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「彼女たちはその獣を穀物で養うのではなく、只管に、それが在るという可能性を糧として養った。そしてそれこそが獣にその身から、額の角を生いはやす力を授けたのだ、一本の角を」
かつて詩人リルケはそう歌った。その獣、一角獣とは、紋章などにおいては額に螺旋を描く一本の長い角を生やした馬の姿で表される幻獣である。
一角獣は、おそらくは東洋で生まれた。
古くは『ヴェーダ』の中に一角獣と思しき羚羊に関する記述が見られる。この東洋の幻獣を西洋世界に初めて紹介したのは紀元前4世紀ギリシアの医師・旅行家のクテシアスで、彼の『インド誌』には馬もしくはそれ以上の大きさの、一本の角を持つ「野生の驢馬」がインドに棲息していると記されている。大プリニウスはこれを「最も獰猛な獣」と呼んだ。ことほどさように、初期における一角獣は専ら野蛮、俊敏、傲慢、獰猛、そして悪の象徴であった。
だが中世ヨーロッパのキリスト教世界で、一角獣は美しくも魅惑的な変容を遂げる。あらゆる動物の中で最も獰猛、最も精強と謳われた一角獣に、処女の匂いを好み、それに馴致されるという属性が添加されたのだ。
12世紀初頭の『フィリップ・ド・タオンの動物寓意譚』によれば、美しい処女が肌着を開けて片方の乳房を露出していると、匂いに釣られた一角獣が近づいて来て、頭を膝の上に載せ、そのまま大人しく眠ってしまう。ただし、もしもその女が処女でなかった場合、一角獣はすぐさまこれを見破り、女を食い殺してしまうというのである。
この一角獣と処女の神秘的なイメージは容易に聖母マリアの処女懐胎の逸話にも転化しよう。すなわちここで遂に一角獣はキリストの象徴ともなったのだ。一方、この不思議な結合の中には聖性と同時にまた、官能的な人獣交媾のイメージを見出すこともできよう。
かつて一角獣の実在を信じていたヨーロッパの王侯貴族は、毒を無力化すると称されたその角を入手するために万金を投じた。リルケの歌った如く、幻獣の角に現実の力を授けたのは、この邪悪にして神聖、清浄にして官能的な伝説の獣が存在するという可能性と、それを信ずる人間の精神に他ならなかったのである。
松田アフラ
オカルト、魔術、神秘思想などに詳しいライター。
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