ギザの大ピラミッドーー建造方法の謎と秘められた数学的叡智/世界ミステリー入門
エジプト・ギザの大地にそびえる大ピラミッド。その「世界一有名だ古代遺跡」について、近代的な調査・研究が始まってからおよそ200年。これまでに明らかにされたことも少なくないが、それでもなお、数々の矛盾点
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自由と民主主義の国——アメリカ合衆国。さまざまな面で世界をリードしてきた大国だが、じつは建国から国家運営にいたるまで、その背後には「フリーメーソン」の存在があるという。この世界最大の秘密結社が、“理想国家”として築きあげたアメリカの真の姿とは?
目次
近代フリーメーソンが誕生したのが1717年。
フリーメーソンは、紀元前のエジプトの石工にルーツをもつといわれる秘密結社だが、実際の成立については謎も多い。
たとえば、12世紀に誕生したテンプル(聖堂)騎士団がルーツになったとか、17世紀の秘密結社「薔薇十字団」がもとになっているとか、さまざまな説が飛び交っている。
いずれにせよ、ルーツに忠実に、建設や工事現場に実際にかかわっていたフリーメーソンは、「実践的フリーメーソン」と呼ばれる。
だが、イギリスやスコットランドでは貴族や軍人、学者、商人などが会員として迎え入れられるようになってきた。彼らは「思弁的フリーメーソン」と呼ばれ、いつしか会の中枢を占めていくようになる。
「思弁的」とあるように、彼らは自分たちを、「古代の叡智を教え伝える者である」と位置づけていた。そのため、流行のコーヒー・ハウスや酒場に集っては、そこを「ロッジ(集会所)」と称して研究に励み、仲間との情報交換に熱中したのだ。
1717年、そんな彼ら「思弁的フリーメーソン」に大きな動きが起こった。古くからロンドンで活動していた4つのロッジの代表が集まり、統合的なロッジを開設するための話し合いを開いたのである。
こうして同年6月24日、「原初大ロッジ=ロンドン・グランド・ロッジ」が生まれた。
フランス革命、ロシア革命など、近代史の影で常に存在が噂される、近代フリーメーソンが誕生したのである。
そのフリーメーソンが、実際に創った理想国家——それがアメリカ合衆国(以下、本稿ではアメリカと表記する)だ。
ちなみに「アメリカ」という地名・国名は1507年にドイツ人地図制作者のマルティン・ヴァルトゼーミュラーが、イタリア人の探検家で地図制作者のアメリゴ・ヴェスプッチにちなんで、「アメリカ大陸」と名づけた地図を作ったことがもとになっている。
15世紀末、コロンブスによって「発見」されたアメリカ大陸だが、16世紀になるとヨーロッパ諸国による植民地化が本格化する。イギリスはニューイングランド植民地の領有を宣言し、租税などの搾取を強化。その結果、1775年にはついにアメリカ独立戦争が勃発。翌年には早くも独立宣言が発表され、1783年に「アメリカ合衆国」として正式に建国されたのである。
では、フリーメーソンはいつ新大陸にやってきたのか。
一説によれば、1682年に定住したジョン・スキーンという人物が、アメリカ最初のフリーメーソンだったとされる。ただし、彼が会員になったのは故郷のスコットランドである。つまり彼の場合、最初に海を渡ってアメリカにやってきたフリーメーソン、ということになる。
では、アメリカという植民地出身で、最初にフリーメーソンになったのはだれか。それは、のちにアメリカ総督になるジョナサン・ベルチャーだった。当時のアメリカにはまだロッジがなかったので、1704年にイングランドに渡ったときに、そこで加入している。
実際、アメリカにロッジが誕生したのは、1720年代後半のことだった。記憶に残る——つまりイギリスのグランド・ロッジから正式に認定された——ロッジの登場はさらに遅く、1733年にボストンで設立された「ボストン・ロッジ」が最初である。
だが、ここからはスコットランドのグランド・ロッジからもロッジの認証が行われるなど、アメリカにおけるフリーメーソンの勢力は急速に拡大していくことになる。
そんな中で勃発したのが、アメリカ独立戦争だった。
アメリカの独立戦争は、フリーメーソンによって計画・実行されたというのは、よく耳にする話だ。だが、どうもこの話は少々疑わしいようだ。
