映像になった恐怖が大集合! 「ポスターでみる映画史Part4 恐怖映画の世界」展(2023.3.26まで)
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その姿をみただけで即死。「最恐」の呼び声高いあの怪獣の新図版を発見か…?
動物、恐竜、昆虫など、いきものジャンルならば「最強の○○はなにか」はどこでも常にアツく語られるテーマ。では未確認動物、怪獣たちのなかでもっとも恐ろしい「最恐」はなんだという話になったとき、トップ候補にあげられることが多いのが「印旛沼の怪獣」だ。
時は天保、老中水野忠邦が後世「天保の改革」とよばれることになる諸政策をおこなっていた時代。その改革政策のひとつに、下総国(現千葉県)印旛沼の干拓事業があった。江戸時代初期の治水工事で利根川水系と接続したことにより、しばしば大水害に見舞われることになってしまった印旛沼。これを干拓し、食糧増産や治水対策を実現しようというビッグプロジェクトだが、印旛沼干拓は過去何度も着手されながらそのたびに挫折してきた最大級の難事業だった。
水野が旗振り役となった天保の印旛沼干拓も、作業に難渋しているうちに当の水野が失脚、老中を罷免されたことで中止になってしまう。そしてこの印旛沼掘割工事中に出現したとされるのが、くだんの最恐怪獣「印旛沼の怪獣」だ。有名なものは全身真っ黒、海棲生物のようなつるっとしたフォルムに描かれた図で、出現したとたんに雷が轟き、その姿を目撃した13人もの人間が即死してしまったとの事件顛末が記されている。怪獣が「最恐」とされる所以だが、今回紹介するのはそれとはやや趣を異にする別パターンの図だ。
ご覧の通り、長い爪、一本足の体はいかにも怪獣だが、頭部はケモノというよりむしろ人間に近い。側頭部には浮き出した血管らしきものも見え、真一文字に結んだ口、鼻、目の様子はまるで荒武者のようでさえある。
天保14年閏9月12日、この化け物は掘割工事真っ只中の印旛沼は弁天山という場所に出現。工事の担当だった大名黒田家の作事奉行・野田勘右衛門らがこれを目撃し、一緒にいた従者3人が即死、勘右衛門も顛末を話したのちに死亡してしまったと書かれている。通説の13人にくらべるといくぶん数が減っているが、少なくとも4人の大人が、ただその姿を目にしただけでほぼ即死状態だったことになる。怪獣の全長は一丈七尺、約5メートルという巨大さで、口の広さだけでもほぼ1メートル。鼻は至って低く、爪は至って長い、絵の様子とは異なるが面体は黒かった、ともある。
「頭大サ六尺」とあるから、頭部は約180センチ、体長のほぼ3分の1を占めている。そんな巨大な頭についた「日月ノ如シ」という眼に睨まれることで、恐怖のあまり絶命してしまうのだろうか。どこかかわいらしく見えなくもないのだが、やはりなんとも恐ろしい怪獣である。
ところで印旛沼は古来水害の多い土地だったが、その頻度と被害規模が格段に大きくなったのは、冒頭にも書いたように江戸時代初期に利根川の水流を江戸湾から銚子方面へと流しかえる大治水工事をおこなったためだ。坂東太郎とまで呼ばれた暴れ川による江戸への被害を回避させた結果、印旛沼が割りを食うかたちになったのだ。
ここで江戸時代にかかれた『利根川図志』という本をみてみたい。同書は利根川流域の物産や風俗などを描いた地域百科のようなもので、利根川にみられる生き物の情報も記録されている。そこに記されたもののひとつが、ネネコと呼ばれる利根川に出没する河童だ。
単なる河童と侮るなかれ、ネネコは毎年住処を変え、住み着いた場所には災いが起こるといわれて恐れられた「怪獣」でもあった。そしてもうひとつ、怪獣より珍獣といったほうがふさわしいが、『利根川図志』には銚子付近に生息したアシカの図も描かれている。銚子沖には海獺島(あしかじま)という島もあり、当時は一帯でよく見られる生き物だったのだそうだ。
ネネコ河童とアシカの図を眺めていると、どうだろう、足して二で割るとちょうど「印旛沼の怪獣」に近いものができあがるようにも見えないだろうか。あの凶悪な怪獣は、人間の都合に翻弄され掘り返される利根川水系の怒りが、獣たちのかたちをかりて現れたもの……といったらさすがに想像がすぎるだろうか。
また当地近辺の地誌『佐倉風土記』によれば、印旛沼付近には古い大きな洞があり、そのなかには隠れ座頭とよばれる妖怪が住み着いていたという。さらに洞穴の近くにある龍角寺という寺院には、印旛沼の主である龍にまつわる伝説も残されている。この龍は干ばつに苦しむ人々のために独断で雨を降らせたことで龍王の怒りに触れ、体を三つに切り裂かれて地上に落下したというのだが、寺にはその龍の頭部とされるミイラが保存されており、龍角寺という寺号の由来にもなっている。
どうも印旛沼一帯は、古くからかなりの怪獣頻出スポットだったようだ。
図版出典一覧
印旛沼の怪獣『文鳳堂雑纂』国立公文書館デジタルアーカイブ
利根川のネネコ河童、アシカ『利根川図志』国立公文書館デジタルアーカイブ
鹿角崇彦
古文献リサーチ系ライター。天皇陵からローカルな皇族伝説、天皇が登場するマンガ作品まで天皇にまつわることを全方位的に探求する「ミサンザイ」代表。
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