アフリカのテレ湖に棲息する巨大獣モケーレ・ムベンベの謎/世界ミステリー入門

文=中村友紀

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    アフリカ大陸中西部に位置するテレ湖を中心に、目撃が続発する巨大水棲獣「モケーレ・ムベンベ」。恐竜や巨大なトカゲを思わせる姿をしているとされ、現地住民の間でも古くから知られた存在である。その肉を食べた者は命を落としたとも伝えられる、謎めいたUMAの正体とは?

    アフリカ中西部に棲息する謎の怪獣

     1983年——コンゴ共和国(当時はコンゴ人民共和国)水利森林省の生物学者マルセラン・アニャーニャ博士が、ある報告書を政府に提出。そこには次のように書かれていた。
    「われわれが目撃した動物は、まぎれもなく原住民が昔から恐れてきた怪獣“モケーレ・ムベンベ”である。しかもその形態は、中生代に栄えた竜脚類の草食恐竜に酷似している」
     博士は、コンゴ政府から派遣された、正式なモケーレ・ムベンベ調査隊隊長という立場にあった。つまりこれは、国に対する公式な調査報告だ。そのなかで博士は、怪獣の存在をはっきりと認めたのである。

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    現地住民の証言をもとに描かれたモケーレ・ムベンベ。茶色がかった灰色のスベスベした表皮をもつという。その姿は竜脚類の恐竜に酷似している。

     モケーレ・ムベンベとは、リンガラ語(フランス人宣教師が意思疎通のためにアフリカの部族の言葉をヨーロッパ語風に作りかえた言語)で「川の流れを堰き止めるもの」を意味する。つまり、それほど巨大な怪獣が実在するというのである。
     舞台はアフリカ大陸中西部。そこにコンゴ、コンゴ民主共和国(旧ザイール)、ガボン、中央アフリカ、カメルーンの5か国にまたがる広大な熱帯雨林、いわゆるジャングルがある。目撃はそのほぼ全域にわたっていたが、特に集中していたのが、コンゴ北部のリクアラ地方にあるテレ湖周辺だった。

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    コンゴ共和国北部のリクアラ地方に位置するテレ湖。周囲が6キロメートルほどのきれいな楕円形をした淡水湖で、隕石が落ちてできたという説もある。
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    コンゴ中部のリクアラ川もモケーレ・ムベンベの目撃談が多い。

     その形状から、隕石孔ではないかともいわれており、実際、これを裏づけるように、現地の住民の間には「大昔、天から火の玉が降ってきて、穴をあけた」という伝承もある。
     なお、周囲は一面に湿地が広がるジャングルで、現地住民の村が点在するだけだ。コンゴ政府の発表でも、テレ湖があるジャングル地帯(2万平方キロ以上)のうち、8割はいまだに未調査地域なのである。

    多くの記録に残る怪獣の目撃報告

     白人によって、モケーレ・ムベンベと思われる怪獣が最初に記録されたのは、18世紀のことだ。1776年に出版された『フランス伝導団回想録』のなかで、フランス人のリーヴァン・プロワイアール神父が、コンゴのジャングルで周囲が90センチもある大型動物の足跡を見たと書き残したのである。
     前後の足跡の配列から、何かの生き物が歩いたものと思われたが、それぞれの間隔は2.1~2.4メートルもあった。これは、最大級のゾウにも匹敵するものだが、明らかにゾウの足跡とは違っていた。なぜなら足跡からは、ゾウにはないはずの鋭い爪がはっきりと確認できたからである。
     それから約100年後の1880年代後半には、イギリスの貿易商人アロイシャス・スミスが、ガボンの沼地に棲む「ジャゴニニ」という巨大動物の目撃談を多数、耳にしたと報告。
     スミスもまた、3本の爪をもったフライパンほどの大きさの足跡を見つけているが、現地住民から「アマリー」という怪物のものだと教えられたという。
     さらに、1913~1914年にかけて同地方を探検したリクアラ=コンゴ探検隊の隊長、フライヘル・フォン・シュタイン大尉も、報告書をドイツ政府に提出。そこには今日伝えられるモケーレ・ムベンベの特徴が、ほぼ完璧に書かれていた。

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    コンゴ共和国の生物学者マルセラン・アニャーニャ博士。
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    彼が目撃したモケーレ・ムベンベのスケッチ。

