われわれの祖先の一部は海に帰っていた!? 人魚の謎と「人類水中進化論」

文=羽仁 礼

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    毎回、「ムー」的な視点から、世界中にあふれる不可思議な事象や謎めいた事件を振り返っていくムーペディア。 今回は、古代から世界各地で目撃された人魚の存在と、人類がかつて海中で進化したという大胆な仮説を取りあげる。

    神話から近代まで 各地に残る人魚の目撃譚

     人魚の伝説は、古代から世界各地に分布する。たとえばギリシア神話では、ポセイドンの子とされるトリトンは人間の上半身と魚の尾を持つ人魚のような姿で描かれてきたし、フランスには「メリュジーヌ」、アイルランドでは「メロウ」といった人魚の伝説がある。

    (上)ギリシア神話の海神トリトン、(中)フランスの伝説で語られた水の精メリュジーヌ、(下)『南総里見八犬伝』に描かれた人魚。洋の東西を問わず、半人半魚の存在は広く伝わっている。

     日本でも、人魚の肉を食べて長寿を得たという「八百比丘尼(やおびくに)」の伝説が残る。日本の古事を記録した『日本書紀』にも、推古天皇27年(619年)4月、近江国蒲生河に人間のような海の生物が現れ、7月にも摂津国の堀江で魚でも人でもない生物が網にかかったことが記されている。

     この日本の人魚の形態は詳細が明らかでないが、大航海時代以降になると、現代のわれわれがイメージするような、人間の女性の上半身に魚の下半身を持つ人魚の目撃がいくつも報告されている。

    14世紀の彩飾写本『スミスフィールド法令集』より。人間の女性の上半身と魚の下半身を持つ人魚の造形は、このころから見ることができる。

     たとえばジェノヴァ出身の探検家クリストファー・コロンブスは1493年、カリブ海のイスパニョーラ島沿岸から、3匹の人魚が海から上がっている姿を目撃したと記しているし、イギリスの航海士ヘンリー・ハドソンは1608年の航海の際、北極海で人魚を目撃したという。

    クリストファー・コロンブスは、1493年の航海日誌にカリブ海で人魚を目撃したと記録している。実際にはカイギュウ類の誤認だったと見られている。

     オランダの探検家ダフィット・ダネルもまた、1652年から1654年にかけてのグリーンランドへの航海の際、たなびく髪をしたとても美しい人魚に遭遇したと述べている。1890年代にも、スコットランドで目撃が報告されている。

    17世紀初頭、ニューファンドランド島の港で人魚と交流する男たちを描いた版画。大航海時代には、人魚目撃の記録がいくつも残っている。

     こうした人魚の目撃については、一般的には何らかの海棲哺乳類、特にジュゴンなどのカイギュウ類を見間違えたという説明がなされる。

     ジュゴンは海牛目ジュゴン科の哺乳類でザンノイオ、アカンガイエとも呼ばれる。日本の南西諸島より南の太平洋、インド洋の浅海に棲息し、胸にふたつある乳首で授乳する際は、子どもを抱いて立ち泳ぎのような姿勢をとることがあるという。これが人間の女性を思わせたのではないかというのだ。

    しかし、ジュゴンの授乳は基本的に水中であるうえ、頭に長い髪などない。その容貌は人間とは似ても似つかぬものだし、人魚伝説は人間がジュゴンという生物に遭遇する前から存在し、しかもその生息域から大きく外れた場所でも目撃されている。

    人類は水中で進化した? 科学者が唱えた異端説

     では、伝えられる人魚のような生物が実際に存在するのだろうか。

     じつは、人魚の正体についてはひとつの仮説がある。それは、人類の祖先は一時期海の浅瀬で暮らしていたという「人類水中進化論」、あるいは「アクア説(水生類人猿説)」と呼ばれる説を発展させ、一部が水中生活に馴染み、海に帰って人魚になったのではないかというものだ。

     人類水中進化論の着想を本格的な理論として発展させたのは、イギリスの海洋生物学者アリスター・ハーディ(1896~1985)である。

    「人類水中進化論(アクア説)」を唱えたイギリスの海洋生物学者アリスター・ハーディ卿(画像はNational Portrait Gallery, Londonより)。

