ネス湖調査界の大御所エイドリアン・シャインは同情的懐疑論者! 湖面の異常はコブか泡か、それとも河童?/ネス湖現地レポート

文=ケリー狩野智映

    ネス湖で撮影された「謎のコブ」をもとに現地リサーチャーを訪問するシリーズ3回目。否定的、いや慎重な目線で素材を検証するエイドリアン・シャインの登場だ!

    ネッシーを疑いつつ調査が止まらない

     これまで3回にわたり、筆者が2018年の夏に撮影したネス湖面の奇妙な「コブ」の写真に関する現地リポートを寄稿してきたが、今回はネス湖調査界の大御所と言っても過言ではない、イングランド出身の博物学者エイドリアン・シャイン氏に意見を求めた。

    自身の著書を手にしたエイドリアン・シャイン氏   写真:筆者撮影

     日本のバンドMOROHAのMCアフロさんと“無駄を愛する大人のカルチャーメディア”「muda(ムーダ)」の撮影班によるロードトリップドキュメンタリー『ネッシーハンターラッパー』をご覧になったムー民の方々は、第3話でアフロさんがシャイン氏に会っていることを覚えておられることだろう。

     見事な白銀の長い髪と髭がトレードマークの、穏やかな威厳に満ちたこの人物は、1973年以来ネス湖を科学的なアプローチで調査研究してきた超ベテラン。ネス湖探査団のアラン・マッケナ氏が師と仰ぐ存在である。マッケナ氏にとって彼は「オビ=ワン・ケノービ」なのだそうだが、筆者はこの2人を密かに「ネス湖調査界のダンブルドアとハリー・ポッター」と呼んでいる。

    ネス湖調査調査界のハリー・ポッターとダンブルドアというべき2人である。 写真:Alan McKenna

     近年では「ネス湖UMA否定派」と評されているシャイン氏だが、「ネッシーか!?」と騒がれる画像や映像を頭から否定するわけではない。そして、たちの悪いイカサマでない限り、目撃者の誠実さを疑ったり、彼らを見下したりすることは決してない。ネス湖ミステリーをビジネスとし、ネッシー伝説で生計を立てている人々がいることにも配慮し、それに干渉することもない。

     シャイン氏は、自分の立場を「Sympathetic Scepticism(筆者訳:同情的な懐疑論)」に基づくものだと描写している。自分が納得できるまで黙々と分析し、説明のつくものかどうかを見極めることに専念しているのだ。

    ネス湖底堆積物コアを調査する若かりし日のシャイン氏。  写真:The Loch Ness Project

     彼は1986年と87年の2度にわたり、ソナー搭載船団でネス湖全体をスキャンする、「オペレーション・ディープスキャン(Operation Deepscan)」と命名された大調査を指揮した人物でもある。

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    https://www.sciencefocus.com/nature/operation-deepscan-the-hunt-for-the-loch-ness-monster
    https://www.dailymail.co.uk/video/news/video-3005595/Video-1987-Scientists-hunt-Loch-Ness-Monster-Scotland.html#socialLinks

    またも「ダイバーの泡」説が指摘される

     そのシャイン氏に例の写真を見せて意見を仰ぐべく、筆者は彼が居を構えるドラムナドロキット村と筆者の住むオック村の中間点にあたるビューリー村の、とあるホテルのティールームに向かった。この場所を指定したのは、シャイン氏の調査研究活動の同志であり、配偶者であるマラリン夫人だった。

     カフェの奥の比較的静かなコーナーにあったテーブルに陣取り、筆者は自宅から持参したノートパソコンを起動させて、2018年に撮影したネス湖面の不思議な現象の写真全71枚をシャイン氏にフルスクリーン表示で見せながら、あのときの状況を説明した。

     奇妙なコブのような物体の後に続く大きな水面の擾乱(じょうらん)のエリアには、暗い影のようなものが見えるため、水面下に何か巨大なものが潜んでいるのではないかという意見があることを指摘すると、この暗いエリアは影ではないとシャイン氏は断言した。このエリアが暗い色になっているのは、擾乱によって水面のテクスチャーが他の部分とは異なるからなのだという。

