(1983年、光文社)は、20万部を超えるベストセラーとなる。

    『出口王仁三郎の霊界からの警告』(光文社)。

    「この本が出るまでは、出口王仁三郎にしても大本教にしても宗教学者が注目していただけだった。戦前に国家権力からあれだけの大弾圧を受けたんでね。それとか農本主義、つまりエコロジーの文脈で関心をもつ人もいた。大本教は農業運動も盛んでしたからね。でも、わしの本を見てもらったらわかるけど、農本主義的な部分はあえて切り捨ててるんです。ちょうど『予言に焦点を当ててくれ』という依頼だったんです。ほんなら王仁三郎の予言って何なんやと調べていったら、テクノロジー論に行きついたわけです」

     王仁三郎のテクノロジー論は未来予言的だったという。

    「読みようによってはスマホのようなものを予言している。さらに、最後の立て替えの時に天変地変が起こると。しかも、業の深い地域ほどひどい目に遭うと。しかし、どんな状態になっても通信網と交通網だけが残る、って言い方してるわけよ」

     今回、筆者も『出口王仁三郎の霊界からの警告』を確認したが、武田氏がテクノロジー的な予言として注目している箇所はかなり具体的だ。家庭にいながら世界の出来事を知ること、映像を伴う通信、遠隔地との同時接続、さらにはインターネットを思わせる発想までが、独特の宗教的な言葉遣いで語られている。

    出口王仁三郎。

    「王仁三郎はすごく先進的だと思う。片っぽで土着的な農本主義を抱えているんだけど、丁寧に読み解いていくと、未来主義でもあるんだよね」

     さらに武田氏は、王仁三郎が生きた時代の感覚にも触れている。

    「明治4年生まれの王仁三郎は、日本の資本主義の勃興期を生きた。回想録で社会がどんどんフラット化していった状況を等身大の体験として回想している。昔は地域によって値段や情報に差があったから、丹波の牛を別の土地へ持っていくだけで利ざやが取れた。ところが市場が整ってくると、そういう差だけでは儲けられなくなる。つまり、資本主義によって社会が均一化していくのを、ちゃんと観察してた」

     王仁三郎のテクノロジーへの感覚についても、武田氏はこう言う。

    「そこにはあの人はものすごく関心があった。明治末年頃にはいち早く活字一式、つまり自前で印刷・出版できる設備を買ってるわけね。これは今のわしらでいえば、パソコンを導入するようなもんですよ。投資金額がぜんぜんでかいけど、思い切ってそういうことをやった。録音や映画に関しても積極的に取り入れた。だからこそ、いまわしらは王仁三郎の声や映像に触れることができる。それで、わしは農本主義やエコといったありきたりの側から王仁三郎を見るんじゃなくて、未来主義、霊的進化論の文脈で書いた」

     この読み方は、80年代全体の文化状況とも関係していたようだ。

    「80年代には、いわゆる精神世界とかスピリチュアルの人気が出てきて、その一つがニューエイジだったわけです。ニューエイジはどちらかというとエコロジーとか自然回帰の感じが強かった。その一方で、サイバーパンクも出てくるんですよね。W・ギブソンの『ニューロマンサー』なんかがそうで、人間や社会が技術で決定的に変わっていくんだという路線も出てきた。
     つまり80年代は、自然と技術進化へのビジョンが並んでいた時代だった。そんななかでわしはどちらかというと、サイバーパンクの方に惹かれていったわけです」

     赤田祐一著『パソコンとヒッピー』(2025年、エディトリアル・デパートメント)で、アメリカのヒッピーは自然派と電子派に分かれていたという話が書かれていたが、日本ではどうだったのか聞くと、武田氏はこう答えた。

    『パソコンとヒッピー』(エディトリアル・デパートメント)。

    「日本のヒッピーは自然派だけや! 信州の村とか、西荻窪のホビット村とか、ああいうのがけっこう繁盛してた。わしはヒッピーじゃないけど、八幡書店のラインナップでも超古代史系の『秀真伝』とかを買ってくれたのはどちらかというとそういう自然回帰派のお客さんが多かった。ひと口にヒッピーといっても、アメリカと日本ではけっこう違う」

