鬼が街を疾走し、白い粉と門寄りで厄除け! めでたき伝統行事「豊橋鬼祭」/奇祭巡り(前編)
いかつい鬼が走り回り、白い粉が乱れ舞う……!毎年2月、愛知県豊橋市で行われる天下の奇祭「豊橋鬼祭」に隠された古代秘史とは?
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霊学・古神道・道術の研究家であり、日本における玄学の第一人者・大宮司朗師による開運指南の第2弾。今回は、だれでも無理なく実践できる運気向上の秘法と秘咒をお伝えする。ぜひ2026年の開運に役立てていただきたい。
前回は各数霊の吉凶を記したが、運気自体は絶対的なものではなく、さまざまな方法で凶を吉に、吉をさらに大吉に転ずることができる。
とはいえ、さまざまな開運法があるとしても、実際に実行するとなるとなかなか大変なものが多い。あまり苦労せずにできるものとしては、マジナイや霊符を使う方法だろう。今回は、それを紹介することとする。
まずは「諏訪神伝如意秘法」というものを紹介しよう。これは、由緒ある神主家の76代目にして神道の研究家、しかも実践家でもあり、宮永正卜館という団体を創始した宮永雄太郎という人が、著書『新撰神道祈祷全書』で公開したものである。

世間には疾病を駆逐し、悲運不幸を祓除する秘術を公開したという書物が満ちあふれているが、真の秘伝や森厳神秘の法術を一般的な書冊の中に見いだすことは非常に困難である。
実際、巷間に流布する有象無象の書を何百冊読んでも何の役にも立たないばかりか、害になることも多いのである。こうした霊的書物の善し悪しは、いわば神さびた問題であって、わずかな差のようなところに天地懸隔の大差が生ずるのである。
同書には、宮永雄太郎が長年の霜辛雪苦の結果として得た正しい古伝が収載されている。
ちなみに、同書は『神道秘密集伝』という書名で、私が顧問をしている八幡書店という出版社より復刻されている。同じく宮永雄太郎の著した『天真神術太占初段奥段伝書』『施術自在まじなひの研究』『禁厭祈祷宝鑑』並びに観想法の参考に供するため「十種の神宝図」(著者所蔵)が収録されている。
同書に記述された神術は、俗法とは系統をまったく異にする正統純粋のもので、太古の神仙が「これを出せば泄宝(せっぽう)の咎(とが)を受け、これを蔵せば断道の罪あり」と嘆じたのは、けだし、このようなものをいうべきであろうと思われる。

宮永雄太郎は、明治6年(1873年)11月27日、宮崎県東諸県郡に産声をあげた。
現在の宮永家には、長い年月と幾度かにわたる社務所移転などのために、代々伝わったとされる古文書の類はほとんど散逸している。
だが、宮永翁が明治28年(1895年)1月20日に、当時の本荘村村長・菊地道生の求めに応じて上申した『宮永家系図及之ニ関スル調書』によれば、第12代・景行天皇の皇子である豊国別王(とよくにわけのみこ)、すなわち日向国造(ひむかのくにのみやつこ)の祖の嫡流であるという。
このことに関しては、翁のお孫さんに当たられ、同家を継いだ宮永元義氏も、その父・斎氏から「わが宮永家は景行天皇の皇子、豊国別王が第1代で七十数代続く由緒ある家柄である」と、幼少のころより聞かされていたという。
ちなみに、その先祖のひとりに諸県君牛諸井(もろがたのきみうしのもろい)がおり、その娘である髪長媛(かみながひめ。別名は桑田乙女)は応神天皇の御世に、その皇子である大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)、すなわち後の仁徳天皇に嫁いでいる。
系図によれば第23代・豊実(諸県郡司)の天長6年(831年)のころ、豊前国(現在の大分県)の宇佐宮八幡大神が袖馬城峰(そでまきのみね)の地に影向(ようごう)あらせられた。