     ハーディはオックスフォード大学で動物学を学び、1925年から1927年にかけては南極のクジラの生態を調査する調査隊にも参加した。そのため彼は、海棲哺乳類の専門家としてその解剖学的特徴にも精通していたのだ。

     そして南極から帰ってきた直後の1929年、ハーディはウッド・ジョーンズの著書『哺乳類の中で人間の占める位置』を読んで、皮下脂肪を蓄えているという人間の特徴が、多くの海棲哺乳類と似ているということに気づいた。
     さらに、人類の祖先が一時期水辺で暮らし、その環境に適応して進化したと考えれば、皮下脂肪の問題だけでなく、二足歩行の起源、体毛がないのに頭髪だけが残っていること、石器の使用などがうまく説明できると考えた。

     しかし、そのような異端説を発表したら研究者生命が絶たれる、と友人たちに反対され、ハーディは発表を断念した。

     ハーディはこの理論を胸に秘めたまま、順調に動物学界での要職を歴任してロンドン王立協会の会員にも選出され、ナイトの爵位も得た。
     その間、ドイツの病理学者マックス・ヴェシュテンヘーファー(1871~1957)が1942年に、ハーディとは独立して同様の着想を発表している。

    ドイツの病理学者マックス・ヴェシュテンヘーファー。ハーディと同様に、人類水中進化論の考え方を持っていた。

     ハーディが自分の考えを初めて公にしたのは、着想から30年経った1960年のことだった。この年の3月、彼はブライトンにある英国潜水クラブの会合で「水生人類――その過去・現在・未来」というタイトルの講演を行い、人類水中進化論を披露した。

     しかし、ハーディのこの革新的な理論はそれほど注目されることはなく、彼自身もその後あまり言及することはなかった。

     ハーディの理論を要約すると、初期の類人猿とされるプロコンスルから、初期の猿人であるアウストラロピテクスが登場する数百万年の間、人類の祖先は生存競争に敗れる形で海岸に逃げ、最初は浅瀬で貝や甲殻類などを食物としていた。
     そのうち次第に水中に入るようになり、泳いだり、背の立つ場所では2本足で立ちあがって休んだりして過ごした。このことが次第に二足歩行を発展させ、陸に上がったときも二足歩行をするようになった。
     二足歩行ができるようになると両手が自由に使えるようになり、まずは辺りの小石を拾ってウニや甲殻類の固い殻を割っていたが、次第に火打ち石などを砕いて石器を作り、獲物を捕るようになった。
     水中生活においては、水の抵抗を減らすため体毛はほとんど失われたが、頭は水上に出していたことから髪の毛だけは残った。また、体温維持のため、体毛の代わりに皮下脂肪が発達したのだという。

     ハーディは、人間の手の指の股に時折水かき(指間膜)の名残が現れることも自説の根拠として挙げており、この半水生人類のことを「ホモ・アクアティクス」と呼んだ。

    水中進化の論拠となる解剖学的特徴

     科学界ではほとんど黙殺されていたこの説に注目し、一連の著作を発行して一般にも広めたのが、イギリスの著述家エレイン・モーガン(1920~2013)であった。

     彼女は1972年の『女の由来』以降、関連書を次々と発表し、ハーディの主張に加えて、「人間はアポクリン腺が退化していること」「気管の入り口と食道が近くにあること」「対面で性交を行うこと」「自分の意志で呼吸を止められること」「女性の外性器が隠れ処女膜を持つこと」など、他の陸上哺乳類には見られないが、水棲哺乳類にはしばしば見られる解剖学的・生理学的特徴をいくつも拾いあげた。

    ハーディの人類水中進化論を広く世に知らしめたウェールズの著述家エレイン・モーガン(写真=YouTube/Danilo Antonチャンネルより)。
    モーガンが発表した『THE AQUATIC APE』(1982年)。日本でも『人は海辺で進化した 人類進化の新理論』という書名で刊行されている。

     さらに自説の根拠として、「人間が声でコミュニケーションを行うようになったのは、水中では動作でのコミュニケーションが伝えにくいため」「フェロモンを発散しても水中では流されてしまうため、人間には発情期がなくなった」「陸で授乳する際、膝に横たわった赤ん坊の唇に届くよう乳房が発達した」「人間の鼻孔が下を向き鼻先が流線型なのは、飛び込んだ際に水が入らないようにするため」などとも主張した。

