完全な存在を生み出す究極の叡智「錬金術」の基礎知識/世界ミステリー入門

文=中村友紀

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    「錬」という文字は「金属を良質のものにきたえあげる」という意味を持つ。つまり、錬金術は文字通り、「卑金属から貴金属(金)を生みだす」ことである。しかし、その真の目的は、未成年で不完全なものを、成熟した完全なものに導くことだ。錬金術師たちが追い求めた叡智の正体とは?

    人が神になるための究極の叡智

     錬金術とは、卑金属から貴金属(金)を創りだそうという試みから始まった。だが、それはやがて、この世に存在する物質のみならず、生命を生みだし、人間の魂を完全な存在に錬成することを目的とするようになっていった。
     この「完全な存在」こそ、錬金術のキーワードである。端的にいえばそれは、人間が神になることに等しい。なせなら物質の組織を自在に変えられるということは、この宇宙や世界を創りだすことでもあるからだ。
     究極の錬金術とは、人が神になることなのだ。

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      錬金術の発生は、古代ギリシアにまでさかのぼる。
     当時のギリシアでは、万物の基本的要素は火、気、水、土のいわゆる「四大元素」だと考えられていた。そうであるならば、貴金属である黄金もまた、この4つの元素からできていることになる。重要なのは元素を転換させる技術であり、それさえわかれば、人工的に黄金を生みだすこともできるのではないかと考えられたのだ。
     このアイデアは、エジプト経由でイスラム世界に伝わっていったが、その間に大きく変質し、発展を遂げていく。具体的には、占星術や神秘思想、エジプト魔術などと交わり、さらに医学への応用など、神秘学の集大成のようになっていったのだ。ちなみに、それがヨーロッパに逆輸入されたのは、12世紀になってからのことである。

     その錬金術の祖とされているのが、伝説の人物ヘルメス・トリスメギストスだ。彼は、ヘレニズム時代(紀元前334~同30年)のエジプトに存在したとされる神人だが、実在の人物ではなく、ギリシア神話のヘルメスと、エジプト神話のトートが習合したものとされている。
     だが、実在しなかったにもかかわらず、彼が著したとされる錬金術の重要文書がある。『ヘルメス文書』『エメラルド・タブレット』だ。また、世界で唯一、彼だけが手にすることができたとされる重要アイテムが「賢者の石」だ。
     以下、順番に説明していこう。

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    錬金術の祖といわれる伝説的な人物、ヘルメス・トリスメギストス。

    錬金術の奥義が記された『聖書』

     ヘルメス・トリスメギストスの「トリスメギストス」とは、「3重にもっとも偉大な者」という意味だ。これは、3人のヘルメス、3重の知恵を持つ者を意味する。それだけ彼が偉大だったという、一種の形容詞だ。
     ヘルメスには、生涯で3万冊以上の本を書いたという伝説がある。その一部が後世に伝えられたとされ、『ヘルメス文書』と呼ばれている。その多くは、紀元前3~紀元3世紀ごろにかけて書かれた匿名の文書で、新プラトン主義や新ピタゴラス主義、グノーシス主義などの影響を強く受けている。また、占星術や太陽崇拝なども含まれる。
     これがアラビア経由でヨーロッパに入ると、たちまち大反響を呼んだ。ヨーロッパにおける魔術や錬金術の源流は、こうして始まったのである。
     このように膨大な文書を書き残した一方で、ヘルメス・トリスメギストスは、錬金術の奥義を寓話的なきわめて短い文章にまとめ、エメラルドの板に書き記したといわれている。これが『エメラルド・タブレット』で、錬金術師の間では『聖書』的なものとして重要視されてきた。

     たとえば、よく引用される有名な一文がある。
    「下の世界にあるものは上の世界にあるものに似ており、上の世界にあるものは下の世界にあるものに似ている」
     これは、大宇宙(マクロコスモス)と小宇宙(ミクロコスモス)の共感関係について述べたものとされ、宇宙の基本的な構造を端的に語るものとされている。
     実は『エメラルド・タブレット』は、ヘルメスの遺体(ミイラ)とともに、ギザの大ピラミッド内に埋葬されたという。

