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タイの地獄寺から仏教世界の表現を見るシリーズ。今回は「亡者」の姿から、因果応報の教えを見ていく。
壁画に描かれた伝統的なモチーフは、その多くが地獄寺にも受け継がれている。地獄寺ではカラフルでキッチュなつくりの立体像が並び、罪人をはじめ、獄卒、餓鬼、動物、骸骨、オバケまで勢揃いだ。彼らはみな見るに耐えないような責め苦を受け、身体中から血を流し、容貌がおぞましく変化している。
なかでも地獄寺といえばこれ、という代表的なモチーフは巨大な「餓鬼」である。数メートル~十数メートルに及ぶ巨大な餓鬼像は、地獄寺のランドマークとして機能し、その多くが男女一対でつくられている。

このような巨大な餓鬼は、前回記事に掲載した壁画にも描かれており、『三界経』に説かれている「ヤシの木ほどの高さがある」亡者を表現したものだ。なるほど、タイらしい比喩表現である。

餓鬼は生前ケチであったり、他人に施しをしなかったりした者であるので、その因果から骨と皮になるまで痩せこけ、腹のみが膨らみ、舌を出し、髪はボサボサという様相をしている。
次いで目につくモチーフは、頭がなく身体に顔があるという「無頭人」である。地獄寺を訪れたことのある人なら、この異形な亡者はきっと記憶に残っているだろう。
この無頭人も先の壁画に描かれているが、注目してほしい点はそのバリエーションの多さである。壁画の中では顔の位置が逆さま、中央、下腹部となっている。

これが立体像になるとさらにバリエーションが増える。鼻の大きい者や人間の色ではない者、もはや別の生き物になってしまっている者など、ひとつとして同じ者は存在しない。

実はこの無頭人、タイのみに特徴的な図像ではない。古くはヘロドトス『歴史』に「胸に眼のある無頭人(アケパロイ)」という記述があり、古代リビアに棲んでいた異部族であるという。その後もヨーロッパでは、無頭人は未開の地に棲む異部族の図像として普及した。

さらに、無頭人の図像は西洋のみならず、東洋でも普及していた。古代中国の地理誌『山海経(せんがいきょう)』では、「形天(けいてん)」という名前で無頭人が登場し、こちらは帝に首を斬られた者であるという。
このように、無頭人は全世界的に見られる図像であるが、無頭人が地獄の住人であるという特徴はタイのみで見られるものである。

さらに、頭が動物になっている亡者も地獄寺では頻出のモチーフである。彼らは基本的に、生前動物をいたずらに虐げた罪人である。またその責め苦の方法にも生前の行いが色濃く反映されている。人間界で犯した罪は、地獄でそのまま自分の身に降りかかるという、仏教の因果応報の思想が顕著に表れていると考えると、ユーモラスな造形も恐ろしく思える。


(つづく)
椋橋彩香
1993年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科にて美術史学を専攻、2022年博士後期課程単位取得満期退学。現代タイにおける地獄表現、「タイの地獄寺」を研究テーマとする。早稲田大学會津八一記念博物館助手を経て、現在は大学非常勤講師。「タイの地獄寺」を珍スポットという観点からだけではなく、様々な社会的要因が複合して生まれたひとつの現象として、また地獄表現の系譜において看過することのできないものとして捉え、フィールドワークをもとに研究・執筆を進めている。著書に『タイの地獄寺』(青弓社、2018年)。
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