やはり大ピラミッドは1万2000年前に建造された!!/MUTube&特集紹介  2026年6月号

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    三大ピラミッド建造年代の新説が注目を集めている。大スフィンクスに残された浸食痕と同様、1万年以上前に建てられた可能性が浮上したのだ。三上編集長がMUTUBEで解説!

    やはり超古代文明の遺産だった!?

     2026年2月、欧米メディアを中心にギザの三大ピラミッドをめぐる論争が再燃した。発端は、研究者アントニオ・アンブロジオによる論文である。
     彼は、「三大ピラミッドは古王国第4王朝の建造物ではなく、約1万2000年前に存在した未知の高度文明の遺産である可能性がある」と主張した。
    この説が事実ならば、問題は単なる年代修正ではすまない。人類文明の起源そのものを書き換える必要が生じるからだ。ピラミッドという象徴的建造物の年代が大きく変わるということは、古代史全体の時間軸を揺るがすことを意味する。
     現在のエジプト学における定説は明確だ。ギザの三大ピラミッドは紀元前26世紀ごろ、古王国第4王朝の王クフ、カフラー、メンカウラーによって建設された王墓という認識が絶対だ。この見解は古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが著書『歴史』で記した記述にも遡る伝統的な解釈であり、現代のエジプト考古最高評議会もこれを強く支持、というよりも他説を排除している。
     エジプト考古学界は、この枠組みを歴史の基本と位置づけ、それ以外の年代説には極めて厳しい姿勢を取りつづけてきた。いい換えれば、長い間、第4王朝建設説はほぼ疑う余地のない確立した歴史として扱われてきたのだ。
     しかしアンブロジオは、この歴史観そのものに疑問を投げかける。従来の説明では、マスタバ墳墓から始まり、第3王朝ジョセル王の階段ピラミッド、第4王朝スネフェル王の屈折ピラミッドなどの試行錯誤を経て、クフ王の大ピラミッドで建築技術が完成したとされる。つまり、ピラミッドは段階的に発展した建築技術の最終形というわけだ。

    (文=宇佐和通)

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    webムー編集部

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