     その後、『エメラルド・タブレット』は「発見」され、内容が正確に書き写された。12世紀にはラテン語に翻訳されて、ヨーロッパ世界にも広まっていく。有名な錬金術師パラケルスス(後述)も、父のウィルヘルムが診療室に貼っていた『エメラルド・タブレット』を見ながら育ったといわれている。

     なお、現存する『エメラルド・タブレット』はそのすべてが「翻訳された」と称するもので、ヘルメスが刻んだ実物は確認されていない。
     ただし、書き写されたものならば、いくつも存在する。それは前述のように、錬金術師たちの間で『エメラルド・タブレット』が「奥義を記した錬金術の『聖書』」として大切にされたからだ。ちなみに「原典」の発見者は。アレクサンダー大王だともいわれているが、もちろん真偽は定かではない。

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    ヘルメス・トリスメギストスによって、錬金術の奥義が刻まれたとされる『エメラルド・タブレット』。その現物は見つかっていない。

    すべての理想をかなえる「賢者の石」

     本稿の最初で筆者は、もっとも重要な錬金術のキーワードは「完全な存在」を錬成することだと述べた。
     それを100パーセント可能にするのも、すなわち錬金術のゴールとでもいうべきものが、「賢者の石」である。あるいはこれを、錬金術にける「究極のマスターキー」と呼んでもいいかもしれない。
     言葉を換えれば、錬金術における最大の目標は、賢者の石を創りだすとにあった。なぜなら賢者の石さえあれば、黄金のもちろんのこと、不老不死や人間の霊性の完成まで、すべてを可能にすることができる。「賢者の石」は、そんな究極の魔法のアイテムだと考えられていたのである。
     たとえば灼熱にかざされた坩堝(るつぼ)のなかで、何かの金属を溶かしておく。そこに「賢者の石」をほんのひとかけら放り込むだけで、金属はたちまち黄金に変わるのだ。

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    『賢者の石を探す錬金術師』(ジョセフ・ライト画)。究極の物質である「賢者の石」を求めて、錬金術師たちはあらゆる試行錯誤を繰り返していた。

     錬金術師は皆、この「賢者の石」を創りだすことに夢中になった。
     錬金術師は「賢者の石」を創るためにありとあらゆる実験を行ったが、基本となったのは対象物を熱すること、さらに加熱して気化させ、冷やして蒸留し、もとの個体に戻すこと、別々の素材を溶かし、混ぜあわせること、液体を加熱して凝固させることなどだった。
     それには当然、今日でいう科学的な設備や道具、そして専門の実験室が重要になる。具体的にいうと、ビーカーやフラスコ、ガラスの瓶、鉢、皿、鍋、蒸留器、濾過機、そして強い炎を生みだす炉などが必要になるのだ。おわかりのように、今日でも科学的実験室では必需品ばかりだ。このようにして錬金術は、現代化学のルーツになっていったわけだ。

    「賢者の石」がどこかで、実際に完成していたのか――それはわからない。ただし、錬金術の歴史を見ると、「賢者の石」の錬成に成功したと主張する人物も少なからずいた。

     たとえばアラビアの錬金術師ドゥバイ・ブン・マリクは、原料として使った卑金属を、3000倍の量の金属に変える物質=「賢者の石」を創造したと主張している。あるいは――詳細は後述するが――「賢者の石」を液化して飲むことで、不老不死を手に入れたというサンジェルマン伯爵のような人物もいた。
     端的にいえば「賢者の石」は、創ったと主張する者はいても、確かな証拠はどこにも残されていない。

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    錬金術師ニコラ・フラメルの実験道具。錬金術の研究で使われたさまざまな道具、蒸留や凝固といった実験の工程、そしてその実験データは、後世の化学の発展に貢献した。