     王仁三郎の予言をテクノロジーの側から読む武田氏の関心は、80年代の段階で、すでにニューエイジよりサイバーパンクへ向いていたらしい。その流れは、次のホロフォニクスの話にもつながっていく。

    1980年代後半──ホロフォニクスと電脳オカルト

     ホロフォニクスと発明者ズッカレリについては、記事「知覚の扉を開け!」でも触れた。ここでは、武田氏がなぜそこまでホロフォニクスに関心を寄せたのかに絞って話を聴いた。武田氏はまず、当時の空気をこう振り返る。

    「思えばなんていうんか変性意識的なテクノロジーと第一次バーチャルリアリティブームが時期的にちょうど被ってたのね。わしが最初に注目したのは、立体録音のホロフォニクス。これを武邑光裕さんが持ってきて、体験してみたらびっくりしたわけ! 片耳だけで聴いてもゾワゾワ〜ってして、映像が見られるわけではないんだけど、なんや情景感があるんだよね」

     さらに武田氏は、ホロフォニクスの不思議さをこう語る。

    「以前からバイノーラル録音、つまり人の耳で聞くような立体感を再現する録音法はあったんやけど、ホロフォニクスはリアルさが全然違ったんですよ。マッチを擦る音なんか入ってると、音だけやのうて、匂いまで立ちのぼってくるような感じがした。しかも片耳で聴いても、音が上下どっちにあるかがわかる。立体音響というより、知覚そのものがちょっとずれるような、不思議なシステムやったね。
     あと面白いのはアナログの方が圧倒的にいいんだよね。後から出したCDじゃなくて、最初に発売したテープの方がいいの。多分CDだと、ある音域以上のところが切れちゃうからだと思う。
     それで1988年頃に権利取りに行くためにロサンゼルスに飛んだわけです。ちょうどNTT株が上場した年で、俺抽選で当たってさ。その金を腹巻きに巻いて行ったんや」

     なんとも豪快なエピソードだ。
     その後、武田氏は「シンクロ・エナジャイザー」の輸入販売をはじめ、数年後には自分でメガブレインという画期的なブレインマシンを開発するわけだが、その流れについては『知覚の扉』対談を参照いただきたい。

    1990年代──『コスミック・トリガー』と「信じ“ない”オカルト」

    『コスミック・トリガー: イリュミナティ最後の秘密』(1994年、八幡書店)は、思想家ロバート・A・ウィルソンが、自身の思考実験や神秘体験について自伝的に書いた本だ。陰謀論、オカルト、サイケデリックス、シンクロニシティ、UFOが縦横無尽に交錯していく様は、読んでいて自分の立ち位置が揺さぶられる奇書といっていい。

    『コスミック・トリガー』(原著は1977年刊)

    「これは、ウィルソンの著作の中で一番の名著だと思う。八幡書店から出版した際、本文中の用語の注釈はぜんぶ自分で書いたんだけど、編集していてとても勉強になった。本のなかでウィルソンは陰謀論だけではなく、オカルト全般との関わり方について、とても示唆に富んだことを多く言っている」

     この本が特異なのは、ウィルソン自身の神秘体験について書かれている一方で、新版序文では「私は何も信じていない」「信じることは知性の死そのものである」と記していることだ。どんな世界理解もあくまで一つの“モデル”にすぎないという立場を、何度も強調している。

    「ウィルソンが言っていることは、わしがずっとオカルトを模索してきた感覚と体感的に似てたよね。わしはそれを言語化できなかったんだけど、ウィルソンが言語化してくれたっていう想いが強くあった。不可知論者としてのオカルトとでも言えばいいのかな。それこそが『地球ロマン』で自分がやってきたことに通じるんだよね」