このとき社人70名余り(宮成、田部、漆島、桑畑などの姓を持った人々がおり、その筆頭に宮永氏がいた)が到来、奉仕した。豊実は宮殿を新築し、祭田を一丁寄進し、今に一丁田という地名が残っているという。
今より1100年ほど昔の貞観(じょうがん)のころ、第27代・実量(さねかず)の代に袖馬城峰八幡宮神主・宮永康基が病死した。そのため、宮永家と血縁があった縁により実量が神主となり、これより代々社家として宮永姓を称し、第76代・宮永雄太郎の代まで袖馬城峰八幡宮神主として奉仕していたようである。
雄太郎は、自家の伝えのみに飽き足らず、多くの神社の古伝をも収集して世に公開した。そのうちのひとつが「諏訪神伝如意秘法」である。
この法の強みは、少しも煩雑ではないことである。神道の伝は通常、一定の儀式を行い、その霊験を得るということが多いのであるが、この秘法は、以下のように咒歌を2首唱えるだけでよい。
みなかたの 神の御力(みちから)さづかれば いのらんことの かなはぬはなし。
野べにすむ けだものまでもゑにしあれば くらきやみぢもまよはざらまし。
我身守給へ幸給へ(わがみまもりたまえ、さきわえたまえ)
「一心に信じ誦(よ)みて一身に念力を込むるときは、何事も心のままに成就せしめたまふとなり」と記し、この神歌を「銃砲に吹き込んで打つとき必ず中(あた)り、又網打ち魚取りゆくときに唱へて祈れば大漁あり、又夜行等にも唱ふれば、悪魔も近づくことなし」とされている。
よって、入試、就職、恋愛、結婚にしろ、競馬、競輪などのギャンブルにしろ、宝くじを買う場合にしろ、あるいは、職場での地位の向上、芸事での上達など、いかなる願いであってもこの咒歌を何度でも唱え、成就間違いなしの境地に達すれば、必ず多くの願いがかなえられることと思う。
節分の夜には「鬼は外、福は内」と豆をまくが、その折に、次のように大きな声で唱えると運気がいっそうよくなる。
天地の玄気(げんき)を受けて、福寿光無量(ふくじゅこうむりょう)
この秘咒は、神仙界伝来の「修仙玄光秘咒」という前後2章の霊咒のうちの後章である。
天地の玄気とは、天地間に充満活動して万物を生成化育(せいせいかいく)するところの幽玄なる気であり、水火妙合の神気のことである。
これはまた、宇宙森羅万象の生成変化、化作(かさく)の枢機(すうき)を宰(つかさど)るところの造化三神(ぞうかのさんしん)をはじめ、万霊の出入、去来、進退、集散、万物の栄枯盛衰、その他すべての運気を宰る大小の司命神たちの広大無限なるご神徳を讃えたものでもある。
福寿とは、現世における社会生活でいえば、福は衣食住、財産、名誉などの徳を意味し、寿は生命を保益するところの健康長寿の徳を意味する。もっともその玄旨はより深いものがあるのだが、それは修仙修道の人にかかわることであり、ここでは省くこととするが、ともあれ、この秘咒を奉唱することによって、その福寿の玄妙なる光により、いっさいの悪縁は解消されて善縁となり、凶運逆境は吉運順境に転じ、災厄悪難は攘除(じょうじょ)されて吉祥となり、もろもろの幸福は、ますます深厚広大となるとされている。
節分に限らず、普段から折に触れて唱えても、各人それなりの妙験を得ることができるかと思う。
大宮司朗
霊学、古神道、神仙道の研究家。幼少のころより霊学、古神道を研鑽し、各地の古社霊山を訪ね、霊格向上、神明との霊的気線感通に努める。玄学修道会、大東流合気柔術玄修会主宰。著書に『太古真法玄義』『古神道玄秘修法奥伝』『神法道術秘伝』『霊符全書』などがある。
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