    「その動物は粘土質の岸壁の水面下にあいた無数の洞穴内に深く潜んでいて、ときには白昼でも餌の植物を捜しに陸地へ上がってくるという。好物は川べりに生えているリアナ(熱帯産のカズラの類)で、これは白い大輪の花を咲かせ、ゴム質の乳液を出し、リンゴに似た固い果実をつける。
     住民の話では、茶色がかった灰色のスベスベした表皮の動物で、大きさはほぼゾウ、あるいは少なくともカバくらいはある。長くて自在に曲がる首をもち、きわめて長い1本の牙、ないしは角がある。また、その尾もきわめて長く、ワニのそれのように強力だという。
     カヌーがうっかり近づきすぎると、すぐに襲ってきて転覆させ、乗り手を殺すが、食べることまではしない」
     この情報についてだが、1938年にドイツの科学者レオ・ワオン・ボフバーガー博士がカメルーンを探検した際に、ほぼ同じような情報を収集している。その結果、シュタイン大尉の報告の正しさを確認できたというのだが、このときの調査メモやスケッチ類は、帰国の途中、ジャングルの川に落とし、すべて失ってしまったという。
     また1930年には、当時のフランス領赤道アフリカの主任狩猟検査官ルシアン・ブランクのもとに、「巨大なヘビ」が川に出現してカバを殺したあと、川から首だけをのばして、岸辺にある木の枝をムシャムシャと食べたという報告もなされた。

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    リアナ(現地の言葉で「マロンボ」)の実。モケーレ・ムベンベが好んで食べるという。

    怪獣の殺害と村人の集団死亡事件

     それからしばらくした1980年1月、アメリカ・シカゴ大学の未知動物研究家ロイ・マッカル博士と動物研究家のジェームズ・パウエル博士がコンゴに入り、モケーレ・ムベンベの調査を行った。
     調査のきっかけは、1976年と1979年にガボンとカメルーンでワニの生態を研究していたパウエル博士が、現地住民から「ンヤマラ」と呼ばれる怪獣の話を何度も聞き、それをマッカル博士に伝えたことだった。
     このときの調査で、マッカル博士は30件以上の目撃情報を収集。そのうちのあるエピソードが、研究者に衝撃を与えることになる。なんと現地住民がモケーレ・ムベンベを殺しただけでなく、集団で食べたというのだ。
     1959年、2頭の怪獣がテレ湖とその周辺の河川に出没し、ピグミー族の大切な生業である漁業の邪魔をするという事件が起こった(あるいは主食であるイモの農場を荒らしたという説もある)。そこでモリボ川に杭で柵を作り、怪獣が湖に入ってこられないようにした。ところが1頭の怪獣が、その柵を壊し、湖に入ろうとしたのだ。
     住民たちは怪獣を取り囲み、次々と槍を突きさした。激しい格闘の末、なんとか仕留めると、みんなで「獲物」を解体し、喜んで食べてしまったのである。
     すると、異変が起こった。
     怪獣の殺害に参加もしくはその肉を食べた村人が、次々と悶死してしまったのだ。唯一助かったのは、たまたま村の外に出かけていた少女ひとりだけだったという——。

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    モケーレ・ムベンベのものと思われる巨大な足跡。その周囲は約90センチで、3個の鋭い爪痕がある。
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    ゾウの足と比べると、明らかに違う生物のものであることがわかる。

    写真撮影の成功と録音された謎の咆吼

     マッカル博士は、翌1981年にもコンゴでモケーレ・ムベンベの調査を行っている。
     このときは、目撃が集中しているテレ湖を目標に、ジャングルを進んでいった。残念ながら装備不足もあり、途中で引きかえさざるをえなくなるのだが、ジャングルのなかで、巨大生物が尾を引きずって進んだと思しき痕跡を発見している。
     また、このときの調査により、テレ湖周辺では中生代(約2億5000万~6600万年前)以降、大規模な地殻変動はあまり起こっておらず、熱帯雨林という気候の特徴もほとんど変わっていないということがわかった。したがって生態学的には、太古の恐竜が生き残っていたとしても不思議はないというのがマッカル博士の結論だった。
     一方、モケーレ・ムベンベの声を録音したと主張する探検隊もいた。マッカル博士の第2次探検隊と同時期に現地入りした、カリフォルニア工科大学ジェット推進研究所の元所員で、宇宙工学技士のハーマン・レガスターズと、夫人のキーア・ヴァンズセン博士らである。

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    アメリカ・シカゴ大学のロイ・マッカル博士。モケーレ・ムベンベだけでなく、未知動物研究の権威として知られる。