     武田氏の口ぶりから、『コスミック・トリガー』は武田氏にとって非常に特別な思い入れのある一冊であることがうかがえた。では、刊行当初の反響はどうだったのだろうか。

    「今だから言いますがね、自分も期待してバーンと売れるやろと思って1万部ぐらい刷りました。でも期待した売れ方はしなかったよね。正直、ホロフォニクス・ライブやメガブレインの方が全然売れたよね。ただ、こういう本って、ものすごく深い読者層に届くから、「『コスミック・トリガー』に影響を受けてオカルトの世界に入りました」とか「人生変わりました」とか「今でも読んでます」とかっていう人は多くいるわけ」

     陰謀論がSNSを通して人口に膾炙する今の時代、この本の重要性が増しているように思う、と筆者がと話すと、武田氏は「かもわからんね。ちょっと早すぎたんやろな」と漏らした。

     ウィルソンは「リアリティーとはつねに複数で変化しやすい」と言っている。彼によれば、リアリティーは英語では単数形の名詞であるため、私たちは無意識のうちにそれを「ひと固まりの実体として概念化」しているという。つまり、揺るがない存在として我々のなかに屹立しているということだろう。
     ウィルソンはそれを誤りとし、「私たちの感覚によって知覚される世界は『本当の世界』ではなく、私たちが創造する構成物なのである」と書いている。
     固定化した認識に留まることをウィルソンは『リアリティー・トンネル』と呼び、その外側に出る方法を提示したのが『コスミック・トリガー』であるともいえる。

     AIとの会話で自己のリアリティーを強めることが容易な現代において、本書の価値はますます高まっていくのではないだろうか。

    SMI2LE計画の残響──加速主義、不老不死、霊的ボリシェヴィキ

     リアリーの来歴や変性意識文化における位置づけは、前掲の「知覚の扉」で整理した。ここでは、武田氏がリアリーをどう受け止めていたのかに絞りたい。

    「自分が初めてリアリーに会ったのは1988年。立体録音ホロフォニクスの権利を取りにアメリカに行った時に、リアリーの家に寄ってんだよ」

     対面したときの印象については、こう振り返る。

    「いや、それはすごいオーラだよ。やっぱり一時代を作ったっていう人だよね。その後、1990年代に来日した。覚えているのは毎日のように天ぷらをせがまれたこと(笑)。『サンキュー天ぷら!』とか書かれた色紙をもらった。電話かかってくるのよ、『天ぷら!』って。今みたいに手頃な店ねえんだよ。ホテルの天ぷらが1万5千円とかで参ったよ」

     リアリーの半生は、前期と後期に分けることができる。前期のリアリーは、サイケデリックス研究とカウンターカルチャーの象徴として知られる。だが後期になると、意識拡張はドラッグ体験にとどまらず、テクノロジー、宇宙進出、知能増大、寿命延長といった未来思想へ接続されていく。とりわけコンピューターへの期待は大きく、リアリーはそれを新しい意識拡張の媒体として見ていた。武田氏が会った1988年は後期の時代にあたる。

    『ハレー彗星の大陰謀』(1981年、ごま書房)。

    「リアリーがマリファナ所持で監獄に入ったのは1973年で、刑務所の中でSMI2LE計画というひらめきを得たんだよね。宇宙に出れば人間の知能が拡大したり寿命も延びるという話。80年代に自分が書いた『ハレー彗星の大陰謀』にもリアリーの話を取り込んだ。ラグランジュファイブという仮説があって、地球と月と太陽の3つの重力場の中で、物体が安定して存在できる点が5つあり、そこに宇宙ステーションを作れるという。リアリーはこうした宇宙移住を自分の未来思想の中核に置いた」

