「湯屋守様」をお焚き上げ! 「昼神の御湯」で送られる異形の神々/奇祭巡り・影市マオ
神々が憩う「昼神の御湯」レポート後編。霜月祭を踏まえた現代神事は、盛大な湯屋守様のお焚き上げでクライマックスを迎える。
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今回も季節ものシリーズ! 3月の代表的イベントといえば、もう過ぎてしまったけど3月3日、ひな祭りですね。そこで欠かせない「雛人形」にまつわる怪異譚を補遺々々しましたーー ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
3月の行事といえば、桃の節句、ひな祭りです。
女の子のいる家では雛壇を作って雛人形を飾り、幸福と成長を願います。
「雛」とは土や紙から作った人形のことで、その多くはきれいな着物を着せます。
この「雛」という語は鳥の子にも使われますが、「小さい」「愛らしい」という意味もあります。近年ではネコ、イヌ、ウサギ、ハムスターなどの雛人形もあるようで、小さくて愛らしければ、別に人でなくても良いようです。
そんな可愛らしいお人形にも、怪しいお話がございます。
場所は石川県金沢市。3人の年ごろの娘さんがいる、ある裕福な家で起きた実話です。
その家では毎年、3月3日の雛祭りには立派なお雛様を飾って、大勢の人を呼んでいました。3人も娘さんがいれば、とても賑やかで盛大なお祭りになったことでしょう。
昭和19年、この家の主人の実弟とその家族が、東京から疎開してきました。同じ家で一緒に暮らすことになり、生活空間は狭くなりましたが、暮らしに不便はありません。
ただ、以前のように、雛人形を飾ってたくさんの人を呼ぶ盛大なお祭はできなくなってしまいました。
昭和20年の4月のことです。
今まで病気になどなったことのない次女が突然、病に倒れました。
病因について、家族に思い当たることはありません。医者も病名がわからず、原因不明、謎の病でした。
ただ、この病は徐々に症状が落ち着いていき、やがて完治しました。
しかし、ホッとしたのも束の間。
翌年の3月末、今度は三女が重い風邪で床に伏すこととなります。
桜の咲くころ、3人の娘のうちふたりが病に倒れたのです。
両親は恐れました。来年は22歳の長女ではないかと。
そこで、ある教派神道の社に駆け込んで相談すると、娘たちの病の原因は雛人形にあることがわかりました。弟一家の疎開を切っ掛けに、雛祭りで飾られず押し入れに入れられた【お雛様の霊】が、泣きながら、こう訴えているというのです。
「私を出してください。節句の時には雛壇の上に私を飾ってください。私は押し入れの片隅で泣いています。私は寂しくてなりません」
昭和22年の雛祭りには、狭いながらも雛壇を作られ、雛人形も飾られることとなりました。その年、恐れていた病は長女を襲うことはありませんでした。
昭和22年発行の娯楽雑誌『ヒロバ 怪異特集読物号』に掲載された記事です。
しまい込まれ、忘れ去られていた人形が、押し入れの中から物音を立てたり、囁き声を発したりしてアピールする怪談は怖さもありますが、切なさもあります。人形の「寂しい、哀しい」という感情がしみじみと伝わってきます。
江戸時代の随筆『閑窓自語』(柳原紀光著)。
この本の中にある「中山前故大納言栄親卿石薬師第怪異事」と題された話には、ちょっとゾッとする雛人形が出てきます。
延享2年(1745年)、中山大納言栄親卿の家では、調度類が動く、陶器がおのずから飛ぶ、といった不思議な現象が朝から晩まで起きていました。ポルターガイスト現象のようなものでしょうか。
加持祈祷をさせても、まったく効果はありません。
そして秋になると、栄親卿の妻が急死してしまいます。
怪異はこの不幸の前兆だったのだろうと人々は噂しました。
その後、この怪異はなぜか、京都烏丸中立売の毘沙門堂の里坊(人里にある僧の住まい)で起こるようになりました。
この里坊に、中御門院皇女籌宮がいらっしゃった年の3月。
坊内に並べてあった雛人形が、人の如く笑ったといいます。
ふたりの息子を持つ父親がおりました。
ある日、息子たちを呼びつけて、父親はこういいました。
「3年の暇をやるから、何かの一人前になってこい」
すると上の息子は大工のところで3年間修業し、一人前の大工になって戻ってきました。
一方、末の息子は、すぐには決められませんでした。
「自分は何になろうか」と考えながらぼんやり歩いていると、気がつけば深い山の奥。そのまま歩いていると、山の中に大きなお屋敷があります。
「そうだ。ここに置いてもらおう」
