人間も冬眠できる!? 実現のカギを握るのは「恐怖のにおい」と「目覚めてから」の技術にある!

文=久野友萬

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    人間は冬眠できるのか? もし冬眠できたら、今よりも何倍も長生きできるかもしれない。不治の病にかかったら冷凍睡眠で何十年も眠り、病気の進行を遅らせて未来の治療で治す。あるいは宇宙旅行で、数年間、眠ったままで次の星まで旅をする――SF映画ではお馴染みの人工冬眠が現実になろうとしている。

    人間は冬眠する生き物だった!?

     かつて人類は氷河期を生きのびるために冬眠をしていたらしい。

     スペインの「シマ・デ・ロス・ウエソス(骨の穴の意)」洞窟で数十人分の人骨が発見された。骨はおよそ40万年前のもので、ネアンデルタール人の祖先にあたる。
     マドリード大学のフアン・ルイス・アルスアガらが調査したところ、どの骨にも1年に数か月間、周期的に骨の成長が著しく阻害された異常が見られた。同じ洞窟内には洞穴グマという冬眠をするクマの骨も残っており、同様の異常が見られたことから、ネアンデルタール人の祖先は、冬眠していたと考えるのが妥当だ。氷河期の厳冬と乏しい食料で生き延びるため、彼らは洞窟の中で冬眠して春を待ったのだ。

    シマ・デ・ロス・ウエソスで発見された28の頭蓋骨のうち17を復元した図 画像は「Wikipedia」より引用

     ネアンデルタール人と現代人は親戚関係にあり、当時は混血していたこともわかっている。ネアンデルタール人の祖先が冬眠したなら、私たちの祖先も冬眠したかもしれない。人間と早い時期に枝分かれした樹上生活の原猿類、キツネザルやガラコは冬眠をする。潜在的に人間にも冬眠能力があるのではないか。

     実は、人間が冬眠したと思われる実例が2例ある。

     2006年10月7日に当時35歳の男性が神戸・六甲山で滑落、救出されるまで24日間も飲食をせずにいた。発見された時の体温はわずか22度。本人は事故翌日から記憶がなく、ずっと昏睡状態だった。

     2011年12月19日から2012年2月17日までの2か月間、スウェーデンで車ごと雪に埋もれていた当時45歳の男性が救助された。男性は食料がまったくないまま、溶かした雪で命をつないだという。しかし、外気温はマイナス12度である。救助された時の体温は31度しかなかった。
     一般的に体温が30度以下になると低体温症になる。意識がなくなり、約5分で脳の機能が回復不能、最後には心停止する。しかし、男性が冬眠状態だったならば話は変わる。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     冬眠中の動物では酸素消費量が平常時の数パーセントしかない。心拍数は1分間に数回まで低下、呼吸数も大きく減り、体温は下がり、数か月にわたり飲食を必要としない状態まで代謝が落ちる。それでも彼らは健康であり、低体温でも脳や心臓にダメージはない。

     帝政時代のロシアでは、冬の間、貧農は食べるものがほとんどなかった。そのため、彼らには冬の続く半年間、ほとんど食事もせずに1日中寝て過ごす「ロッカ」という習慣があったという。暖炉のそばで寝て過ごしながら、1日に1度、起きて水を飲み、保存してあるパンを一口食べて、再び眠る。このロッカは冬眠ではないが、冬眠に限りなく近い。

     人間に冬眠能力があるとして、もしも自由にそのスイッチを入れることができれば、人工冬眠も夢ではないのだ。

    恐怖が冬眠を引き起こす

     2020年6月5日、筑波大学の櫻井武教授と理化学研究所の砂川玄四郎らの研究チームは、冬眠しないラットやマウスの脳(視床下部)にある神経群を刺激すると、数日間、彼らの体温や代謝が極端に低下することを発見した。哺乳類を冬眠状態に変える神経、休眠誘導神経(Q神経)を発見したのだ。

    冬眠の様な低代謝状態(QIH)を種類別に比較した図 画像は「筑波大学 理化学研究所」より引用

     Q神経は薬物で刺激できるが、米ワシントン大学の研究で外部から超音波を当てることによってQ神経を刺激できることもわかった。人間にも応用できるならば、薬を飲んだり、手術をする必要がなく、頭に超音波を照射するだけで冬眠できるようになるかもしれない。

     マウスのような小動物は嗅覚が敏感だ。特に自分を食べる肉食動物のにおいには敏感で、そうでなければ食べられてしまう。これは学習の結果ではなく本能的なもので、肉食動物の強いにおいを嗅いだ瞬間、マウスは体が硬直する。恐怖のあまり腰を抜かすわけだ。現在、マウスのような小動物を恐怖させるにおいはチアゾリン類恐怖臭と名付けられ、合成されている。これを撒くとネズミは近寄らず、たとえばケーブルに撒くとネズミに齧られることを防げる。

