予言が外れる理由と、占いが当たる理由は表裏一体? エントロピーで考える「生命は宇宙の特異点」

文=久野友萬

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    古今東西、予言が外れてしまった例は枚挙に暇がない。しかし、エントロピーと時間の観点から人間を見れば当たり前のことだった?

    予言が外れるのにはワケがある

     予言は外れる。ノストラダムスの予言からマヤの予言まで、清々しいまでに外れている。解釈が違う、西暦と太陰暦で年号の換算が間違っていた等々、いろいろ言われてはいるが、2022年に限っても、ロシアとウクライナの開戦を事前にきっちり予言した人はいなかった。

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     ブラジルの予言者ジュセリーノ・ダ・ルースは2022年11月16日に南海トラフ地震が起きると予言したが、キレイに外した。未来人は2022年7月7日に人類はアルザックスという異星人と接触すると言ったそうだが、何も世の中は変わらない。ガソリン代が上がったが、宇宙人とは関係ないだろう。人間に未来は見えないのか?

    時間の正体は熱である

     物理学では、時間にはプラスもマイナスもない。過去から未来に自分が流れようが、未来から過去に流れようが、数式上では何も変わらないのだ。それでも世界は過去から未来へ一定方向に流れていく。なぜ時間が流れるのか? なぜ過去から未来へと時間は流れるのか?

     そんな哲学的な問いに、数式で答えようとするのが物理学者である。最新の物理学では、時間をエントロピーで説明している。

     エントロピーとは秩序が失われ、熱が失われていくことを数式で表したものだ。

     熱いお湯は時間が経つと冷めていく。冷たい水をただ置いておくと熱くなるようなことは起こらない。熱は熱い方から冷たい方へと移動し、逆はないのだ。これは熱力学第2法則、別名エントロピー増大の法則と呼ばれる。

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     時間はよく川の流れに流れにたとえられる。時間という流れの中を私たちは過去から未来へと押し流されていく。

     しかし最新の物理学理論では、時間は川の流れではなく、私たちは流れに身を任せる木の葉ではない。

     私たちの中に時間があり、私たちが時間そのものらしい。

     時間とは熱だ。ビッグバンの灼熱の高温から始まったこの宇宙は、猛スピードで広がりながら冷え続けている。エントロピーで言い換えると、エントロピーは増大し続けている。このエントロピー増大こそが時間の正体だというのだ。

    私たちは時間によって動かされている

     ループ量子重力理論を提唱する物理学者カルロ・ロヴェッリによれば、時間はエントロピーであり、イベント=できごとの集合だという。

     私たちは原子が集まってできている。原子は量子からなり、量子がエントロピーを伝えている。そしてエントロピーの増大の度合いによって時間が早くなったり遅くなったりしている。ただ、あまりに人間のスケールとは違うので、人間にその違いはわからない。

     惑星と銀河系とブラックホールではエントロピーの増大が変わり、時間の流れも変わる。宇宙を貫く大きな時間はなく、私たちはバラバラにエントロピー増大の方向、つまり未来を目指しているのだ。

     時間が大きな川なら、先に何が起きるかはわからないだろう。私たちはただ流されるがままだ。しかし時間が私たち一人ひとりを動かすエンジンのようなものなら、話は変わってくる。

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     私たちは高速道路を走る車に似て、それぞれがそれぞれの速度で走っている。中にはスポーツカーのように追い抜いていくものもあれば、軽トラックのように追い抜かれるものもある。それでも車列はエントロピー増大という方向に沿って進み、逆向きに走る車はない。

     走っている車からは、50キロ先で事故が起きていてもわからない。川の流れの先が見えないのと同じだ。しかし数台先の車が蛇行運転をしていて、危ないなと車線を変えたり、隣りの車で子どもが窓から手を出そうとしていると気づくことはできる。

     時間がエントロピー増大だとするなら、地震も戦争も、予言が当たらないのはわかる。高速道路の先がどうなっているのかがわからないのと同じだ。しかし、つき合っている相手と自分が結婚できるかどうかという未来もわからない…… とはならない。

     50キロ先の道路の陥没はわからなくても、前の車が居眠り運転をして蛇行を始めれば、このままでは事故を起こすことぐらい、後ろを走っていればわかるはずだ。

     予知がエントロピーの変化を読み取る能力なら、占い師は地震も戦争も当てられなくても、私の未来だけは教えてくれるだろう。

    人間は宇宙の特異点

     では、人間はエントロピーの変化を読み、相手の未来を予測できるのか。

     生物はこの宇宙の特異点だ。生物だけがエントロピーを減少させるからだ。

     岩が砕けても、元には戻らない。砂が岩になることはない。すべての無生物は、エントロピーの増大をただ粛々と受け入れる。しかし生物は違う。生物は成長し、自分の体を修復する。古い細胞が死んでも、新しい細胞が作り出される。

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     生物にとって死はエントロピーの増大だ。エントロピーと戦うため、生物は新しい細胞を作り出すことでエントロピーを減少させる。エントロピーが減少する現象はこの宇宙で生命だけだ。冷水をお湯に変えることを生命はやってのけている。

     しかも脳には記憶がある。細胞が入れ替わるのに記憶は維持される。

    「テセウスの船」の寓話がある。船の修理を少しづつ行い、帆柱を新しくし、甲板を張り替え、部品を新しくしていき、最初の船がまっさらの新品に変わった時、その船は最初の船と同じものなのか別のものなのか。

     記憶はテセウスの船であり、エントロピーの増大を脳が食い止めている証拠だ。私たちは時間と戦っているのだ。

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     適切な老化=エントロピーの増大に向けて、エントロピーのブレーキを踏む能力が生物にはある。ということは、エントロピーのコントロール具合を測定できれば、その人の体調やバイオリズムのようなものは把握できるはずだ。

     人間は未来を予知することはできないが、精度の高い予測はできる。明日、交通事故に遭うかどうかはわからないが、明日、トラブルに遭うから気を付けて、ぐらいのことは言えるし、実際、一般的に占い師が言うのもそういうレベルだろう。あれが人間の限界であり、宇宙の限界なのだ。

     未来は誰にもわからない。しかし目の前の人が不幸になるか幸せになるかぐらいは、人間同士ならわかるのだ。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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