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宿主から宿主へと移りすむ寄生虫。それは単に栄養を吸い取るだけでなく、ときに人間の行動にまで影響を与えるという。そして生まれたいくつもの都市伝説――。はたしてそれらは真実なのだろうか?
最近、アニサキスのニュースをよく目にする。アニサキスの幼虫は、長さ1.5〜2センチ、幅は0.5〜1ミリほどの線虫だ。サバ、アジ、サンマほか多くの魚類やイカに寄生している。
アニサキスにあたった60代の男性は、「今まで、あんな痛さがあるなんて思ってもみなかった」といった。胃壁や腸壁に潜りこむため、穴が開く痛みだと勘違いされるが、実際はアレルギー反応による痛みだ。全身に蕁麻疹が現われたり、嘔吐やけいれんを伴ったりすることもある。
アニサキスが増えた原因だが、クジラが増えたからではないか、と書かれた記事を目にした。
「クジラとアニサキス?」──風が吹けば桶屋が儲かるではないが、縁遠い気がする。サバで感染した話は聞くが、クジラでアニサキスに感染した話は聞かないし、感染するほど日本人は
クジラを食べていないと思うが?
これはアニサキスの生活史に関係があるのだという。
アニサキスはクジラを終宿主(成虫が最終的に寄生する相手)として、魚の間を幼虫のままで移動している。クジラの排泄物とともに海中に卵が放出され孵化、オキアミなどに食べられて体内で感染型の幼虫となる。オキアミを食べる魚へと幼虫は移り、その魚がクジラに食べられて成虫となる。
クジラが終宿主なので、クジラが増えればアニサキスが増える。アニサキスが増えれば寄生された魚も増え、そうした魚を食べた人間が感染しているのではないか? 記事の主旨をまとめるとそういうことになる。
クジラが増えたせいでアニサキスが増えているとニュースでやっていましたが、本当ですか──そう訊ねると、倉持館長は即座に否定した。
「アニサキスは増えていません。報告が増えているだけです」
2012年に食品衛生法でアニサキスが食中毒に指定され、医師は24時間以内に最寄りの保健所に届け出ることが必要になった。そのために報告が増えたのだ。
実は増えているとも減っているともいえないのだと館長。
「以前に比べて、刺身で食べられる魚の種類が増えていますよね。それによって数字が底上げされている可能性はあります。昔は刺身といえばマグロくらいしかなかったでしょう。今はサンマでもサバでもイワシでも、刺身で食べられますよね」
本当は昔も今くらいの感染数だったのだろうと倉持館長はいう。ただ、昔は報告義務がなかったために全数が把握できておらず、いかにも最近になって増えたように見えるのだ、と。
ではクジラが増えたからアニサキスが増えたというのも間違いなのか?
「戦後、各国が南極海で大量のクジラを捕ったのでクジラは減りました。しかし1986年に捕鯨全面禁止になって、南極海での捕鯨は日本の調査捕鯨だけになりました。そのためにクジラは増えています。
しかし、南極海のクジラは主にオキアミを食べているので、アニサキスの寄生は希まれです。そのため、南極海のクジラ類がアニサキスの生活史に果たす役割は小さいのです。南極海のクジラが増えても、アニサキスは増えない」
クジラの捕獲数が減ってクジラが増えたといっても、それは南極海での話であり、アニサキスとは関係ない。では他の海域ではどうなのか? この数年でクジラが激増したのか?
クジラの種類によって増減に違いはあるが、『令和3年度国際漁業資源の現況』(水産庁/国立研究開発法人水産研究・教育機構)によると、ミンククジラのように明らかに増えているクジラもいるが、ツチクジラやニタリクジラは横ばいで、全体として突出してクジラが増えたというデータはなく、安
定している。クジラが増えたからアニサキスの被害が増えたという話は、論拠が薄弱なのだ。
こうなってくると、刺身でアニサキスにあたらないようにためには、魚を冷凍すればいいという話も怪しく感じる。冷凍すれば本当に安全なのだろうか。倉持館長はいう。
「アレルゲン(アレルギーの原因となる抗原)にはなっているんですよね。タンパク質が壊れていなければアレルゲンになっているので、症状が出る人はいます。リスクがゼロにはなりません。また家庭用の冷蔵庫はセ氏マイナス10度程度なので、3〜4日は入れておかないといけないですね。業務用のセ氏マイナス20度の冷凍庫でも、24時間は必要です」
家庭用冷蔵庫の場合、ひと晩、冷凍したぐらいではまったくダメなのだ。
※ 月刊『ムー』2023年5月号より
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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