     まるで『機動戦士ガンダム』(1979年)のニュータイプ、スペースコロニーのようだ。その点について武田氏に聞くと、こう答えた。

    「ラグランジュファイブ自体は物理学的にはもっと前からある説で、宇宙コロニーを変性意識の文脈に編成したのがリアリーだ、とは言えると思う。ティモシー・リアリーの予言で面白いのはあれだよ。さっきの『コスミック・トリガー』によれば「困った時は日本人が助けてくれるだろう」というのがあって、わしはリアリーを助けたやん、天ぷらを腹いっぱい食べさせて(笑)。それは冗談だとしても、なんでリアリーが日本人と言ったかというと、たぶん鈴木大拙のZENの影響なんだよね。この頃のヒッピー系はみんなZENの影響を受けてるから。彼らのなかに日本オリエンタリズムっていうのはやっぱりあるんだよね」

     筆者がSMI2LE計画の話を聞き、もうひとつ思い浮かんだのがイーロン・マスクらテック系の頂点に立つ人たちが話す加速主義だ。加速主義とは、テクノロジーや資本主義を推し進めることで、人間や社会の変容を加速させようとする思想のことだ。

    加速主義については、『増補新版 加速主義 ニック・ランドと新反動主義』(木澤佐登志著、2025年、講談社)が詳しい。

    「数年前に『加速主義』としきりに言われているので何やろと思って調べてみたら、わしら80年代に言っとったことやん、とまず思った。正確に言うならアメリカでは70年代の終わりですよね。さっき話したリアリーの発想の焼き直しという印象。世代的に言うと、イーロン・マスクはやっぱり影響を受けているんじゃないかなと」

     Netflixで話題になったドキュメンタリー『DON’T DIE: “永遠に生きる”を極めし男』では、巨万の富を投じて不老不死を追求する億万長者ブライアン・ジョンソンに迫っていた。そうした加速主義や長寿志向は、突然現れた新しいものではない。すでに70〜80年代に語られていた未来像が、姿を変えて戻ってきたとも言えるのかもしれない。

    「当時でも自分の脳を冷凍保存して延命するっていうのは割と一般的に言われてたのよ。アルコー延命財団もあったし。今はアルコー以外にも、ロシアの方が安いとか、そういう話もあって、わしはロシアに頼もうかな、とか思ったり笑」

     80年代生まれで、当時の空気を知らない筆者のような世代からすると、当時、脳の冷凍保存や寿命延長がどの程度リアリティをもって語られていたのか、いまひとつ想像しづらい。
     リアリーのSMI2LE計画などSF的な延命について、当時どれほど本気で受け止められていたのかを聞いてみた。

    「まあ、そう簡単にはいかんやろう、という受け止め方ではあったよ。だけど、脳を冷凍保存して未来の医療を待つとか、寿命延長とか、そういう話自体はわりと普通に語られてた。SFの世界ではもう十分に出てきていた話やしね。たとえば『2001年宇宙の旅』だって、1968年の映画でしょ。SFではあるんだけど、完全な空想というより近未来SFなんですよ。『高い城の男』なんかも60年代の作品やけど、高校生のときに読んでいた。そういうものを通じて、未来的技術というものにある種の説得的なリアリティがあったわけです」

     たとえば『2001年宇宙の旅』だって、1968年の映画でしょ。SFではあるんだけど、完全な空想というより近未来SFなんですよ。『高い城の男』なんかも60年代の作品やけど、高校生のときに読んでいた。そういうものを通じて、未来的技術というものにある種の説得的なリアリティがあったわけです。『ムー』でも、不死とか寿命延長みたいな特集はやってたんじゃないかな。80年代から90年代にかけて、そういう話はずっとあったと思うよ」

     ブライアン・ジョンソンは、肉体を徹底的に管理し、老化そのものを制御しようとしている。それとは違い、脳を冷凍保存する、あるいは意識をデジタル空間に移すという脱肉体的な方向で不老不死になろうという考えも同時にある。

    「それは昔からの神仙道に近い発想だよね」

     神仙道とは、仙人となって死を超える身体を得るという、東洋的な不死の思想である。

    「徐福伝説もそうやしね。東洋には東洋で、ずっと不老不死の夢がある。しかも神仙道では、今の肉体をそのまま永遠に保つというより、別の肉体を作るという発想があるんですよ。天狗になるためには、自分の別の肉体を作らなきゃいけない。それを山の洞穴に隠しておく。玄胎結成というんやけどね」