    「湖面は空を反射しているので白っぽく見えますが、このエリアは水面のテクスチャーが異なるために空を反射していない。だから暗く見えるのであって、水面下に何かが潜んでいるからではないのです」とシャイン氏は淡々と説明する。

     なるほど……

    「コブ」に続く暗い影は水面下の物体/生物の影ではない…?   写真:筆者撮影

     コブのような物体が湖面を向かって右から左へ自力で移動していることに疑いの余地はないが、カメラに捉えられた瞬間によっては、これらが2タイプのまったく対照的なテクスチャーで水面に現れている点にシャイン氏は興味を引かれたという。あるときはなめらかで光沢のあるテクスチャー、またあるときにはデコボコで粗っぽいテクスチャーだ。生物の体の一部がこのようなバリエーションを見せるなどということは考えられない、とシャイン氏は言う。

     そこで筆者は、スコットランド海洋科学協会の海洋生物学者がこれらを「スキューバダイバーの泡」と“判定”していることに言及した。

    「私自身もネス湖で泡の写真を撮影しましたよ。実験をしたのです。なぜって、現時点では、私もその海洋生物学者と同意見なのでね。ホースから水中に空気を送って、湖面に浮かび上がる泡の姿をカメラに収めたのですが、捉えた瞬間によって泡の外観が驚くほど異なっていました」とシャイン氏。

     庭の池にホースかチューブのようなものを入れ、そこから空気を水中に送り込んで実験をしている人々がいるのはソーシャルメディアで見ていたが、シャイン氏もその1人だったとは! ただし彼の場合、自宅の庭の池ではなく、実際にネス湖で実験している。さすが本物のリサーチャー。だが、結果は筆者の写真とは似ても似つかぬものだったそうだ。

     そういえば、今年の4月に米国ディスカバリーチャンネルのミステリー捜査番組『Expedition X』の取材班がはるばるネス湖までやって来て、ダイバーを潜らせて筆者の写真の現象を再現する試みを実施していた。そのとき筆者は日本に里帰りしていたため、立ち会うことはできなかったのだが、のちに結果を教えてもらおうとプロデューサーに問い合わせたところ、今年の11月頃にこのエピソードが放映されるまでは結果を公表できないとのことだった。

     話をシャイン氏の分析に戻そう。

     彼の説明によると、水面下でのダイバーの位置が深ければ深いほど、水面に現れるダイバーの泡は小さくなり、ダイバーが水面から1~2メートル程度の浅い位置にいる場合は、水面に上がる泡が大きくなるという。それは、深い位置から発せられた泡は、水面に現れる前に水中の圧力で分解されて小さくなるが、比較的浅い位置から発せられた泡は、圧力で分解されることなく水面に浮かび上がるからなのだそうだ。ダイビングの経験も知識もない筆者にはよくわからぬことであるが。

     筆者の写真のなめらかで光沢のある半球状の物体は、ダイバーたち(最低でも2人で潜るのが一般的なルール)が湖面から比較的浅い位置にいたことを示唆し、小さなデコボコのある表面の物体は、はじけて分散した泡である可能性が高いというのが彼の見解だ。

     これらのコブが見えている地点は水深10メートルぐらいだそうだが、1980年代に試験されていた波エネルギー装置が湖底に沈んでいるらしい。それを見るために潜りに来るダイバーもいるそうだ。ではやはり、筆者の写真のコブも、この波エネルギー装置を見物しに来たダイバーたちの泡なのだろうか。

    動画を検証するシャイン氏。   写真:筆者撮影

    カナダのオゴポゴの動画にも似ている

     71枚の写真を検証し、レオン・カークベック氏が作成した動画版も確認したシャイン氏は、筆者に見せたいものがあると言った。

     それは、8年前にYouTubeに投稿された、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるオカナガン湖からの動画であった。オカナガン湖には「オゴポゴ」と呼ばれるUMAが生息すると言われている。最古の目撃記録は1872年に遡るとか。

