『平家物語』緒方三郎惟栄の末裔が探る! 呪われた緒方一族の謎/MUTube&特集紹介  2026年10月号

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    現代に続く蛇神の血脈、子孫を襲う最凶の怨念。この記事を三上編集長がMUTubeで解説。

    写真に現れた〝目の異変〟

     芸人として活動し、ときには怪談を語ることもある筆者だが、先ごろふと撮影された一枚の写真に、信じられない異変が現れた。
     筆者の目元を何かが覆い、右目は潰れかけている。黒い穴になった部分を凝視すると、今にも気力を吸い取られそうだ。
     なぜ、このように奇妙な写真が撮れたのか、そしてこの写真の意味は? 
    人一倍霊感が強く、さまざまな超常現象を体験してきた筆者には思い当たる節があった。幼少よりいい聞かされてきた、先祖にまつわる伝説が関係しているのではないかと。
     写真の謎を解き明かすため、筆者は自身のルーツとその背後にある物語について詳しく調べる必要に駆られ、故郷である熊本へと急いだ。

    緒方三郎惟栄の実像

     筆者の本名は、緒方里恵。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて九州で絶大な勢力を誇った武将、緒方三郎惟栄(以下、惟栄)の子孫である。そのことを示す家系図や伝来の品々に囲まれ、一族に代々語り継がれる数多の逸話を聞かされながら育った。
     豊後の強力な水軍を率いた惟栄の活躍は“大河ドラマ級”と評されることもあるが、最大の功績は平家を九州から追い払い、「治承・寿永の乱」(源平合戦)において、源氏の勝利を決定づける立役者となったことだ。
     また惟栄は、源頼朝と袂を分かった弟・源義経を迎えるために岡城(大分県竹田市)を築城したことでも知られる。読者にとっては、瀧廉太郎が作曲した「荒城の月」の舞台としてお馴染みだろう。しかし筆者にとっては、天神山の断崖絶壁に築かれた難攻不落の名城に足を運ぶと、「これが惟栄も見た景色か」と先祖への尊信の念が湧いてくる。
     源義経を支援するも失敗に終わり、流刑となった惟栄。もしも義経を岡城へ迎え入れることに成功していたら、九州に幕府が誕生していたかもしれない。

    (文=らりるRIE 取材協力=化猫子猫)

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    webムー編集部

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