     この話は、驚くほど現代的に聞こえる。別の肉体を作り、そこへ移行する。霊的なクローン、あるいはアバターのようなものだ。現在ならば、それはメタバース上の人格、AIアバター、意識のアップロードといった言葉に置き換えられるかもしれない。

    「ムー」1983年12月号

     望月氏はこう補足した。

    「どちらかというと、意識や脳をアップロードして、メタバースで永遠に生きるみたいな脱肉体の方が、いまの未来思想としてはイメージしやすいです」

     しかし武田氏は、そこで話をさらに大きな思想史へとつなげていった。

    「80年代のSMI2LE計画みたいな進化論を根源的に見ていくと、やっぱりボリシェヴィズムにあるわけです。」

     ボリシェヴィズムとは、ロシア革命の思想である。一般には、ボリシェヴィキといえば暴力革命やプロレタリア独裁のイメージが強い。しかし武田氏によれば、その底には「人類そのものが進化する」という思想があったという。

    「ボリシェヴィキの場合、プロレタリア革命が起こると、人類全体が進化するという発想があるんです。単に貧富の差がなくなるとか、そういう話じゃない。人間そのものが変わる。進化するんですよ」

     その象徴として武田氏が挙げたのが、アレクサンドル・ボグダーノフである。ボグダーノフはロシアの革命家であり思想家だ。

    アレクサンドル・ボグダーノフ。

    「ボグダーノフというおっさんがいてね。輸血にすごくこだわった人です。ボリシェヴィキの血を輸血すると、みんなボリシェヴィキになる、みたいな発想をした。彼が書いたSF『赤い星』では、火星が文字通り赤い星で、共産主義社会になっているんです。当時はまだ火星に空気があるかどうかも、今ほどわかっていない時代やからね。火星に行って、そこで人類は新しい段階に進む。しかも輸血によって寿命が延びる。SMI2LE計画に近い発想のように思える」

    『赤い星』(1908年)

     ボグダーノフとレーニンは対立していく。だが武田氏によれば、それは未来思想そのものをめぐる対立というより、革命をめぐる現実感覚の違いだったという。

    「レーニンは現実主義者やからね。今からロシア帝国をどう倒すか、という話をしているときに、マッハ主義がどうとかいう哲学議論や、50年先の人類進化の話をされても、今は関係ないやろ、となるわけです。来年の革命を考えている人と、50年後の人類を考えている人の違いやね。
     トロツキーなんかは、ものすごく理性的な人なんだけど、それでも革命後の人類が高次化するという発想はある。社会主義の段階になると、人類全体が種として進化して、みんな知能も上がるし、容姿も美しくなる、というようなことまで言っている」

     武田氏は、それを「社会主義によるアセンション」と表現した。

    「社会主義になるとアセンションが起こるんですよ。全体が次元上昇する。単にお金持ちと貧乏人の差がなくなるとか、そんな矮小な話じゃない。人類史そのものが次の段階に進むという話なんや。「だから、ティモシー・リアリーというのは、もともとロシア革命史になじんできたわしにはすんなり入ってきたんや。あれは霊的ボリシェヴィキなんやね」

    ボリシェヴィキと未来主義に関しては『霊的最前線に立て! オカルト・アンダーグラウンド全史』(武田崇元/横山茂雄 著、2024年、国書刊行会)に詳しい。

    2010年代以降──現実とシンクロする予言

     筆者が感じているのは、陰謀論のポップ化である。たとえばイルミナティカードは、いまや都市伝説好きだけでなく、ゲームやサブカルチャーの文脈でも知られるようになっている。

    『イルミナティ ニューワールドオーダー アサシンズ日本語版』(飛鳥新社)

