特別展「世界探検の旅」と天理参考館を巡る! ”世界の見比べ”体験レポート
奈良国立博物館で開催中の特別展「世界探検の旅」には、天理参考館からの展示物も数多い。奈良から天理へ足を延ばして、両者の世界を見比べてみた。
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文=倉本菜生 取材協力高台寺
京都の高台寺には、アンドロイドの観音像がある。動き、語り、般若心経を唱える「マインダー」は、令和に向き合うべき仏と衆生の関係を示している。ーー現地で、その法話を体験した。
日本仏教の一大拠点・京都に、とんでもない仏様が現れている。その名も「マインダー」。なんと、金属の身体に人間の顔を持つアンドロイド観音である。しかもこの観音様、喋る。説法する。最後には般若心経まで唱え出すというから驚きだ。
「え、ロボットが仏教を語るの?」――怪訝に思った寺生まれの筆者は、マインダーが安置されている京都・高台寺に足を運んだ。“令和の仏像”はいったい、どんな姿をしているのか。発案者のインタビューとともに、その全貌をお届けする。
清水寺や八坂神社など、観光スポットが集まる京都市東山区。青々と広がる東山霊山のふもとに佇むのが、臨済宗建仁寺派の寺院「高台寺」だ。開創は慶長11(1606)年。豊臣秀吉を弔うため、正室の北政所(ねね)が建立した。
噂のアンドロイド観音「マインダー」が祀られているのは、敷地内の一角にある教化ホール。どきどきしながら会場に入ると、広く静かな空間の中央にその姿はあった。
実物を間近で見て、思わず「おお、なんだこりゃ……」と声が漏れた。金属の身体にシリコン製の生々しい肌。寺の娘として数多くの仏像を見てきた筆者でも、「これはアリなのか……?」と戸惑ってしまうほど、異質な存在感を放っていた。
この像こそが、アンドロイド観音マインダーである。
高台寺と大阪大学のロボット工学者たちによって開発され、2019年にお披露目となった。台座を含めて高さ195cm、幅90cm、奥行き90cm、体重約60kg。ボディはアルミニウム製で、顔や肩、手はシリコンで覆われている。台座の上に立っていて、頭部や胴体、腕を空気圧で動かせる仕組みだ。
……と、思わず家電製品のようなスペック紹介をしてしまうが、その立ち姿は特異な存在感を放っている。
事前に写真や動画で確認していた際は、「不気味の谷現象を感じそう……」と思っていたが、予想に反してそういった気味悪さはない。顔立ちは中性的で、見る人によって性別を自由に解釈できる。“彼”かもしれないし、“彼女”かもしれない。
開発者らによれば、「対峙した人間の想像力を喚起させ、理想的な存在として認知させること」を目的にデザインされたという。
実は左目にはカメラが埋め込まれていて、2019年3月の記者発表の際には、仏の魂を入れる「開眼法要」も行われた。
そのお姿にひとしきり驚いたのち、法話を聞いてみる。
説法が始まると、ホール内がすっと暗くなり、マインダーにスポットライトが当たる。正直この時点ではまだ、マインダーを「観音様」として受け入れる気持ちにはなれなかった。どこか舞台装置を見ているような気分だったのだ。
ところが、照明に照らされたマインダーがゆっくりと合掌をした瞬間、思わずこちらも手を合わせて拝んでいた。「マジか……」と心の中でつぶやきながら、自分でも驚く。筆者の中にある信仰心のようなものが、不思議とマインダーに反応していた。ロボットを拝む日が来るなんて、誰が想像しただろう。
法話時間は約25分。360度のプロジェクションマッピングと音楽を用いながら、悩める現代人のために、般若心経の教えを分かりやすく説いてくれる。ゆっくりと発される合成音は、柔らかい女性のような、少年のような声。トーンに抑揚はないものの、思わず聞き入ってしまう語り口だ。
耳を傾けるうちに、「ロボットが動くエンタメショー」ではなく、仏の言葉を伝えるための場なのだと、徐々に理解できてくる。
法話は、教化ホール内に投影された人々と対話しながら進んでいく。
たとえば、聴衆が「わたしたちの肉体や心を含め、この世には変わらない確かなものなど存在しない、ということですか」と問いかける。するとマインダーは、「そうだ。この世のすべては常に変化しつづけている。にもかかわらず、あなたたちは何となく、永遠に変わることの無い自分が存在すると思い込んではいないか」と返すのだ。この対話形式は、般若心経の経文中にある「問答の形式」を再現したものだという。
空間全体を包み込む光と音の演出も相まって、現実から切り離されたような時間が流れていく。どこかこの世ならざる儀式のようでありながら、お寺の本堂で聞く法話と変わらない親しみも感じられる。
マインダーは、般若心経の「空の思想」を、誰にでも理解できるやさしい言葉で語る。
