霊峰石鎚山の奥地に広がる「神の庭」笹倉湿原へ! 現地で囁かれる“天狗より恐ろしい”存在とは?
修験の山、石鎚山から連なる石鎚山系の奥深くにある「神の庭 笹倉湿原(さぞうしつげん)」。そこは神々が遊んだ地なのか、それとも……。人里離れた沢のほとりに現れる「五右衛門風呂の釜」の謎などを現地取材。地
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前回は山中で起こる奇妙な「ブロッケン現象」についての、様々な記録を紹介しました。それを踏まえて、予告したとおり〝ちょっと怖い……かもしれない【ブロッケンの妖怪】〟をご紹介いたします。 ーーホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!
群馬と新潟の県境にある谷川連峰の主峰・谷川岳。
その縦走コースの終点である平標(たいらっぴょう)の小屋に、女性ふたり男性3人のパーティーが急いで向かっていました。
尾根を境に新潟側は晴れていましたが、群馬側は下から吹き上げるガスがどんどん空を覆って、少々怪しい空模様。日が暮れるまでには、なんとか到着したいものです。
この時、5人は思い出していました……。
ここの尾根は、M鉱山という会社の社員5人が疲労凍死した場所なのです。
白くかすんでいく空に、彼らは不安を覚えます。
急にリュックを後ろから引っ張られているような感覚に襲われ、ゾッとします。
ーーきゃあっ
その時、仲間のひとりが叫び声をあげました。
空に吹き上げた白いガスの中に、登山姿の人影が映っている。
しかも5体ーー遭難死したM鉱山社員の亡霊に違いありません。
彼らは大騒ぎで転がるように逃げました。
すぐに亡霊たちも追いかけてきます。
どんなに走っても追いかけてきて、まったく距離を離せません。
平標の小屋に着いた5人は戸を押し倒して転がり込み、身を寄せ合ってガタガタと震えていました。
驚いたのは小屋の管理人。いったい何があったのかと彼らに事情を聞けば、
「それは、【平標の妖怪】だよ」
そういって管理人は大笑いしました。
※ ※ ※
前回は登山者に目撃されることのある【ブロッケンの妖怪】をご紹介しました。
「妖怪」「お化け」「悪魔」と物騒な名で呼ばれる、この〝怪異〟。
ある一定の条件で起こる山の自然現象であることがわかっています。
先の【平標の妖怪】も、同じものです。
平標の尾根は南北に走っており、季節風の関係で群馬側が曇ると新潟側が晴れるといいます。この時、群馬側には霧がかかり、夕日が射すと登山者の影が大きく映りこむことがあるのだそうです。
自分たちが映っているのだから5体の影が現れるのは当然なのですが、事故で亡くなった人たちの数も5人ーー亡霊が現れたのだと恐れるのも無理はありません。
このような自然現象も、「死」の間近で見せられると、人の目には特別な光景として映り、記憶されます。
アルプス山脈の最西端、「裸の山」ーーナンガパルバートは標高8125メートルの山です。
その上空に「空に浮かぶ幻の十字架」が現れたという記録があります。
これは比較的、晴天に現れやすく、形の整った十字架ではなく、虹をちぎって貼り合わせたような見た目であるといいます。
これを目撃した後、急に山の天候が崩れる、仲間が登山病にかかる、滑落する、といった山の災難に遭うといい、そのパーティーは必ずメンバー内から2、3人の犠牲者を出すといわれ、登山をする者にとっての不吉な兆と考える人もいたようです。
もっとも有名なエピソードは、マッターホルンのものでしょう。
同じアルプス山脈に属する標高4478メートル、雪と氷の絶壁に守られた神秘的な山です。
その頂きには城砦の廃墟があり、そこには恐ろしい「妖怪」が棲んでいるといわれ、麓の村々で恐れられていました。
「マッターホルンの妖怪」は、この地を侵そうと入ってきた人間に巨石を投げつけ、殺してしまう……そんな伝説があるそうです。山麓の湖畔に小さな祠があり、それはこの妖怪を祀ったものだとか。登山者を悩ませる難所であったことに加え、そのような恐怖伝説を語られる山であったからか、登頂できた者はいませんでした。
世界中の登山家が征服を狙う中、登山家であり画家であったエドワード・ウィンパー(Edward Whymper)は、英国山岳会から本山の写生を依頼されました。
簡単な仕事ではありません。彼は当時、登山においては初心者でした。
当然、幾度も失敗を繰り返しますが、八度目の挑戦であった1865年7月14日午後。とうとう初登頂に成功したのです。
しかし、それは輝かしい栄光とはなりませんでした。
登頂の喜びも束の間、ウィンパー一行に突如として不幸が訪れるのです。
下山時、彼ら7人は1本のロープを体に括りつけて氷の絶壁を降りていました。
午後3時ごろ、先頭の1名が足をすべらし、それに巻き込まれる形で、あっという間に4人が転落。約1200メートル下の氷河へと落ちていきました。
ロープがちぎれたことで、ウィンパー含む3人はかろうじて助かりましたが、絶望的な光景を目の当たりにしたショックで、しばらく動けません。
生きて帰るためには動かねばならず、彼らは少しずつ山を下りていきます。
仲間の死から2時間ほど過ぎ、日が沈みかけてきたころです。
周囲に靄が立ち込めだし、その中に不思議な光景が現れました。
大きな円ーーその中に、複数の十字架が映っているのです。
「ブロッケン現象」のような、霧に映りこんだ自分たちの影ではないかと、ウィンパーたちは腕を振るなど動いてみますが、十字架はまったく動きません。
仲間たちの死の直後に現れた複数の幻の十字架。
ガイドたちは、先ほどの惨劇と関係がある現象なのだと信じました。
この十字架は、呆然と見つめる3人の目の前で突然、消えてしまいました。
この初登頂の数日後、イタリアの登山隊もウィンパーたちが見た時と同じ約4300メートルの山稜で、「幻の十字架」を見ているそうです。
これは、登山中に亡くなった人たちが見せる幻なのでしょうか?
フランスの心理学者はこれを「登山家たちが山にすべてを委ねた時に生じる安堵感の幻ではないか」といっており、アメリカの物理学者は「当時の心理状態に依存するもので、この自然現象はあくまでも虹やオーロラなどと同じで気流の加減、あるいは屈折光線の作用などによるものである」といっているそうです。
【参考資料】
「山頂の十字架は銀色に輝いていた」『サンデー毎日』1967年10月1日号(毎日新聞社)
「ふしぎなんでも相談室」『週刊少年キング』1968年22号
「怪談手帳」『週刊少年サンデー増刊』1967年夏休み怪奇とまんが傑作号(小学館)
『不思議な雑誌』1965年27号(KK相互日本文芸社)
「魔の山・人食い山の怪奇と戦慄!」『不思議な雑誌』1965年22号(KK相互日本文芸社)
「恐怖と戦慄! 20世紀の怪奇現象」『不思議な雑誌』1965年27号(KK相互日本文芸社)
岸虎尾『魔岳秘帖』(光和堂)
黒史郎
作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。
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