超越存在の「顔」が顕現する! パプアニューギニア「精霊仮面」の世界/「世界探検の旅―美と驚異の遺産―」展開催

文=杉浦みな子

    大小600以上の島からなるパプアニューギニア。700もの民族グループが独自の伝統や風習を持ち、今も各地で守り伝えている。古くから精霊信仰が根づく彼らの中で、「仮面」は精霊とつながるために欠かせない存在だ。

    超越存在を顕現させる現役の儀式装置の数々

     パプアニューギニア──南太平洋地域に浮かぶニューギニア島の東半分と周辺の島々からなる国。密林に包まれたこの地には、多くの精霊たちが息づいている。彼らはたびたび人前にその姿を現してきた。「仮面」という顔で。

     歴史的には、もともとあったパプアとニューギニアが合併してできた国で、700以上の民族グループが暮らす多民族国家であり、それぞれ独自の言語と文化を持つ。16世紀前半から19世紀後半にヨーロッパ人が来訪して以降、独領、英領、オーストラリア領と統治の変遷を辿り、第2次世界大戦中には日本軍が進駐した地域もあった。
     戦後、オーストラリアの統治を経て1975年に独立。植民地時代の影響もあり、宗教は主にキリスト教が広まっているが、民族グループごとに持つ祖先崇拝も今に伝わっている。

     昔から自然の中で暮らしてきたパプアニューギニアの人々にとって、精霊や祖霊は畏れの対象であるとともに、偉大な力を持つ存在だった。人々はそんな崇拝の対象である精霊たちを模った仮面を作り、子どもの誕生や成人式、結婚式、葬式など、人生の節目となる儀礼を行ってきた。
     たとえばイピ族の「コヴァヴェ」は、山に棲む精霊を模した神聖な仮面だ。植物繊維と樹皮布からなるそれは、男子集会所で密かに製作され、新たに成人となる男子がこの仮面をつけて祭儀劇を演じた。コヴァヴェは食用に解体された豚の霊魂を食べて生きているとされ、祭儀劇の後に行われる豚肉の饗宴では、コヴァヴェが霊魂を食べる様子が演じられた。

     儀式の諸相には、精霊と人間との深いつながりが見て取れる。仮面を作ることによって人々が果たしてきたのは、精霊=人ならざる存在を可視化し、同化すること。つまり仮面は、不可視の存在をこの世に顕現させる、ある種シャーマニズム的な装置ともいえるだろう。

    儀礼用仮面「マイ」。パプアニューギニア、ニューギニア島 20世紀中ごろ。男性秘密結社への入社式で用いる仮面で、氏族の祖先、あるいは森の精霊を表したものと思われる。
    精霊仮面「コヴァヴェ」。パプアニューギニア、ニューギニア島 20世紀前半。山に棲む精霊の姿を模した仮面で、成人となる男子が装着する。

     今日、このような仮面のフェスティバルは、儀式に限らず観光客向けのイベントなどで披露される機会もあるようだ。しかし、だからといって仮面に込められた霊性が失われるわけではない。精霊たちは今も、仮面を通してわれわれの前に現れるのだ。

     日本人にわかりやすいところでは、漫画家・水木しげるが戦時中に派兵されたニューブリテン島が、現在のパプアニューギニアの一部である。
     水木は当時、現地民と親しくなって彼らの生活に触れ、そこで体験した文化をのちに漫画に描いた。その中には、まさに現地の人々が仮面をつけて祭儀を行う様子も描写されており、水木は「彼らは見えないものを感じてこのような表現をしている」という旨を語っている。

     また、現地のジャングルで「ぬりかべ」に助けられたというエピソードも有名だ。そんなふうに人々と共生する精霊たちの息遣いを感じた体験は、のちの妖怪漫画の誕生にも大きな影響を与えた。
     パプアニューギニアの精霊仮面は、海や国境を越えて「不可視の存在」の実在を明らかにする、霊的世界のハード・エビデンスといえるだろう。

    《精霊仮面 鳥の霊》パプアニューギニア、ニューギニア島 20世紀中ごろ。
    《精霊仮面「サヴィ」》パプアニューギニア、ニューギニア島 20世紀中ごろ。
    《祖霊仮面》。パプアニューギニア、ニューギニア島 20世紀中ごろ。
    《祖霊仮面》。パプアニューギニア、ニューギニア島 20世紀中ごろ。

    ※写真はいずれも天理大学附属天理参考館蔵。

    開催情報

    展覧会名:奈良国立博物館開館130年・天理大学創立100周年記念特別展
    「世界探検の旅―美と驚異の遺産―」
    会 期:2025年7月26日(土)~9月23日(火・祝)
    開館時間:9:30~17:00(毎週土曜日および8月5日(火)~15日(金)は19:00まで)
    ※入館は閉館30分前まで
    休 館 日 :7月28日(月)、8月4日(月)、8月18日(月)、8月25日(月)、
    9月1日(月)、9月8日(月)、9月16日(火)
    会 場:奈良国立博物館 東・西新館
    所在地 〒630-8213 奈良県奈良市登大路町50番地
    主 催:奈良国立博物館、天理大学附属天理参考館、日本経済新聞社、テレビ大阪
    特別支援:DMG森精機
    協 力:仏教美術協会、日本香堂
    奈良国立博物館問い合わせ:050-5542-8600(ハローダイヤル)
    展覧会公式ウェブサイト:http://art.nikkei.com/tanken/
    奈良国立博物館ウェブサイト:https://www.narahaku.go.jp

    webムー編集部

    杉浦みな子

    オーディオビジュアルや家電にまつわる情報サイトの編集・記者・ライター職を経て、現在はフリーランスで活動中。
    音楽&映画鑑賞と読書が好きで、自称:事件ルポ評論家、日課は麻雀…と、なかなか趣味が定まらないオタク系ミーハー。

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