     そもそも賢者の石が完成したならば、それは神と同じ力を手に入れるのと同じことである。当然、その力は無限大なはずで、そうなるとドゥバイ・ブン・マリクのいう「3000倍」という現実的な数字が、逆にいかがわしく思えてもくる。
     その意味では、「賢者の石」は錬金術の世界における永遠のテーマ、蜃気楼の逃げ水のようなものなのかもしれない。

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    錬金作業にはいくつもの複雑な工程が存在する。その順序や数は錬金術師たちによってさまざまなに記され、一様ではない。図は太陽と月に象徴される「結合」へ到達するための7段階の工程を表している。

    人造人間を作ったパラケルスス

    「賢者の石」と並んで、錬金術においては、ホムンクルス(人造人間)も重要な存在だ。ホムンクルスというのは「こびと」という意味で、錬金術で人間が神になれるのなら、当然、人間を創りだすこともできるはずだ、という考えがベースになっている。

     ホムンクルスのアイデアは古くから存在していたが、それを世に広めたのは、1493年にスイスに生まれた、医学者にして錬金術師のパラケルススである。
     パラケルススは著作のなかで、人間の精液蒸留器に入れ、40日間密閉して腐敗させることで、透明でヒトの形をしたものが現れると主張した。これに人間の血液を与えつづけると、やがて小さな人間の子どもができるというのである。「ホムンクルス(こびと)」という名前は、ここからきているわけだ。

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    医学者で錬金術師のパラケルスス。「放浪の魔術師」と称され、生涯を旅の空で送りながら、膨大な量の著書を残した。

     こうして誕生したホムンクルスは、生まれたときからすべての知識を身につけているという。つまり、精神的には完全な存在である。だが一方で、ゲーテの『ファウスト』に登場するホムンクルスは。フラスコのなかで創られ、そこから外には出て生きることができない。肉体的には、妖精のように弱々しい存在として描かれていた。

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    『太陽の光彩』サロモン・トリスモシンより。「哲学者の卵」と呼ばれるフラスコの中に描かれた少年とドラゴン。この少年はホムンクルスを表したものではないかと解釈される。

     ここまで見てきておわかりのように、錬金術は単なる黄金の錬成術ではない。この世界や宇宙における、オカルト的な要素すべてを含んでいる。

     古代においては、占星術も錬金術のひとつだった。魔術もしかり、である。そしてそれらは中世以降のヨーロッパで、秘密結社や芸術、医学、化学とも習合していくのである。
     その過程で大きな役割を果たしたのが、前述のパラケルススだった。パラケルススは錬金術師ではあったが、その前に医師でもあった。というか、彼の意識のなかでは、自分は新たな時代を切り開く新進気鋭の医師そのものであったはずである。
     なぜなら彼にとって錬金術とは、決して黄金を錬成することではなく、人間の病を癒す「薬」を作りだすことであり、その結果、人々に「完全なる健康体」をもたらすことだったからである。
     そのため彼は、当時、常識とされていた従来の医学知識や治療法をことごとく否定している。一般的に用いられていた薬草よりも、鉱物から作りだす薬品を重視したのだ。それは、まさに権威に対する反逆であり、事実、彼はバーゼル大学の医学教授の座を追われてしまった。
     その結果、長い放浪生活を余儀なくされたわけだが、その間に364冊もの膨大な著書を書き残している。これが後の錬金術や医学、化学にも大きな影響を与えていったのだ。

    神秘と伝統に満ちた錬金術の巨人たち

     さて、前途のパラケルススを筆頭に、歴史上。名高い錬金術師はたくさんいる。
     たとえば、フランスのサンジェルマン伯爵もそのひとりだ。
     彼はプロシアの皇帝フリードリッヒ2世から「死ねない男」と呼ばれた。実際、サンジェルマン伯爵は自分の年齢は4000歳だと主張し、不老不死の理由について、「賢者の石を液化した生命の水」のせいだと公言していた。
     こうしてサンジェルマン伯爵は、古代バビロンの宮廷に出入りしたり、シバの女王を謁見したりした一種の「タイム・トラベラー」であると主張。また錬金術では、石をダイヤモンドに変えたり、ダイヤモンドの傷を消したりしたとされている。

