生でも死でもない“第3の状態”が存在する!? あらゆる細胞に意識が宿る「CBC理論」の可能性

文=仲田しんじ

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    この世に生まれた命には必ず死が待っているが、驚くべきことに生でも死でもいない“第3の状態”があることが示唆されている。死んだ後でも、細胞は自律的に活動できるのだ。

    活況を見せるゼノボット研究

     一般的に科学者は死を生物全体の機能が不可逆的に停止することと捉えている。しかし、臓器提供などの事例は人体の臓器、組織、細胞が死後もしばらく機能し続けることを示している。

     細胞の種類によって生存期間は異なり、たとえばヒトの白血球は死後60~86時間で死滅する。マウスの骨格筋細胞は死後14日を過ぎても再生可能であり、ヒツジやヤギの線維芽細胞は死後1か月程度まで培養できる。

     このように、生物が死んだ後も特定の細胞が機能し続けるメカニズムを解明する鍵となるのが、“生きたプログラム可能”なロボット「ゼノボット(Xenobot)」だといわれている。

    ※画像はYouTubeチャンネル「University of Vermont」より

     2020年、米バーモント大学やタフツ大学などの研究チームは、アフリカツメガエルの幹細胞を組み合わせた幅1ミリほどのゼノボットの作成に成功した。また人間の気管細胞から作られたアンスロボット(Anthrobot)も登場するるなど、人工的に作られた新しい種類の多細胞生物であるゼノボットに関する研究は近年著しく進展しており、その明らかな自律性が科学界の注目を集めているのだ。

     米アラバマ大学バーミングハム校の微生物学者ピーター・ノーブル博士と、「シティ・オブ・ホープ・メディカルセンター」(カリフォルニア州ロサンゼルス)のバイオインフォマティクス研究者アレックス・ポジトコフ博士は、2024年9月にウェブサイト「The Conversation」に掲載された記事の中で、「ゼノボットは生命に対する理解を大きく変えるものである」と述べ、それが生命の(生でも死でもない)“第三の状態”を形作っていると主張している。

     そして昨今、研究者たちはゼノボットを次の段階へと進め、オリジナルのゼノボットに神経前駆細胞を導入した。すると神経前駆細胞はニューロンに分化し、軸索、樹状突起、シナプス結合を形成。そしてこれらが単純な神経ネットワークとなって、実際に電気活動が確認されたのだ。

     米タフツ大学とハーバード大学ワイス研究所の研究者たちが今年2月に「Advanced Science」で発表した研究では、これらの強化されたゼノボットが大きくなり、より複雑な動きのパターンを示すようになったことを報告している。そして、脳活動に影響を与えて発作を引き起こすこともある薬剤「ペンチレンテトラゾール」をこれらのゼノボットに投与してみると、動きのパターンが薬剤によって変化したという。つまり、単純な神経系がゼノボットの行動を制御できる可能性が示唆されることになったのだ。研究チームはゼノボットから神経細胞がどのように自己組織化するか基本的な理解を深め、体内の既存の神経組織を修復するメカニズムを解明したいと考えている。

    ※画像は「National Library of Medicine」より

    細胞は意識を持っているのか

     研究をさらに進めていくと、やがて自律的に行動するゼノボットが誕生するのだろうか。そしてゼノボットが意思や意識をもつことがあるのだろうか。

     2023年に出版された『知覚細胞』の著者であり、細胞に意識が宿ることを示唆する「意識の細胞基盤(Cellular Basis of Consciousness:CBC)」理論を探求している進化生物学者で医師のウィリアム・ミラー氏は、ゼノボットを構成する細胞がもつ認知能力、あるいは意識が正当に評価されていないと主張する。

     CBC理論は、あらゆる生物が根本的かつ内面的な感覚体験を有しており、単細胞生物でさえ意識的な自覚が生じていると説く。

    「(死によって)生物全体としては以前のように反応しなくなるが、細胞のサブセットは活動し、意思決定や問題解決を行います」
    「つまり、CBC理論は生命体の枠組みをどのように捉えるかを根本的に再構築するものです。生物学的主体性の基本単位は、意識をもつ細胞なのです」(ミラー氏)

     意識にまつわる問題は“意識のハードプロブレム”とも呼ばれ、その起源やメカニズムについて手の着けようもない案件として留め置かれてきた。

     しかし、ミラー氏にとって意識をもつ細胞という概念は、生物学における根本的変革であり、“適者生存”のようなネオダーウィン主義的考え方に異議を唱えるものでもある。細胞は生き残るために協調して働く必要があり、むしろ戦略的に他者に奉仕することで自分も生き残ることを目指しているというのだ。

     意識をもつ細胞を生物学の中心に据えることで、「遺伝子が制御するのではなく、遺伝子が道具となるまったく新しい生物学的見地が生まれます。何兆もの生物が問題を解決するため、意思決定のため、相互支援のため、パートナーシップのため、相乗効果のため、共依存のため、協力するために集まる理由が理解できる。それは適者生存ではありません」とミラー氏は述べる。

    ※画像はYouTubeチャンネル「University of Vermont」より

    未来の医療の鍵を握るバイオボット研究

     しかし、 現在のところ多くの科学者はCBC理論を支持しておらず、ゼノボットが生命の“第三の状態”であるとの主張にも懐疑的である。

    「細胞を本来の環境から切り離して試験管内で培養すると異常な発達を誘発できることは、おそらく75年以上前から知られています。これは何も新しいことではありません」と、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の植物生物学者、リンカーン・タイズ博士は科学メディア「Popular Mechanics」に述べている。

     このタイズ博士は、2019年に「Plants Neither Possess nor Require Consciousness(植物は意識を持たず、意識を必要としない)」と題したレビューの共著者でもある。

     同じく同レビューの共著者であるメリーランド大学の生物学者のウェンディ・アン・ピア氏は、CBC理論は科学的厳密さを欠いていると述べている。

    「細胞が本来の環境から切り離され、周囲の細胞と情報や信号を交換できなくなると、通常とは異なる遺伝子が発現する可能性がある」とピア氏は指摘。ゼノボットの実態は、発生生物学でよく知られている「アニマルキャップ(Animal cap)」と呼ばれる未分化細胞の高度なバージョンであるという。

     このようにCBC理論を否定する科学者も少なくないが、とはいえ一つの重要な点については合意が得られている。それは、細胞の多様な能力に医療分野への応用が期待できることだ。

     たとえば個人の生体組織から作製されアンスロボットは、免疫拒絶反応を引き起こすことなく当人へ薬剤を投与できる可能性がある。また、体内に注入された当人のアンスロボットは、動脈硬化症患者の動脈プラークを溶解したり、嚢胞性線維症患者の過剰な粘液を除去したりできる可能性を秘めているのだ。

     意識があろうとなかろうと、細胞の研究が間違いなく未来の人類の健康において主役を担うことになりそうだ。ゼノボットとアンスロボットをはじめとする広い意味でのバイオボット研究の進展に期待したい。

    【参考】
    https://www.popularmechanics.com/science/a73556632/xenobots-could-be-conscious-cells/
    https://theconversation.com/biobots-arise-from-the-cells-of-dead-organisms-pushing-the-boundaries-of-life-death-and-medicine-238176

    仲田しんじ

    場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
    ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji

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