水エンジンは本当に実現するのか!? 永久機関研究の歴史と特許を分析してわかった真実

文=久野友萬

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    最近、ネットのショート動画で「トヨタ自動車が水で動くエンジンを開発した」というニュースをよく見かける。テスラのイーロン・マスクが激怒しているなどと書かれているが、本当なのか?

    水で動くエンジンはありなのか?

     先日のイランとイスラエルの紛争では、危うくホルムズ海峡が閉鎖されるところだった。地球上で石油が一番集まっているのが紛争の多い中近東とは、実に厄介だ。もしも石油に匹敵する熱量で、もっと安く調達できるエネルギー源があれば、そちらに移りたいと思っている国は多いだろう。しかし、水を燃料にして車が動く? いくらなんでもフェイクニュースじゃないのか。

     水で動くエンジンは、なにも最近始まった話ではない。一番最初は1975年ごろにアメリカの発明家スタンリー・メイヤーが、水を燃料とするエンジンの開発成功を発表したことだろう。

    水燃料電池の回路図 画像は「Wikipedia」より引用

     中学校で習った通り、水を電気分解すると酸素と水素に分離する。逆に酸素と水素を混合して火をつけると爆発し、水に戻る。爆鳴気といい、この爆発力でエンジンを動かそうというのが水エンジンだ。

     そこまではおかしな話ではないのだが(おかしくないどころか、今や水素自動車は普通に走っている)、なぜ水素と酸素の燃焼エンジンが最近まで登場しなかったのかというと、水を電気分解するエネルギーが、爆発で発生する熱量を上回るから。つまり、動かせば動かすほど電力が必要になり、石油の代わりというわけにはいかないのだ。

     メイヤーの水エンジンは、燃料の代わりに水を入れるという。エンジン内部で水を酸素と水素に分解し、それを燃焼させて動くというのだ。

     それは無理だろう。水を酸素と水素に分解するのに必要なエネルギーは、再び結合して水に戻る際のエネルギーと等しい。実際には、さまざまなロスがあるので結合のエネルギーを利用する際には、何割かしか使えない。つまり、車を動かそうと思えば、水を分解するエネルギー→水に結合するエネルギー+車を動かすエネルギーとなり、道理に合わない。入力よりも出力が大きい、いわば永久機関になってしまう。

     水の分解を別の場所でやって、水素と酸素をボンベかなにかに詰めておき、エンジンを動かす分だけ供給するならそれはできるし、現に今もやっている。エコだのエネルギー対策だのお題目がつくので石油の代わりになるかのように錯覚するが、現状はまだ無理。石油を精製する際にできる水素を使っているので安上りではあるものの、厳密に考えれば収支は合っていない。水素を作るには多大な熱や電気が必要で、それはエンジンを動かすのに必要な熱量とは別枠だ。

     収支を合わせるには、太陽光を使って水を金属薄膜で酸素と水素に分解する技術がもっとも実現性が高く、日本が発明して基本特許を押さえている。しかし、実際に自動車に供給する量を生産できるかといえば、まだまだ技術が追いついていない。

    なぜ消えた? 水エンジンの謎

     不可能だと考えられるメイヤーの水エンジンがどのようなものだったのか、特許で確認してみた。
     
     メイヤーは多くの特許を出願しており、1989年に出願した「Process and apparatus for the production of fuel gas and the enhanced release of thermal energy from such gas(燃料ガスの製造およびそのようなガスからの熱エネルギーの放出の増強のためのプロセスおよび装置)」(出願US07/081,859)を見てみよう。

     この特許によると、メイヤーの発明は水から水素と酸素を低エネルギーで取り出す技術ではなく、酸素と水素が結合して燃焼する際のエネルギーを通常より高める技術だったらしい。

     酸素と水素を混ぜて、火をつければ爆発する。だが、メイヤーは混ぜ合わせた水素と酸素の混合ガスに電磁波を照射、イオン化させることを考えた。帯電し、プラズマ化したガスは、電子の軌道を数段階アップさせ、エネルギーレベルを上げてから点火する。

    スタンレーの特許より、水エンジンの概念図。まさかの原子力エンジンだった!

    「高エネルギーで不安定な水素ガス原子核と酸素ガス原子核と衝突することで、ガス燃焼段階を超えた熱爆発エネルギーを発生させる」(同、訳は筆者)

     とあるのだが……。これってもしかして核反応?

    「原子の崩壊によってエネルギーが放出されます」(同)

    ……核分裂じゃないか!

     1989年にフィッシュマンとポンズが発表した常温核融合より以前に、メイヤーは常温核分裂を提案していたわけだ。常温核分裂で酸素と水素の結合エネルギーを高め、ガス燃焼ではありえない熱量を確保する!

     そんなことができるわけもないので、詐欺罪で告訴され、裁判所からメイヤーに2万5000ドルの返金命令が出ている。メイヤーは1998年に58才で会食中に急死したが、その際、「彼らが毒を持った」と叫んだという(ただし真偽不明。同席したエンジニアはスタンレーはそんなことは言わなかったと言っている)。

    常温核融合と同じ構図の投資詐欺

     世の中には常温核融合詐欺というものがある。常温核融合を熱源として発電プラントを作ろうとか、燃料のいらないボイラーを作ろうとお金を集めるのだ。

     現象として常温核融合は起きているようだが、あまりに反応規模が小さい。金属表面の金属孔という分子レベルの孔の中で起きる現象で、発電どころか熱源としてボイラーの代わりになるかも怪しい。

     熱源にはならないが、元素変換が起きてパラジウムがクロムやダイヤモンドに変化するらしいので(あくまで分子レベルではある)、常温核融合は原子レベルで起きる奇妙なふるまいであって、学術的な研究は必要だ。そして、工業化にはほど遠い。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     中には常温核融合でかなりの資金調達に成功している会社もある。ロマンといえばロマン、知識がない不幸といえば不幸。投資はロマンに賭けるものなので、そこはとやかくいえないが、倫理的にどうなのかは別だ。

     水の分解ユニットを一体化し、補助電力無しで水だけで動くエンジンは物理法則上ありえない。あれば永久機関になってしまう。しかし水の電気分解にロマンを感じる人は多く、米海軍も高周波で水を分解し、爆鳴気を発生させる装置に莫大な費用をつぎ込んだ。技術系の詐欺は、詐欺を仕掛ける側が詐欺だと思っていない、大発明だと心底信じているので知らない人は丸め込まれる。

     常温核融合の例もあり、仕掛ける側は資金集めで儲かるので、お金を出す側ではなく集める側になるのが正しい。水でエンジンを動かすといういかがわしい話を持ちかけられたら、金を出すのではなく、もらう側に回ってください。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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