暗黒物質の正体は「時空に織り込まれた情報の重み」だった!? 驚異の量子メモリマトリックス(QMM)理論

文=仲田しんじ

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    時空は情報を記録しているのか――。この宇宙の“パラドックス”をすべて解決できる斬新な理論が注目を集めている。

    宇宙の矛盾を解決するQMM

     パラドックスは科学において実に悩ましい存在である。現実に対する私たちの理解がまだ足りていないことを突きつけてくるからだ。しかし、だからこそパラドックスの出現は私たちの理解を再検証し、これまで想像もできなかった新たな理解への道を切り開くチャンスにもなる。

     たとえば、宇宙に天体が無数に存在するにもかかわらず、知的生命体の兆候が全く見られないのはなぜかという疑問である「フェルミのパラドックス」は、科学者たちを静寂に包まれた宇宙の探究へと駆り出してきた。

     過去に行って自分の祖父を祖母に出会う前に殺害してしまったらどうなるかという「祖父のパラドックス」をはじめとするさまざまな時間的パラドックスは、多元宇宙論のような難解な概念の探究を可能にした。

     そして「ブラックホール情報パラドックス」も同様である。

     1970年代に物理学者スティーブン・ホーキング博士によって初めて提唱された「ブラックホール情報パラドックス」は、量子場理論では量子情報は破壊されず、むしろ保存されるはずだと示唆されているにも関わらず、ブラックホールに物質が吸い込まれるとその物質に関する情報が失われるように見える矛盾した現象を指している。

    画像は「Wikimedia Commons」より

     このパラドックスを説明するものとして、情報が何らかの形でブラックホールの「事象の地平線」上にエンコードされ、我々が検出できない方法(ホーキング放射)によって放出されているのだという説や、あるいは全く別の宇宙へと情報が送られているといった説など、いくつかの仮説が提唱されている。

     一方、オランダのライデン大学助教授であり、量子コンピューティング企業「Terra Quantum」の最高製品責任者でもあるフロリアン・ノイカート氏は、長年にわたり「量子メモリマトリックス(Quantum Memory Matrix: QMM)」と呼ばれる興味深いアイデアを提唱してきた。

     今年2月にオンラインジャーナル「arXiv」で発表された研究論文で、ノイカート氏は時空自体が宇宙の歴史を記録した“メモリー”をどのように保持できるか詳しく説明している。ノイカート氏によれば、ある意味で時空はメモリーセルの“毛布”であり、この考えを応用することで「ブラックホール情報パラドックス」を解決できることに加え、「暗黒物質」などの難問さえ解明できる可能性があるという。

    「現代物理学において、あらゆる粒子と力は、量子場における励起(excitation)――つまり時間と空間にまたがる構造として記述されます。時空のそれぞれのセルは、変化する量子状態を持つことになるのです」と、ノイカート氏は科学メディア「New Scientist」で言及している。

    「そしてこれらのセルは、小さなダイヤルやスイッチと考えることができます。また、それぞれのセルが他のセルとどのように関係しているかを表す一種の量子情報も存在します。そしてこれは、特定のセルではなく、セル間の関係性を示すネットワークの中に存在するのです」(ノイカート氏)

    フロリアン・ノイカート氏 画像は「Leiden University」より

    暗黒物質とは時空に刻まれたQMMなのか?

     たとえば「ブラックホールの情報パラドックス」では、物体が空間を移動すると、情報を刻印する時空の“ダイヤル”と相互作用するという。

     ブラックホールが蒸発する過程には途方もない年月がかかるのだが、それでも周囲の時空は残る。つまり、情報とは結局消えるのではなく、宇宙の“メモリー”に記録される、とノイカート氏らは説明する。

    「結局、情報は消えないのです。私たちが探そうと思わなかったどこかに、すでに記録されていたのです」(ノイカート氏)

     この考えを検証するために量子コンピューターを用いた研究を行ったノイカート氏は、量子メモリマトリックス(QMM)が自然界の4つの基本的な力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)のすべてに及ぶと主張した。さらにノイカート氏は。「時空に織り込まれた情報の重み」が暗黒物質(ダークマター)の説明になり得ると主張する。

    画像は「Wikimedia Commons」より

     宇宙全体の物質の約27%を占めると推定されている暗黒物質は、光や電磁波では観測できない未知の物質であり、その正体は依然として謎に包まれている。しかし、この暗黒物質が時空に刻まれた情報であるQMMならば、確かに説明としては成り立つかもしれない。

     数々の“パラドックス”は科学研究を叱咤激励する発奮材料として機能していることは間違いないようだが、今のところQMMは長年のパラドックスに対する、革新的な解決策の一つに過ぎない。真実からかけ離れている可能性もあれば、我々が期待するよりも宇宙メカニズムに近い可能性もある。

     ノイカート氏らが提唱するこの量子メモリマトリックスという斬新な概念が、今後の宇宙物理学と理論物理学にどのような役割を果たすことになるのか、引き続き注目していきたい。

    ※参考動画 YouTubeチャンネル「New Scientist」より

    【参考】
    https://www.popularmechanics.com/science/a65178424/memory-cells/

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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