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    サンジェルマン伯爵。生没年不詳で、あらゆる分野の知識を持ち、時を超えてさまざまな時代に現れる「タイム・トラベラー」であったという。

     それからもうひとり、同じく伝説的な錬金術師に、クリスチャン・ローゼンクロイツがいる。彼は17世紀にヨーロッパで大流行した秘密結社、薔薇十字団の創設者とされる人物だ。10年近い中東での放浪生活の間に錬金術や魔術を学び、ドイツで「聖霊の家」を建て、キリスト教と錬金術による世界変革を目指したのである。彼は1484年に106歳で亡くなったとされるが、それまでに天界と人間界の秘術を極め、過去・現在・未来のあらゆる出来事の要約に成功したといわれている。

     そのローゼンクロイツの遺志を継いだ薔薇十字団も、錬金術や魔術などの古代の叡智で世を救うことを目的としていた。
     ただし、その実態は厚いベールに包まれており、逆にそれゆえ多くの著名人が薔薇十字団に強い憧れを抱いたのである(ちなみに前述のサンジェルマン伯爵やカリオストロ伯爵も、薔薇十字団の団員だと自称していた)。
     特筆すべきは、彼らの目的が賢者の石を創りだしたり、黄金の錬成を行うことではなかったということだ。人間を完全なものとし、世界の変革を行うには、「完全にして普遍的な知識」を得ることがなによりも重要となる。そのためには、天地の創造から宇宙の真理まで、あらゆる知識を正しく知る必要があった。錬金術は、そのための手段であるとされたのだ。

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    クリスチャン・ローゼンクロイツ。「人は神と天と地に調和せよ」と主張し、博愛の精神をもって、貧困や病気に苦しむ人々を救済した。

     こうして錬金術は、「賢者の石」や黄金の錬成といった物理的な目的から、より精神的なものへと変化していく。とくに薔薇十字団の思想は、数々の秘密結社に受け継がれた。
     有名なところでは、フリーメーソンもそうだ。
     もともとフリーメーソンは、教会や宮殿を建設した石工の組合だったが、そこに魔術や錬金術の思想が取り込まれると、本来の目的とはまったく別の組織へと変革していった。これを「近代フリーメーソン」と呼ぶが、彼らの間ではいまもなお、古代の魔術につながる密儀が重視されているのである。

    ニュートンは錬金術師だった?

     ところで、最後の錬金術師であり、魔術師と呼ばれている人物がいる。「近代科学の父」と称されるアイザック・ニュートンである。物理学の基礎となった「ニュートン力学」の生みの親であるニュートンは、実際には錬金術に情熱を注ぐ魔術師だった。
     ニュートンは、宇宙は神によって創られたものだと固く信じていた。『旧約聖書』の「創世記」に綴られた天地創造も、神による錬金術による結果だと考え、その過程を自らが解き明かすことに熱中していたのだ。

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    「近代科学の父」と呼ばれたアイザック・ニュートン。後年発見された手稿によって、彼の論理が錬金術研究から導きだされたものであることがわかっている。

     ニュートンにとって科学とは、この世の現象すべての原因を極めつくし、結果として神のもとへ到達する手段にほかならなかったのである。それはまさに錬金術の思想そのもので、実際、ニュートンはカレッジに私的な錬金術の実験室をもっており、そこで実験に没頭していたのだ。
     20世紀になってニュートンの遺稿が競りにかけられ、世に出てくると、彼がいかに錬金術に夢中だったかがわかってきた。
     それを読んだ有名な経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、「ニュートンは理性の時代の最初の人ではなく、最後の魔術師だった」と口にしたという。科学の時代の始まりは、錬金術の時代の終焉と、見事なまでにリンクしていたのである。

    (月刊ムー2017年12月号掲載)

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