     レガスターズ一行は、もともとはマッカル博士と合同で探検を行うはずだった。だが、調査手法や見解の対立により、別行動を取ることになったのである。
     彼らは無事にテレ湖に到達し、2日めの朝には早くも水音とともに湖面に顔を出した怪獣の姿を目撃したという。
     以後、32日間にわたって湖を観測した結果、夜中に聞こえてきた無気味な生物の咆吼(ほうこう)を録音することに成功している。
     また、テレ湖北端付近をボートで調査していたキーア夫人は、数十メートル離れた湖面に怪獣が暗灰色の鎌首をもたげて振るのを目撃。すぐに姿を消してしまったものの、カメラのシャッターを切るのに成功した。おそらくはこれが、世界唯一のモケーレ・ムベンベの写真であるとされている(1992年には日本のテレビ局TBSも、湖面に現れた影を撮影している)。
     なお、録音された謎の咆吼は、帰国後に音響分析や動物声紋学の専門家たちによって調べられた。その結果、叫び声は複数の動物のものであること、アフリカのジャングルに生息する既知のいかなる動物にも該当しないこと、明らかに未知の大型生物のものであると推測されることなどが確認されている。

    早稲田大学探険部が挑戦した怪獣調査

     1988年、こうした情報を受けて、モケーレ・ムベンベ実在の決定的証拠を手に入れるため、日本からコンゴへ向かった一行がいた。早稲田大学探検部だ。
     当時の日本はコンゴとの国交がなく、大使館も置かれていなかった。そのため、渡航の手続きは難航。パリ経由で当時のザイールに入り、同国にある大使館でビザを取得後、コンゴの首都ブラザビルに到着。さらにそこからジェット旅客機でテレ湖に近いインプフォンドという街に向かうという旅となった。
     そこから車で100キロ西のエペナへ。さらにリクアラ川をモーター付きカヌーで下って、ようやくテレ湖南東にあるボア村へと辿りついた。彼らはここを最前線基地としたが、目指すテレ湖はそこからさらに約60キロメートルも先だ。あとは無人のジャングルを、2~3日かけて歩くしかない。
     長々と道程を説明したのは、テレ湖がいかに到達困難な場所にあるのか、それを読者にも感じとってほしいからだ。
     彼らは50日間にわたり、テレ湖の湖畔にキャンプを張った。そしてビデオカメラとともに、24時間体制で湖面を監視しつづけたのである。
     結論からいうと、残念ながらモケーレ・ムベンベの姿をとらえることはできなかった。だが、彼らの調査によって、新事実がいくつも確認されている。
     最大の功績は、テレ湖の水深がわかったことだろう。
     前述のように、テレ湖は長径5キロメートル、短径4キロメートルの広さがある。ところが湖底をソナーで調べてみたところ、深さは平均で1~2メートル程度しかないことが判明したのである。
     モケーレ・ムベンベが、噂されるように全長10メートル近い怪獣だとしたら、とても身を隠せる深さではない、ということになる。仮に水中の洞穴に潜んでいたとして、50 日間で1回も湖面に姿を現さないというのは考えにくかった。
     となると次は、テレ湖に注ぐ川を調べる必要がある。実際、モケーレ・ムベンベの肉を食べたピグミーたちも、川に柵を作っているではないか。
     そこで探検部一行は、テレ湖に注いでいる川をすべて源流まで調べてみた。するとどれも長さは200メートル以下、しかも水源は水が染みでる程度の状態で、こちらも大型生物が隠れることができるような環境ではなかったというのである。
     ただし、調査が行われたのは乾期であり、水量が少ない時期だったことは留意しなければならないだろう。雨期になれば条件が大きく変わってくることも、十分に考えられるからだ。
     もしかするとモケーレ・ムベンベは、雨期と乾期で棲む地域を移動している可能性もある。

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    ピグミー族がモケーレ・ムベンベに攻撃をしかける様子を描いた絵。仕留めたモケーレ・ムベンベを食べた村人が全員死亡したと伝えられている。

     一方、にわかには信じられないが、すでにモケーレ・ムベンベが捕獲されているという話もある。
     1999年、アメリカ軍の極秘部隊が、カメルーンのジャングルでモケーレ・ムベンベの捕
    獲作戦を開始。偶然、遭遇した後ろ姿を写真におさめ、さらに電波発信機を埋めこむことに成功したというのだ。
     こうして、3年にわたってその行動を追跡。2002年になるといよいよ本格的な捕獲行動に出て、つがいと思われるもう1頭とともに、強力な麻酔弾を撃ちこんで2頭を捕獲。軍用の大型ヘリコプターで船に運び、アメリカ国内へ連れ帰ったというのである。
     現在、この2頭はある軍事施設の地下で飼育され、遺伝子分析などの研究が行われているというのだが……。

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    レガスターズ探検隊が録音した謎の咆吼を分析した結果の一部。その声は未知の大型動物のものと結論づけられた。

    怪獣の正体は絶滅した巨大生物の生き残りだった?