    人類が水中環境に適応した証拠とされる身体的特徴をまとめた図。遊泳や潜水能力、頭部・上半身の構造など、多角的な観点から分析されている(図=Chakazul/Wikipedia)。

     もちろん反論もある。たとえば水棲哺乳類の多くは鼻孔を閉じる能力や、「瞬膜」という眼球を保護する膜を持つものが多いが、人間にはいずれも具わっていない。

     何よりも、猿人や原人などの化石はほとんどが陸生地層から見つかっており、ホモ・アクアティクスの存在を裏づけるような人類化石も、今のところはいっさい発見されていないのだ。

     現状では、人類水中進化論は確たる証拠を欠いており、人間が持つ多くの身体的特徴の進化を、他の説よりもうまく説明できる仮説という立場にとどまっている。

    人類の急激な進化には宇宙人が干渉していた!?

     ではさらに進んで、一時的に海辺で暮らしていた人類の祖先の一部が、そのまま海に戻っていった可能性についてはどうだろう。

     クジラやアザラシ、アシカなど、陸上生物が海中生活に適応して進化した例はいくつもあるから、まったくあり得ないとはいえない。クジラ類やカイギュウ類のように、後ろ脚が完全に尾ビレと化している哺乳類も実在する。

     しかし、こうした哺乳類は完全に水中生活に特化しており、陸上に上がることはない。アシカやアザラシのように、陸上でも行動する動物の場合、下半身はヒレ状になってはいるが、後ろ脚として残っている。ということは、人魚も一生水中で暮らす生物ということになる。
     そうなると、長い髪の毛はむしろ邪魔になるだろうし、手もせいぜい口に届く程度の長さまで短くなりそうだ。何よりも、水中で泳ぎ回る哺乳類は体型がほぼ流線型に変化する。

     こう考えていくと、上半身が人間の女性で下半身が魚という形態は、進化論上無理があるように思える。むしろ、半水棲で時折陸地で活動する河童のような形態のほうがありそうだ。

    かつて人魚と誤認されたともいわれるジュゴンだが、実際の体型は流線型で、人魚のイメージとはかけ離れている(写真=Pierre Vergnaud/Wikimedia)。
    半水棲で陸上でも活動するといわれる河童。進化論的には、人魚よりもこちらの形態のほうがリアリティがあるかもしれない。

     他方、人類の進化についてはもうひとつ気になることがある。ハーディの時代から人類進化の研究は格段に進歩しており、チンパンジーとヒトのゲノムの解析から、両者が共通の先祖から分かれたのは約500万年前という数字が提唱されている。これに対し、すでに二足歩行を行っていたと考えられるアウストラロピテクス類の中で最古の種とされるアウストラロピテクス・アナメンシスは、今から420万~380万年前に生きていたとされるのだ。

     これらの数字には異論もあるようだが、いずれにせよハーディが想定していたよりずっと短い期間に、人類は他の類人猿と異なるさまざまな特徴を進化させたことになる。

     じつは、人類のこの急激な進化については、太古に地球を訪れた宇宙人が遺伝子操作を行った結果という説もある。

     異星人から啓示を受けたという預言者ラエル(本名クロード・ボリロン)は、2万5000年前に地球を訪れた「エロヒム」という宇宙人が地球上のすべての生物を造ったと唱えている。この説はさまざまな生物化石の存在と矛盾するが、この宇宙人の干渉が長期間にわたり何回も行われていたとしたらどうだろう。
     人類が人為的な遺伝子操作で生まれたとしたら、その際人魚のような生物が同時に生みだされた可能性も、完全には否定できなくなる。
     さらに、宇宙人が繰り返し人類進化に干渉してきたとすれば、それが現在も続いている可能性さえ生じてくる。

     ともあれ、現在は人魚の下半身の形を模したフィン付の水着も販売されている。これを身につけて人魚気分を味わいながら、かつて海で生きていた祖先に思いを馳せてみるのも一興かもしれない。

    ●参考資料=『人は海辺で進化した』(エレイン・モーガン著/どうぶつ社)、『進化の傷あと』(エレイン・モーガン著/どうぶつ社)

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