一般に、独立戦争のきっかけになったとされているのが「ボストン茶会事件」である。
当時、7年戦争で経済的に疲弊していたイギリスは、アメリカに過酷な税金をかけた。もちろん反対運動が巻き起こったが、それには徹底的に弾圧することで対応していた。
こうして両国の対立が深まるなか、大きな抗議行動が起こる。1773年12月16日、ボストン市民が港に停泊していたイギリス船ダートマス号によじのぼり、茶葉などの積荷すべてを海に投棄したのだ。これがボストン茶会事件である、
このとき市民を扇動したのは、フリーメーソンの「聖アンドレ・ロッジ」のメンバーだったといわれている。事件を起こす直前、彼らは聖アンドレ・ロッジが本部として使用していた「緑龍亭」という居酒屋から出発していったというのが理由だ。
ところが——。
実際のところ緑龍亭は、ほかの独立派の団体にも利用されていた。そのなかにはかなり過激な団体もあり、逆にフリーメーソンが抗議活動を煽ったような痕跡はまったく見あたらないのである。
また、独立戦争の渦中においても、フリーメーソンは決して一枚岩ではなかった。
たとえば独立軍の将官61名のうち、34人はフリーメーソンのメンバーだった。過半数は超えているが、そのなかにはイギリス軍に寝返って、砦を明け渡そうとしたベネディクト・アーノルド将軍のような人物も含まれていた。また、アメリカ住民でありながら、イギリス本国に忠誠を誓い、イギリス軍に参加をした者もいた。
そもそも独立を阻止する立場であるイギリス軍のなかにも、多数のフリーメーソンがいたのだ(一説にイギリス軍の敗因として、フリーメーソン同士で戦うことを嫌ったためだ、という話もあるほどだ)。
こう考えると、少なくともフリーメーソンのトップ——つまりグランド・ロッジ——から指示があり、それに従ってメンバー全員が一致団結してアメリカ建国を目指して行動した、というわけではないことがわかるだろう。
とはいえ、独立戦争の背後で、アメリカとイギリスのフリーメーソンが、ある種の連絡を取り合っていたことは間違いない。
植民地時代のアメリカは、とにかくイギリスの厳しい税制や法律で縛られていた。目的が搾取なのだから当然だが、まともな貿易活動をしていたのでは倒産さえしかねない。それを打破するためには、密輸貿易を行うしかなかった。
フリーメーソンのメンバーであれば、ロッジを通してイギリス本国はもちろん、ヨーロッパ各国にルートが開かれている、
メンバー同士、ロッジ経由で貿易を行うことで、アメリカのフリーメーソンは財産を蓄えていったのだ。それが戦時中、諜報活動=スパイにつながっていったとしても、何の不思議もないだろう。
これまで見てきたように、フリーメーソンがアメリカ独立を直接画策した可能性は、あまり高いとはいえない。だが、いざアメリカ建国の場面を迎えると、状況は一変する。フリーメーソンが関与した可能性は急激に濃くなっていくのである。
たとえば、有名な「アメリカ合衆国独立宣言」がある。この文書に署名した56名のうち、確実にフリーメーソンだとわかっているのは9名。さらにほかの10名も、メンバーである可能性があるという指摘がある。
合計19名だから、意見が分かれるところかもしれない。しかし、影響力がなかった(あるいは低かった)とは、決していえない数字だろう。
「アメリカ合衆国憲法」となると、話はさらに違う。
1788年に発効されたこの憲法は、「あらゆる観点からみてフリーメーソン文書といえるものであった」(『テンプル騎士団とフリーメーソン』三文社より)という代物なのだ。
憲法の内容を主導したのは、エドマンド・ランドルフ(初代合衆国司法長官/国務長官)、ジョージ・ワシントン(初代大統領)、トーマス・ジェファーソン(第3代大統領)、そしてベンジャミン・フランクリンと、いずれもそうそうたるメンバーだった。
ジェファーソンとアダムズを除いた3人は、アメリカ・フリーメーソンの思想的中枢を担っていた人物であり、アダムズにしても明らかなフリーメーソンのシンパだった。唯一、ジェファーソンだけは立場を異にしていたが、1対4では個人の信条や意見が通るはずもない。
しかも4人は、憲法を通じてフリーメーソンの思想を実現することに、情熱を燃やしていた。彼らは日ごろから、あらゆる決定事項をフリーメーソンの思想をもとに判断していたのだ。