     関西医科大学生命医学研究所の小早川高准教授らは、チアゾリン類恐怖臭を嗅いだマウスが冬眠状態に入ると、死亡するレベルまで酸素を減らした状態でも、中脳にある危機応答中枢が活性化し、通常のマウスが平均11.7分しか生存できない中、なんと平均231.8分も生きていることを発見した。それだけ代謝が抑制され、酸素を必要としない状態になったのだ。

    致死的な低酸素環境での生存を示した図 画像は「関西医科大学」より引用

     基本的な神経の構造は人間にも共通している。マウスにとってのチアゾリン類恐怖臭のようなにおいが人間にもあるかもしれない。恐怖のあまり人を冬眠させてしまうにおいだ。

    死を超える技術

     冬眠状態の動物は、放射線に対して異常に耐性が強くなる。これは当然と言えば当然で、食餌制限によって乳ガン、肺腫瘍、白血病、皮膚ガンなどが減少することが既にわかっている。また、食餌制限をしたマウスは放射線に被ばくしても、白血病の発症率が低い。冬眠中のリスの研究では、発癌性の化学物質を使って人工的に皮膚ガンを起こそうとしても、ガン化は抑えられ、細菌にも感染しにくいことがわかっている。

     冬眠中は絶食で、動かない。それが数か月にも及べば、筋肉が衰えて大変そうだが、野生動物は冬眠から目が覚めると、リハビリもなくすぐに平時の活動に戻る。それが可能なのは、リスなどでは腸内細菌がタンパク質を作って体に供給しているからだ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     クマの場合、筋肉を維持する物質が血中に流れるらしく、広島大学の宮﨑充功らによれば、人の筋肉細胞に冬眠中のクマの血清を加えると、筋肉細胞が生成するタンパク質の量が増えたという。

     床ずれになりそうだがならないのは、血栓を作る血小板の生産が極端に抑えられるためだ。ドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学の研究チームによれば、通常の55分の1しか生産されないのだという。血栓ができないということは、血管系疾患の治療に冬眠が有効ということになる。また、冬眠前のクマは大量に食べて脂肪を蓄えるが、糖尿病にならない。インスリン抵抗性を変えるタンパク質が作られるからだ。

     人工冬眠が実用化すれば、冬眠健康法ができるかもしれない。定期的に冬眠することで免疫力を高め、ガンや生活習慣病にならない体を作るのだ。

    冬眠技術で死から蘇る

    「ゾンビ犬の実験」という不穏な名前の実験がある。低温状態では臓器の機能が抑制される仕組みを利用し、2006年に米サファル蘇生研究所で行われた。かわいそうな14頭の犬はすべての血液を18度前後のブドウ糖と生理食塩水の溶液と入れ替えられ、死亡した(かに見えた)。そして犬たちの体は冷却され、3時間後に血液を体に戻されると、体を温められ、心臓に電気刺激を与えられた。すると14頭のうち10頭の犬が目を覚まし、4頭は障害がでたものの、少なくとも3日間は生きていたそうだ。

     2022年7月、米イェール大学の研究者たちは、オーガンエックス(OrganEx)という人工心肺システムを使って、犬ではなく死んだブタを生者の世界に呼び戻した。死亡した豚をオーガンエックスにつなぎ、細胞の損傷がどの程度進むのかを調べたのだ。死亡後1時間以内であれば損傷が少なく、生き返らせることが可能だという。以前、同チームは屠殺場で切断した豚の頭300個から脳を取り出して冷却、オーガンエックスにつないで細胞が活性化する確認をしたことがあり、今回の実験はその全身版である。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     これらの方法で死んだ人間を蘇生できるかどうかはわからない。生き返った犬や豚は話せないので、脳に障害が出ていてもわかりにくい。そもそも死の定義もあいまいだ。血液を抜かれた犬は、厳密な意味では死んでいなかったのではないか。

     死と冬眠は異なるが、近い。硫化水素による自殺や事故死が起きるが、硫化水素を適量吸うと動物は冬眠状態に陥る。マウスに硫化水素を吸わせると、チアゾリン類恐怖臭を嗅がせた時と同じように体温が低下して冬眠してしまうのだ。

     つまり、硫化水素を吸って自ら死を選んだつもりが、冬眠状態になり、息を吹き返す人もいるかもしれない。人間が冬眠する時、私たちは生と死の根本に関わる問いを突きつけられることになる。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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