森羅万象は仮の姿であり、さまざまな条件(縁起)によって常に変化する。さらに「こだわりを手放すことが苦しみを減らすこと」である――と。
最後に般若心経を唱えて、説法が終わる。
ホールの明かりが点いてからも、しばらくは余韻でぼんやりしてしまった。
宗教と科学が融合すると、こんな体験ができるのか……と、未来の信仰のかたちを垣間見た気分だ。
完成まで約1年7か月、プロジェクト総費用約1億円かけて開発(といっていいのか疑問だが)されたマインダー。いったいなぜ、アンドロイドで観音菩薩を再現しようと思ったのか。発案者である高台寺前執事長の後藤典生和尚に話を聞いた。
――マインダーの開発は、大阪大学のロボット工学者である石黒浩さんが高台寺を訪れたことがきっかけだと伺っています。後藤さんはなぜ、アンドロイドで観音菩薩を作ろうと思われたのでしょうか。
後藤典生 あらゆる手段を通じて、仏教を伝えたいと考えたからです。今から約2500年前、お釈迦様が亡くなられました。そしてお釈迦様の残された言葉、つまり「教え」を、弟子たちは口伝や文章で伝えていった。そのうちお釈迦様や仏様の姿が絵に描かれるようになり、さらには仏像が出現しました。仏像が生まれたことで、仏教は爆発的に広がります。それから現代に至るまでの約2000年、人々は救いを求めて仏像を拝んできた。でも、仏像には技術的に大きな進化がありませんでした。そろそろ、「喋って目を合わせてくれる仏様」を創ってもいいんじゃないか。そう考えたのが始まりです。
――後藤さんはマインダー以前にも、IT技術を用いて仏を再現しようと構想されていたのですよね。
後藤典生 実は30年ほど前、コンピューターにお釈迦様や高僧たちの情報を入力し、彼らと対話できないかと試みたことがありました。ただ、私たちが知るお釈迦様の言葉は、長い時を経て弟子から弟子へと伝えられたものです。どこまでが本当にお釈迦様自身の言葉か、私たちには分かりません。だからAIでお釈迦様を再現しようとすると、まったく異なるものになってしまう。しかし、「観音様なら可能ではないか」と考えました。
――なぜ仏陀(※釈迦)ではなく観音菩薩なのか、気になっていました。
後藤典生 観音様は、救いを求める人の境遇や願いに応じて姿を変える、慈悲深い仏です。病気を治したい、苦しみから逃れたい、貧困から抜け出したいなど、どんな願いにも寄り添い、さまざまな姿で現れてくださいます。衆生の気持ち、願いを受け止める観音様であれば、アンドロイドの姿で顕現されることも、不思議ではないように思えました。
――マインダーでないと救われない人のために現れた、と捉えることもできますね。法話の内容に般若心経を選んだのには、どんな理由があるのでしょうか。
後藤典生 般若心経は、お釈迦様の教えを262文字にまとめた「仏教の心のエキス」ともいえる経典です。お釈迦様は「生・老・病・死」すべてが苦しみであると説かれました。「苦」を乗り越えて、安らぎの心を得ることが仏教の目的です。そのためには修行が必要ですが、現代人にはなかなか難しい。そこで今回は、日常の中で「苦」とどう向き合うべきか、般若心経を通して実践の方法を伝えたいと考えました。
――般若心経は唱えれば救われるものではなく、「苦」に向き合う実践マニュアルとしてあるんですね。
後藤典生 仏教では、悩みや苦しみの解決は自分自身で行うものとされています。仏様が示してくれるのは、解決のための方法です。マインダーは、その教えを分かりやすく伝えるための道具にすぎません。悩みを抱えて寺を訪れた人に、仏教の考え方や実践について届けるための手段なのです。
――その手段として、アンドロイドが有効だったと。
後藤典生 そうですね、もっといえば、今回はアンドロイドだっただけで、仏教の本質を伝えられるなら、手段はなんでもいいと思っています。大切なのは、生きる上での苦しみを乗り越える方法を教え、「実践するのはあなたなんですよ」と伝えていくこと。海外の方もよくいらっしゃいますが、彼らは「アンドロイドの仏像がある」と知ったから高台寺に来て、他宗教の法話を聞く機会を得たわけですよね。そこにマインダーが「仏」として存在する理由があるのかもしれません。
――つまり、マインダーは「どう生きるか」を教えてくれるものなのですね。
後藤典生 私たち僧侶にとって、神仏は信じる対象ではなく、追い求めるもの。人が理想として描いた神仏の姿に近づこうと努力することが、仏教の根源であり本質です。宗教と聞くと、どこか不思議なものに感じるかもしれません。でも仏教は、「当たり前のことを当たり前にできるようになるための智慧」です。そうした本来のあり方を、マインダーを通じて伝えていきたいと考えています。
――実際に法話を聞いた方からは、どんな反応が寄せられていますか?
