ウシの体内で核爆発と同じ元素変換が起きている!? 科学者が唱えた「生物核変換」説の錬金術的視点/久野友萬

文=久野友萬

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    核爆発の時の起こる核変換が、生物の体内でも起きている――かつてフランスの科学者が唱えた現代の錬金術的な主張の中身とは!?

    生物の体内で核変換が起きている?

     空がなぜ青いのか? と不思議に思う子供はあまりいないと思うが、科学者は普通の人が不思議と思わないことを不思議に思う。

     1960年代、フランスの科学者ルイ・ケルヴランは牛や象といった草食動物が、草しか食べないのに体が大きくなるのはおかしいと思った。ジャガイモだけを食べさせた豚が脂肪をつけて太るのはなぜか。脂肪はどこからやってきたのか。

    ルイ・ケルヴラン 画像は「Wikipedia」より引用

     植物は地中のカルシウムを吸収し、体に蓄える。草食動物はそうした植物を食べ、カルシウムを取り込むが、草食動物の母乳に含まれるカルシウムは植物の持つカルシウムより桁違いに多い。

    「核爆発の時に起きる元素変換が生物の体内や自然界で起きているのではないか?」とケルヴランは考え、「弱いエネルギー核変換」や「生物核変換」と呼んだ。豚は体内でジャガイモの炭水化物からたっぷりとした脂肪を核変換で生み出しているというわけだ。

     ケルヴランは実験がしやすい動物としてロブスターを選び、脱皮前と脱皮後のロブスター体内のカルシウム量とカリウム量を調べた。すると脱皮前と脱皮後でカルシウム量が減少するのは当然としても、カリウムも減少していたのだ。くわしく調べると、カルシウムが増えた時期にはカリウムが減少していた。

     ケルヴランは麦でも実験を行った。栄養価の全くない水(酸素と水素から化学合成した超純水)を使い、栄養価のない状態で含まれる無機物の変化を調べたのだ。超純水で麦を育てるとカリウム量が減少、カルシウム量が増加した。これはカリウムがカルシウムに元素変換したためではないか?

    オーツ麦を超純水で育てる(破線の区間)とカリウム(図中上のグラフ)が減少、カルシウム量(図中下のグラフ)が138%増加したとケルヴランは発表した

     ケルヴランはカルシウムを一切与えず、代わりにカリウムを与えた鶏がどのような卵を産むかも調べた。カルシウム不足の鶏の卵は殻がどんどん薄くなったが、カリウムを与えた鶏は正常な卵を産んだという。カリウムに水素原子が融合し、カルシウムに変化したとケルヴィンは考えた。

    生物の中に宇宙を見つける魔術的視点

     生物の体の中で酵素が働き、カリウムをカルシウムに変換するとケルヴランは主張する。核融合反応に必要なエネルギーは、ニュートリノによって運ばれてくるのだという。酵素は宇宙から降ってくるニュートリノの高エネルギーを使ってカリウムからカルシウムへの元素変換を行うというのだ。

     また、ケルヴランは月も影響があると考え、新月に発芽した種を6週間後の満月の時に収穫するとカルシウム量の増加が大きくなると発表した。そして、月だけではなく太陽からの陽子シャワーの影響も考慮する必要があり、宇宙気象と生物の関係を真剣に考えるべきと主張する。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     1977年、陸軍科学技術局がケルヴランの生物核変換を検証するチームを編成、1978年に報告書を作成した。報告書は明確な回答を避け、ニュートリノが生物に作用して核反応を起こすという生物核変換はエネルギー収支から検証が難しく、物理学と生物学を統合するという点では興味深いという、ケルヴランに花を持たせつつ、事実上、生物核変換を否定する内容となっている。

     ケルヴランがこだわったニュートリノと酵素の関係は、彼が論文中で述べている「大宇宙と小宇宙の間には相関関係がある」(「Biological Transmutations and Modern Physics」P113)という言葉に象徴されている。マクロコスモスとミクロコスモスの照応、宇宙と生物が呼応するというのは呪術の世界であり、占星術であり、ケルヴランは現代物理学を使って呪術的な力を生物の中に見つけようとしていたのだ。

     しかし、ケルヴランと同様の主張を唱える科学者もいる。モスクワ科学アカデミーのA.P.ドゥブロフは自著『The Geomagnetic Field and Life(地磁気と生命)』で生物核変換に触れ、そのメカニズムは地磁気によって酵素の遺伝コードが書き換えられるのだという。遺伝コードは五芒星の対称性に基づいており、RNAは正二十面体に配置され、正二十面体上で回転することで素粒子の性質が変わり、遺伝コードの発現位置が変化するとしている。

    スピリチュアルや自然主義への傾倒

     生物の体が、体に受け入れたものから錬金術的に合成されるというケルヴランの考えは、晩年、スピリチュアルや自然志向に大きく偏っていく。

    Biological Transmutations and Modern Physics」のP121にはこうある。

    「オレンジジュースの輸送コストを削減するために、生産国で乾燥抽出物を作ります。消費国では、元の植物の水とは同位体組成が異なる水道水で再構成されます(乾燥野菜を後で再構成した場合や、粉末またはコンデンスミルクなども同様です)」
    「製品が天然であり、水が天然であっても、製品は完全に天然の製品と同じ品質を持つことはできません」
    「私たちの食生活に追加する危険な物質を明らかにしなければ、そして化学はそれを絶対に確信できるのでしょうか?」

     オレンジジュースを水道水で戻したものは元のオレンジジュースとは別物で、それは体に危険なものだとケルヴランは言っているわけだ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

     ケルヴランの研究は農学者の小牧久時やパリのパリ工科大学のバランジェらによって行われ、ポジティブな結果を得たとされるが、それ以外の科学者には追試をするだけ無駄だと考えられている。

     結局のところ、カリウムがカルシウムに変わったというのは質量分析のミスであり、ケルヴィンの考えた生物核変換は腸内細菌による生化学物質の生産でほぼ説明できる。ケルヴランの考えに賛同し、日本に書籍を紹介したのがマクロビオテック(玄米食で万病が治るとした健康法)の提唱者である桜沢如一というのが何とも言えず味わい深い。マクロビオテックでは必須アミノ酸が不足するという常識的な意見に、桜沢は生物核変換で対抗しようとしたわけだ。

     学会に全否定されたケルヴランの生物核変換だが、今でも、牛は体内で常温核融合を行ってカルシウムを作り出しているといった珍説や太古に銅を食べて金を排せつする微生物がいたという発明家のトーマス・ヘンリー・モレイのような人物を生み出している。

     ケルヴランは熱心な支持者によってノーベル医学賞と物理学賞の候補となるが受賞できず、死後にイグノーベル賞を受賞するという皮肉な結果となった。

    【参考】
    Biological Transmutations and Modern Physics」(KERVRAN)
    Biology Can Transmutate the Elements」(Eclosion Kft.)

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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