そう思い立った末の息子は、さっそく屋敷を訪ねました。
「なんでもしますから」と頼み込み、めでたく屋敷に置いてもらうことになります。
それから毎日、薪を採り、水を汲み、米を搗き、朝から晩まで、一生懸命に働きました。父親が決めた3年目を迎えたので、もう帰らなければならないことを屋敷の主人に伝えると、「よく辛抱したからこれをやろう」と、みすぼらしい雛様(ひーなさん)をひとつくれました。
帰り道ーー3年間の辛抱のご褒美がこんなものかとガッカリした末の息子は、雛様を道端に棄てようとしました。その時です。
「うしつるな、うしつるな」
奇妙な声が聞こえました。
その声はたった今、自分が捨てようとしている雛様から発されていました。
「うつしるな」は、「捨てるな」という意味です。
人の言葉を発するとは、なんとも不思議な雛様です。珍品かもしれません。
捨てずに懐に入れて山を下りると、やがて町に着きます。
町中をぶらぶらしていると「あの団子を食え、あの団子を食え」と懐の中から雛様がいってきます。周りを見ると、団子が置いてある家があります。幸い近くにだれもいなかったので、そっと近づいて団子を盗むと腹いっぱいになるまで食べました。
それから少し経って、今度は「あれをとれ、あれをとれ」と雛様がいいます。
そんなふうに懐の中から指示してくる雛様の言葉に従っていると、気がつけば末の息子は大盗人になっていました。
ーーさて。3年ぶりに帰宅すると、さっそく父親が「何になった」と訊いてきました。
上の息子は立派な大工になって帰ってきたのです。末の息子にも大きな期待を抱いていたことでしょう。
末の息子は返す言葉に困ります。「立派な泥棒になってまいりました」なんていえるわけがありません。すると、懐から雛様が囁きます。
「盗人になってきたといえ、いえ」
むちゃくちゃな指示ですが、末の息子はすっかり、囁きお雛のいいなり。そのとおりに父親に話してしまいました。
「それなら今夜、うちの馬を盗んでみろ」
父親は怒りませんでした。それどころか、ちゃんと3年間、息子が頑張っていたか、盗人としての力量を見てやろうというのです。親子でどうかしています。
その晩、馬を盗もうと、こっそりわが家の厩にやってきた末の息子——。
しかし、そう簡単にはいきません。厩の中には、たくましい男衆が刀を持って馬の番をしています。父親が近所に住む男衆に声をかけ、厩の番を頼んでいたのです。
末の息子は諦めません。厩の扉がわずかに開いていたので、そこから雛様を入れました。すると雛様はテクテクと歩いて奥へいき、すぐに馬を引きだします。そして居眠りをしている男衆の刀をみんな麻殻(麻の皮を剥いだ茎)にすり替えてしまいます。
「もうよし」
そんな雛様の合図があると、外にいた末の息子は厩の前を行ったり来たりし、わざと中に聞こえるような声量で「もう入ろうか」「今、入ろうか」と独り言をいいだします。その声を聞いた男衆たちは慌てて起きあがり、騒ぎ立てながら刀を引き抜くと、それは麻殻……。なんの役にも立ちません。
するとそこに父親が来て、何をしているのかと男衆を叱りつけます。
その隙に末の息子は見事、馬を盗み出しました。
これに感心した父親は「千両箱を枕にして寝ているから盗んでみよ」と次の試練を与えます。
その晩、父親の寝ている部屋の戸口にくると、さっそく雛様の指示が出ました。
「水を飲ませてから自分を部屋の中に入れろ」
いわれたとおりにしますと、中から戸を開けて息子を室内へ迎え入れた雛様は、天井裏に上っていきました。そして、千両箱を枕にして眠っている父親の顔に、口の中の水を垂らしたのです。
父親はネズミのオシッコだと思って、慌てて飛び起きました。
ハッと気づくと、千両箱がただの枕にかわっています。
父親が頭をもたげた瞬間、そばに控えていた末の息子が千両箱と枕をすり替え、その場から姿を消していたのです。
盗人だとしてもここまでやればたいしたもんだと、父親は感心したそうです。
熊本県玉名郡で採集された昔話です。
人間をそそのかして悪事を働かせる雛人形と、それを渡してきた屋敷の主人の正体はなんだったのでしょうか。
なにより、真面目に大工になって帰ってきた息子が少し可哀そうです……。
【参考資料】
「神道大教霊場探訪記」『ヒロバ』二巻八号(北陸新報社)
「閑窓自語」『日本随筆大成』第二期八巻(吉川弘文館)
『旅と伝説』第七年十二月昔話特集号(三元社)
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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