    「イルミナティカードが都市伝説として広がり始めたのは、東日本大震災のときやね。崩壊する時計塔のカードが、銀座の和光の時計とそっくりで、あのカードが震災を予言していたんじゃないか、という話が出てきた。わしもそれでカードが欲しくなったんやけど、あれはパックで買うもので、全部そろえるにはたくさん買わなあかんかったんです」

     望月氏によれば、のちに全種類をそろえたセットのようなコレクターズアイテムも出て、近年では日本語版のフルセットも人気を集めたという。
     陰謀論グッズとして売れているのだは、もともとイルミナティカードは、陰謀論を本気で信じるためのものというより、陰謀論をゲームとして遊ぶものだった。

    「まあ冗談じゃないですか。ギャグとしてというか、ゲームとして陰謀論を遊ぼうという感じ。そういう文化がアメリカにはずっとあったんですよね。ディスコーディアンとか、ああいう流れがあるわけです」

     冗談だったカードの絵柄が、後から現実の事件と重なってしまうことがある。すると、それは「予言だった」と読めるようになる。

     望月氏はこう言う。
    「リアルタイムだとただの冗談なんですよ。でも、後からシンクロが起きると、神話とか予言書になっていく。『私が見た未来』なんかもそうですよね」

     この「後から予言になる」という感覚は、現代の陰謀論を考えるうえで重要だろう。出来事が先にあり、そのあとで過去のイメージが掘り起こされる。イルミナティカードも、そのようにして何度も読み直されている。

     筆者が「陰謀論がここまで政治的な力を持つようになることは想像していましたか」と聞くと、武田氏は「それは想像してなかったね」と言った。

     陰謀論自体は、もちろん昔からあった。日本では宇野正美や太田龍の本が読まれていたし、90年代には陰謀論専門の出版社もあった。しかし、それは基本的には出版文化の中にあるものだった。

    「今はネットで拡散されるからね。大きく見えるというのもあるし、実際に届く範囲も広がっているんやろうね。YouTubeの影響って、わしらなまじインテリ入ってるもんが想像しているより大きいんじゃないかな」

     本であれば、読むにも時間がかかる。だがYouTubeでは、同じ話が何度も繰り返され、似たような動画が次々に流れてくる。望月氏は「いろんな人が同じことを言っているから、本当かもしれないと思ってしまう」と指摘した。

    「普通やったら、他と違うことを言った方が目立つと思うやん。でも今は、受けているものをみんながパクる構造になっているんやね」

     さらに武田氏は、日本とアメリカの違いにも触れた。

    「アメリカ人って、ものすごいジョーク好きなんですよ。イルミナティカードも、たぶんそういうところから始まっている。『シンプソンズ』とか『サウスパーク』みたいに、政治でも何でもギャグにしてしまう文化があるわけ」

    『シンプソンズ』では、トランプの大統領就任を16年前に描き、予言とされた。

     たしかにアメリカでは、政治や陰謀論を笑いに変える作品が多い。冗談として描いたものに、後から現実が追いついてしまうこともある。
     一方、日本ではそうした政治的な冗談を、エンタメの中に落とし込む文化はあまり強くない。

    「日本だと社会派になっちゃうんだよね。メッセージとしての作品になってしまう。作品の中に落とし込むっていうのは、日本だと難しいんだろうね」

     陰謀論は、いまや大衆化している。カードゲームになり、動画やSNSで拡散され、いつの間にか日常に入り込んでくる。
     今回のインタビューを通して、オカルトを楽しむうえでは、武田氏やロバート・A・ウィルソンのように、リアリティーを「変化するもの」として捉えることが、一つの方法になるように思えた。

    CHA

    フリーライター&編集。出版社で漫画編集をしていた経験があり、幅広い漫画の知識を持つ。また神秘主義を独自に研究中で、グルジェフ、シュタイナー、古神道に関心がある。最近は舞踏、タロットリーディングに凝っている。バイブルは永井豪『デビルマン』楳図かずお『14歳』。

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