     ここまでモケーレ・ムベンベに関する、さまざまな情報をお伝えしてきた。はたしてその正体は何なのか。
     前述のように、モケーレ・ムベンベとはリンガラ語で「川の流れを堰き止めるもの」という意味である。
     ほかにもンヤマラ、ジャゴニニ、アマリー、バディギ、インククマデブなど、部族の数に近いほどたくさんの名前がある。エムーラ・ナツカという名前には、「木々の梢を食べる動物」という意味があるという。また、モケーレ・ムベンベには、「虹が出るときに現れるもの」という意味もあるようだ。
     仮に、これらの名前がいずれも同じ怪獣を指しているのだとすれば、驚くほど大型で、植物を食べるという怪獣の姿が浮かびあがってくる。

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    イギリスのテレビ取材で、現地の住民にサイの絵を見せたところ、人々は「モケーレ・ムベンベだ」と叫んだというが、サイである可能性は低い。

     そこで正体だが、もっともあてはまるのは、やはり冒頭でも紹介した竜脚類の生き残り説だろう。具体的には、かつてはブロントサウルスとして知られた、アパトサウルスによく似た小型恐竜ではないか、との説である。「よく似た」というのは、アパトサウルスが全長21~26メートルにも達するのに対して、モケーレ・ムベンベは全長約8~15メートルと、アパトサウルスのほぼ半分しかないためだ。
     したがって、その大きさの違いから、「よく似た小型恐竜」という推察が生まれてくるわけである。

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    モケーレ・ムベンベの正体としては、アパトサウルスのような草食性の小型恐竜という説が有力視されている(写真=Elenarts-Fotolia.com)。

     また、フライヘル・フォン・シュタイン大尉の報告、すなわち「頭部はヘビに似た三角形で、頭頂部に角が1本あり、首が長く、自在に曲がる。胴体はゾウ並みの大きさで、表皮は赤茶色もしくは茶色がかった灰色。体毛もある」という特徴も、角の記述を除けばほぼ一致する。
     こうした特徴を見る限り、モケーレ・ムベンベの正体としては、やはり竜脚類の生き残り説がもっとも可能性があるように思われる。では、ほかの説についてはどうだろうか。
     実は、かつてイギリスの国営テレビBBCの撮影クルーが、現地を訪れてサイの絵を見せたことがある。そのとき住民たちはいっせいに「モケーレ・ムベンベだ!」と叫んだというのだ。
     確かにカメルーンや中央アフリカ、さらにコンゴ民主共和国の北部には、かつてシロサイが生息していた。しかし、彼らのフィールドは基本的にはサバンナだ。したがってサイ説は考えにくいと思われる。
     ならば、竜脚類以外の生物の生き残り説はどうか。
     候補のひとつが、姿が恐竜に近い巨大トカゲ説である。実際、1982年と83年に現地で調査を行ったロイ・マッカル博士はこの説の提唱者で、未知の巨大トカゲが正体だ、としている。
     たとえば現存する最大のオオトカゲは、インドネシアやパプアニューギニアに生息するハナブオオトカゲだが、その全長は5メートル近い。また、よく知られるコモドオオトカゲ(コモドドラゴン)は最大全長で3メートル強にすぎないが、仮に同じサイズ比ならば、体重はハナブオオトカゲよりも重く、大きさも大きい。

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    世界最大級のトカゲとして知られるハナブオオトカゲ。その体長は5メートル近くにもなる。
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    マッカル博士はモケーレ・ムベンベの正体を未知の巨大オオトカゲだと主張している。ただし、草食と見られるモケーレ・ムベンベとは食性が違う点に疑問も残る。

     最後に、300万年前に絶滅したカリコテリウム説もある。これはウマとナマケモノを合体させたような哺乳動物だが、長めの首と鋭い爪以外、骨格的にはあまり類似点が見られない。
     20世紀になって知られるようになったUMA、モケーレ・ムベンベ。いずれにせよ、その正体については謎だらけなのである。

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    アメリカの宇宙工学技士ハーマン・レガスターズの探検隊によって、1981年11月27日に撮影されたモケーレ・ムベンベと思われる生物の一部。

    (月刊ムー2018年10月号掲載)

    中村友紀

    ライター、編集者。ムーの制作に35年以上参加しているベテラン。

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