ブラックホールは宇宙を記録し、観察している!? 量子力学で紐解く「情報問題」/久野友萬
サイエンスライター・久野友萬の新著『ヤバめの科学チートマニュアル』より、編集部が“ヤバめ”のテーマを厳選! 一部を抜粋して特別公開!
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超音波で脳を操る、そういうことが研究されている。超音波を使って、脳を遠隔操作するのだ。なんだかよくわからない話だが、超音波がどういうものか知れば、理解できる。
聞こえないほど周波数の高い音、それが超音波だ。1秒の間に振動する回数が増えれば増えるほど音はどんどん高くなり、毎秒2万回を超えると人間の耳では聞こえなくなる。モスキート音を考えるとわかりやすい。若者にはうるさいが、年寄りには聞こえない。人間に聞こえる音の範囲など知れたものだ。
そこまで高い音は、普段私たちの耳に聞こえる音とは性質が変わる。コウモリが光のない闇を超音波の反射音を頼りに飛ぶことはご存じだろう。なぜコウモリが超音波を使うのかといえば、レーザービームのように、まっすぐ音が進むからだ。普通の音はすぐに広がってしまい、壁などに反射しても壁材に吸収されたり、拡散するが、超音波は壁に弾かれて元の場所へと戻ってくる。元の音と戻ってきた音とのわずかな時間差が聞こえる音の違いとなるため、壁があるとか障害物があるなと暗闇でも聞き分けることができる。
超音波の強力な直進力と高い振動(音は空気の振動だ)は、メガネ洗浄機のように汚れを落とすことに使えるし、皮膚くらいなら透過するので、赤ちゃんの様子やガンなどの腫瘍を見るエコー検査にも使われる。最近は精度も上がり、エコー検査で血管が詰まっていないか、脳梗塞が起きていないかということまでわかるようになった。
さらに医療技術は進む。東北大学医学部客員教授の下川宏明氏が開発したのは、超音波を使ったアルツハイマー症の治療技術だ。超音波を脳に照射すると、アルツハイマー症の原因物質アミロイドβの蓄積が減り、症状が軽くなるという。(※1)
振動がポイントで、骨折も超音波を照射することで治りが早くなる。腰痛などにも効果がある。強度を上げる(電圧を上げるように音圧を上げる)と温熱効果もあり、深部を温めることで治療につながる。(※2)
※1 「世界初のアルツハイマー病に対する超音波治療の開発 – 探索的治験で期待される結果 –」(東北大学プレスリリース)
※2 『超音波療法の基礎と臨床応用』(日本電気物理学雑誌 2017年24巻1号08-13)
これまで脳を調べたり、脳に刺激を与えるには手術が必要だった。脳を操作するという作業自体にも良い印象がない上に、手術は患者への負担もかかるし、人道上の問題もある。手術をせずに外から脳を刺激する、非侵襲的方法が可能かどうか、試行錯誤されてきた。
強力な磁気を使って脳の神経に強制的に電気を流す経頭蓋磁気刺激法や、直接脳に電流を流す経頭蓋直流電気刺激法が開発されたが、どうしても刺激範囲が広くなる。刺激できるのは最小でも1センチ単位なので、ざっくりと大脳皮質を刺激するといった使い方になってしまう。手術で電極を脳に刺すように、神経網にピンポイントで刺激することができない。
そこで超音波の出番なのだ。超音波なら、脳の部位をミリ単位でピンポイントに刺激することが可能だ。針電極には劣るものの、電気や磁気の刺激よりはるかに精度が高い。
カリフォルニア工科大学生物学チームは、マウスの脳にある聴覚皮質(耳から入った音の信号を処理する場所)を刺激し、何が起きるかを調べた。通常は耳から入った音で聴覚皮質が活性化するが、超音波で聴覚皮質を活性化させるとどうなるか? マウスが驚いた反応を見せ、聴覚神経全体が活性化した。つまり、脳を超音波で刺激することで、マウスは音を聞いたのだ。(※3)
また、アカゲザルの脳で眼球の動きをコントロールする部位に超音波を照射、左右に視線を操作することにも成功している。(※4)
もはや超音波で脳を操作することは夢物語ではないのだ。
※3「Ultrasonic Neuromodulation Causes Widespread Cortical Activation via an Indirect Auditory Mechanism」(Tomokazu Sato Neuron May 24, 2018)
※4「Low-intensity focused ultrasound modulates monkey visuomotor behavior」(Thomas Deffieux Curr Biol.2013 Dec 2;23(23):2430-3)
中国科学院で進めているBMI(ブレイン・マシン・インターフェース。脳とコンピュータを結ぶ技術やデバイスのこと)は超音波を利用する非侵襲型だ。(※5)
脳とコンピュータをつなぐことは世界中で研究されているが、問題はデバイスだ。脳にチップを刺してコンピュータと接続するというのは、一般に普及させるにはハードルが高すぎる。脳波による非侵襲性のBCI(ブレイン・コンピューター・インターフェース)は一定の成果を上げているが、精度が悪い。
しかし、超音波を使った新技術「経頭蓋集束超音波(tFUS)」は、超音波で脳の特定部位を刺激、またそれによって活性化した脳の血流状態を超音波で読み込み、コンピュータに反映させる。神経があれば、必ずそこに血管が通っていて、神経が活性化すれば血流が増大するからだ。より正確な血管の地図を作るため、血管にマイクロバブルを通して微細血管まで計測することも行っている。
脳波と違って、血管を計測するため、活性部位を正確に立体的に把握できるのがtFUSの特性だ。脳情報の読み取り精度が上がれば、コンピュータを一方的に操作するだけではなく、コンピュータの情報を脳に送り込み、五感を刺激することも可能になる。
※5 「The Emergence of Functional Ultrasound for Noninvasive Brain-Computer Interface」(Hairong Zheng Research Wash DC Published online 2023 Aug 15)
DARPA(米国防高等研究計画局)では、中国科学院の考えているような非侵襲性の超音波デバイスを兵士のヘルメットに装着しようと考えている。ヘルメットを通じて、兵士の脳の状態をモニターし、疲労を感じていたらアドレナリンを分泌するように脳を刺激する。部隊の知能の向上から外傷性脳損傷の予防まで想定しているらしい。
超音波によって部隊の警戒心と認知力を高め、ストレスと痛みも軽減する。一種の脳強化兵士部隊であり、司令部から兵士の脳をリモートコントロールする。快楽神経を刺激することも可能になるかもしれない。リモートで強制的にハイな気分にされるわけだ。もし、人を殺すという行為と快楽神経を結びつけたら……。嫌な予感しかしない。
脳のリモート操作は超音波以外に光を使うものもある。脳には光に反応して活性化するたんぱく質があり、このたんぱく質=光活性たんぱく質を利用して、狙った脳神経を活性化させる研究も行われている。
1950年代のアメリカで、脳に挿入して微弱な電流を流すことで意識を操作する「スティモシーバ」という装置が開発された。侵襲性であることや悪名高い洗脳技術開発計画「MKウルトラ」に関係していたことから失われたが、今、超音波でやろうとしているのは全く同じことだ。医療に革命を起こすのか、最悪の洗脳技術となるのか、超音波技術に注目である。
久野友萬(ひさのゆーまん)
サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。
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