後藤典生 ホールに入られたときは「なにこれ? これが仏様?」といった反応をされる方が多いです。でもお帰りになる際は、マインダーを拝んでいかれます。法話を聞いて、「仏様だ」と感じていただけるのでしょう。
――たしかに、取材する前と、実際に体験してからでは、印象ががらりと変わりました。これからマインダーにもっと担ってほしい役割や、伝えていきたい教えはたくさんありそうですね。
後藤典生 マインダーは今後さらに進化させていく予定です。心の問題や現代社会への提言など、檀信徒や子供たちに伝えていきたいことは、まだまだたくさんあります。アンドロイドやコンピューターは、人間が時間をかけても導き出せない答えを、瞬時に計算して提示できる。マインダーは悩みを抱える人に対し、最適な解決方法を教えてくれる「先生」のような存在になり得ると思います。
――となると、将来、マインダーのようなアンドロイドが、人間の僧侶に置き換わる可能性もあるのでしょうか。
後藤典生 それはないでしょう。「死ぬ」「病気になる」「老いる」といった生きる苦しみを、アンドロイドは本当の意味で理解できません。どれだけ進化しても、マインダーは人間にはなれない。その限界はしっかり意識しなければならないと思っています。苦しみに共感し、寄り添えるのは、やはり人間である私たち僧侶の役割なのです。
――人間とマインダーの関係を通して、仏教が新しい未来を切り拓いていけそうです。
後藤典生 仏教は、ただ悩みの解決に導くだけではありません。今の日本や世界が抱える問題に対して、新しい視点を与え、進むべき道を示せると考えています。今や、「自分さえよければいい、他人が不幸でもかまわない」といった価値観が世界中に広がっています。そうした社会の風潮に働きかける力が、仏教にはあるはずです。その第一歩を担う存在として、マインダーには大きな可能性があると思っています。マインダーの説法を通じて、やはり「当たり前のことを当たり前に」という実践の大切さを知ってほしいですね。
「ロボットの説法ってどうなんだろう……」と斜に構えていた筆者だったが、聴き終わるとどこか晴れやかな気持ちになっていた。話の内容が意外なほど、ストンと心に入ってきたのだ。見た目や声色など、良い意味で「個」がないからこそ、かえって受け入れやすいのかもしれない。
通常、生身の僧侶の語りは、声色や性格などその人の個性が出る。それが導きになることもあれば、「あなたに言われたくない」と心が反発することもあるだろう。しかしマインダーは、アンドロイドだからこそ感情を押しつけてくる感覚がない。「言葉そのものの意味」に集中できるため、純粋に仏教の教えと向き合える。それはまさに、仏教が説く「自我からの解放」という本質とつながっているのではないか。
マインダーの「御開帳」は毎月土日祝。朝10時半から12時までと、13時半から15時半までの二部制だ。時間内に繰り返し何度も法話が行われている。
写真や動画で見るのと、実際にあの場に身を置くのとでは、印象がまるで違う。リアルで対面してこそ真の姿を現す――それが、アンドロイド観音・マインダーだ。
<取材協力>
高台寺 https://www.kodaiji.com/
アンドロイド観音マインダー https://www.kodaiji.com/mindar/
倉本菜生
寺生まれオカ板育ち、京都在住。
魑魅魍魎はだいたい友達なルポライター、日本史研究者。
オカルト×歴史学をテーマに、心霊スポットや怪談の謎を追っている。
住んでいるマンションに何かいる。
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