     この動画に映し出されたオカナガン湖面の現象は、筆者の記憶に残る2018年夏のネス湖面の不思議な現象に似た部分が確かにいくつかある。2つぐらいの物体が、見え隠れしながらブイのそばを右から左へ前進しているというのもほぼ同じ設定だ。だが、この動画の現象は、水面近くで戯れている魚の群れのように見え、水しぶきも上がっている。この点は筆者一家が目撃した湖面の動きとは少し違う。魚の群れかとシャイン氏に訊ねると、「最後まで観てごらんなさい」との答えが返ってきた。

    この動画の現象の正体は2人のダイバーだった…こちらがその動画である。

     この動画は、シャイン氏が筆者の写真の現象の正体をダイバーの泡と考える根拠となっているという。だが、筆者の写真にそれを決定付ける要素がないことを認め、さらに、筆者一家があの日あの場所に1時間以上いたにもかかわらず、ダイバーらしき人々も装備も見かけていないこと、そして3分間ぐらいで消えてなくなったことも考慮している。

    「あなたが目撃した現象に最も近いものは何か?それを考察するのが私のアプローチです。現時点では、ダイバーの泡以外の説明を私は見つけていない。もちろん、だからといって、結論に達したわけではありません。さらに調査や実験を行うつもりです。あなたの写真は私たちにさらなる仕事を与えましたよ」と言って、シャイン氏は悪戯っぽく微笑んだ。

    直筆サイン入りのシャイン氏の著書。    写真:筆者撮影

    日本人はなぜネッシーが好きなのか?

     ここからは余談であるが、この面談の最後にシャイン氏は自著『Loch Ness(ネス湖)』にサインして筆者にプレゼントしてくれたのだが、それを筆者に手渡すとき、「あなたの意見を聞きたいことがあります」と言ってきた。

    「私でお役に立てることなら何でもどうぞ」と筆者が答えると、シャイン氏は、1986年10月にアイスランドのレイキャビクで行われたレーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長の首脳会談のエピソードを持ち出した。

     冷戦末期、核軍縮と平和への共通のビジョンを実現させることを目指したこの首脳会談は、世界各国から多くの報道陣が詰めかけた歴史的なイベントであった。だが、シャイン氏がネス湖で「オペレーション・ディープスキャン」第一弾の準備中であるという報道が出るやいなや、日本の報道陣はすぐさまレイキャビクを後にしてネス湖に押し寄せたという。昨年の「ザ・クエスト」でも、日本からの報道陣の数が飛び抜けて多かった。日本人がネス湖ミステリーにこれほどまで関心を示す理由は何なのか、筆者の考えを聞きたいというのだ。

    「それは、日本もスコットランドと同じように、古くから妖怪にまつわる民話や怪談が数多くあるからではないでしょうか。だから日本人は、文化的にこのようなミステリーに惹かれる民族なのだと思います」と筆者が答えると、「あぁ、カッパですね!」とシャイン氏は歓喜の声を上げた。

     カッパの正体はオオサンショウウオじゃないかとシャイン氏が言うので、カッパはキュウリ好きだと信じられていること、そして寿司のキュウリ巻きは「カッパ巻き」とも呼ばれていること、そして一部の地方では、河川にキュウリをお供えしてカッパにお願いすると河川の安全が保たれると信じられていることを教えてあげた。

    「それはいい! 覚えておきますよ! 次に河川で調査活動するときには、キュウリを持って行くことにしよう!」

     穏やかな笑みを浮かべてそう宣言するシャイン氏の姿に、ハリポタ映画初期作品のラストシーンで恒例の学年末スピーチを行うダンブルドアのイメージが重なった。

    シャイン氏が率いるLoch Ness Projectのホームページ
    https://www.lochnessproject.org

    シャイン氏の最新著書『Sea Serpents』(海の大蛇)
    https://www.whittlespublishing.com/A_Natural_History_of_Sea_Serpents

    ケリー狩野智映

    スコットランド在住フリーライター、翻訳者、コピーライター。海外書き人クラブ所属。
    大阪府出身。海外在住歴30年。2020年より現夫の故郷スコットランド・ハイランド地方に居を構える。

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