節分の夜は便所には行かぬこと……妖怪「カイナデ」が迫る赤青の選択/黒史郎・妖怪補遺々々
2月といえば節分! そこで季節感に合わせて今回は。節分の夜に現れる妖の話を補遺々々しましたーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘す
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四月馬鹿にちなんで、今月は〝嘘〟にまつわる真に記録された妖怪談を補遺々々しましたーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
4月といえばエイプリルフール。今年はどのようなウソをつかれましたでしょうか。
辞書でひきますと「四月馬鹿」と、なんだか身も蓋もない四文字が出てきます。でも、馬鹿には上手な嘘はつけません。民話でも知恵者の人間が巧みな嘘で妖怪を騙して助かる話がたくさんあります。人間を騙す怪異の代表格といえるキツネも、愚者どころか相当な切れ者です。
というわけで今回は「嘘」に絡めた妖怪談をご紹介いたします。
鹿児島県には【ケンムン】や【キィンムン】と呼ばれる妖怪の話がたくさんあります。
資料によっては「木の物」と字を当て、「化物」に「ケンムン」とルビをふることもあります。これは木に住む(宿る)子供くらいのサイズの妖怪だといわれ、石を投げる、怪火を灯す、漁の邪魔をする、家や木を揺らす、住処の木を伐った者を祟る、ヤギや腐った貝の臭いをさせる、といった怪異を起こしたという話があります。すべてが【ケンムン】の仕業かわかりませんが、とりあえず怪しいことがあれば【ケンムン】の仕業ということにしておこう、お化けといえば【ケンムン】だ、という考えの人もいたのではないかと思われます。
1986年11月16日には龍郷町で足跡が撮影されたそうで、長さ約10センチの足跡が500メートル以上も続いていたそうです。
次のお話は、【キィンムン】が子供を脅かした、という貴重な記録です。
昔の話です。場所は、大島郡徳之島町尾母にある小学校。その敷地の南側に、大きなウシクが自生しておりました。ウシクとはガジュマルの木を指す徳之島の方言名です。
大きな傘のような形状で、木の下は薄暗く、昼間でも無気味な雰囲気がありました。ただ、神木とされていたため伐採されることはなく、学校で保護されていました。
当時は子供たちの遊べる場所も少なく、学校の校庭が唯一の広い遊び場でした。どの家も親が仕事から帰るのが遅いので、子供たちは暗くなるぎりぎりまで遊んでいました。
あまり無心になって遊んでいると、気がついたら真っ暗で、怖くてひとりでは帰れなくなりました。
ある日の夕方のことです。
校庭で子供たちが遊んでいると、突然、ウシクの木の枝ががさがさと揺れだしました。
木のあたりから異様な鳴き声が聞こえ、校庭で遊ぶ子供たちの名前を呼んできます。
子供たちは「ウシクの化け物(ウシクヌキィムン)だ!」と震えあがります。
するとそこに、高等科のヤンチャグループが現れます。
「ああよかった」と、子供たちは安堵に胸を撫でおろしたかもしれません。ちょっと怖いお兄さんたちですが、こんなときはとても頼もしいです。
彼らは声を潜め、仲間たちと次のような話をしました。
「やっぱり、ウシクの化け物が天から降りてきたらしい」
「なんだって、これは一大事になったぞ!」
「俺たち全員、化け物に連れていかれるかも……」
「おいみんな、ぜったい上は見るなよ。下を向いて、じっとしてろ。それから、化け物が天に戻るまで話はするなよ……」
そんな恐ろしい話を聞かされているうちに、空はどんどん暗くなっていき、子供たちはますます怖くなってひとりでは帰ることもできず、大声で泣き喚くのです。
ーー実はこれ、妖怪でもなんでもなく、高等科のヤンチャ少年たちのした悪戯なのです。木を揺らしたのも無気味な声を発したのも当然彼らで、「化け物に連れていかれる云々」も彼らがその場で即興で作った嘘だったのでした。
次は昭和41年のある月刊誌に見られる怪談です。
石川県能美郡郡山那須町大字今里村では「ユキブシコ」が飛ぶようになると、まもなく雪が降るといわれていました。これは冬の初めに飛ぶ白い虫のことです。
この虫が飛ぶ時期になると、なぜか今里村では飼い猫が姿を消してしまうそうです。そして、消えた猫は春ごろになると戻ってくるのです。
同村に住む郷土史研究家の方によると、このようなことが数百年も続いているのだそうです。村から去った猫たちは飼い主の元を離れているあいだ、どのような暮らしをしているのか。それについては謎ということなのですがーー。
村には次のような伝説があるそうです。
今里の山の中には、妖怪が棲んでおりました。
村の猫たちは、日ごろからお世話になっている村の人たちを妖怪から守るため、ユキブシコの舞う時期になると、いっせいに姿を消していました。
猫たちがどこに行って何をしているのか、その答えは書かれていませんでしたが、山へ行っていることはわかります。
なぜなら、村人が罠を仕掛けに山に入ると、必ずといっていい頻度で、無残な状態の猫の死骸が見つかったからです。とくに首だけしか残っていない猫は壮絶な有様で、目をカッと見開き、牙を剥いて、何者かと戦って激しく抵抗した様子が、その表情からアリアリとうかがい知れるといいます。
また、40代の猟師が【狒々(ひひ)】のような姿の妖怪を目撃しており、冬の山では妖怪のものらしき無気味な声と猫の鳴き声を聞いています。乱れ飛ぶ火の玉のようなものも目撃しているそうです。
ところで、気になるのが、この妖怪の名前です。
資料によると【ダボラ】と呼ばれているそうなのです。
この名前を初めて見たとき、妖怪の話は「駄法螺」、つまり嘘であり、つまり名前がオチになっていて、見事にだまされたのかと思いました。
まだ、【ダボラ】に関する資料を他で見つけていないので、まだ少し疑っていますが。
引き続き調査していきたいと思います。
【参考資料】
「児童文化特輯資料」『民間伝承』第六巻・十号
徳富重成「徳之島の怪異—尾母を中心とした—」『雑記集成(3)』
「決定版!冬の夜の怪談」『不思議な雑誌』32号
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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