アメリカ合衆国憲法は、そんな彼らにとって、理想の結実だったのである。
こうしてアメリカはフリーメーソンの理想国家として誕生する。それは同時に、フリーメーソンの理念を実現する国の誕生ということもできるだろう。
アメリカ初代大統領に就任したのは、ばりばりのフリーメーソンであるジョージ・ワシントンだった。ちなみに第2大統領となるジョン・アダムスは、副大統領に就任している。
だれもが大統領になれるというのはアメリカの民主主義を象徴する言葉だが、実際には“フリーメーソンであることが大統領への近道”という時代があった。
アメリカの大統領は、現在のトランプまで45人いるが、そのうち、はっきりフリーメーソンだとわかっている人物は14名だ。以下、列挙してみよう。
ジョージ・ワシントン(初代)、ジェームス・モンロー(第5代)、アンドリュー・ジャクソン(第7代)、ジェームス・N・ポーク(第11代)、ジェームス・ブキャナン(第15代)、アンドリュー・ジョンソン(第17代)、ジェームス・ガーフィールド(第20代)、ウィリアム・マッキンリー(第25代)、セオドア・ルーズベルト(第26代)、ウイリアム・H・タフト(第27代)、ウォレン・G・ハーディング(第29代)、フランクリン・ルーズベルト(第32代)、ハリー・トールマン(第33代)、ジェラルド・フォード(第38代)——。
ほかにも、大統領を引退したら入会するといっていた第16代のアブラハム・リンカーン(在職中に暗殺)や、正式入会直前までいったリンドン・ジョンソン(第36代)、名誉フリーメーソンと見なされていたロナルド・レーガン(第40代)も入れると17人になる。
近年でこそ、フリーメーソンの大統領は途絶えているが、それでもかなりの比率であることは間違いない。
ちなみに大統領の就任式では、『聖書』に手を置いて宣誓が行われるが、ワシントンが使用した『聖書』はフリーメーソンのロッジに置かれていたものだった。
ここまで説明してきたことからもわかるように、アメリカはフリーメーソン国家なのである。それには、いくつかの物証もある。
たとえばアメリカ経済の基本となる1ドル紙幣。そこにはフリーメーソンに関するある図案が印刷されているという。
アメリカの「国璽(こくじ)」がそれだ。
なんといっても目につくのは、13段からなる四角形のピラミッドの頂点に、巨大な目が描かれていることだろう。これは万物を見通す力をもった目で、「プロビデンスの目」あるいは「全能の神の目」と呼ばれている。
フリーメーソンはこの神の目で、未完成のピラミッドの上から人類を監視している、というのである。
ちなみにこの目は、秘密結社イルミナティのシンボルだともいわれている。だとすれば、彼らが目指す究極の管理社会=ワン・ワールドを見つめる目、という解釈も成り立つだろう。
また、ピラミッドの下に広げられた巻物に記された文字は、「新時代の秩序の到来」と書かれている。これもまた、フリーメーソンやイルミナティの理念そのものである。
ピラミッドの最下段には「MDCCLXXVI」という文字が描かれているが、これも興味深い。詳細は省くが、ローマ数字に換算して合計すると、「1776」という数になる。
これは一般に、「アメリカ独立宣言」が出された都市と解釈されるが、フリーメーソンの背後に存在する、イルミナティが結成された年でもあるのだ。
さらにもうひとつ、ピラミッドの三角形を利用し、そこにもうひとつの三角形を乗せて六芒星=ダビデの星を描いてみる。そして、それぞれの角が指す文字をつないでいくと——「M・A・S・O・N」——メーソンとなるというのだ。
さらに、首都であるワシントン市(この名前自体、フリーメーソンであるワシントン大統領にちなんでつけられたもの)にも、フリーメーソンによるくさびがいくつも見てとれる。
この街には当然、アメリカの政治・経済における意思決定の中枢機関が揃っているが、それらの中心となるのは連邦議会議事堂とホワイトハウスである。その配置には、とくに注意が払われたようだ。
というのもこのふたつの建物は、テンプル騎士団系フリーメーソンの紋章である、特殊な十字架を包含する八角形の中央にそれぞれが置かれるように、都市設計されているのだ。
それに加え、道路と重要な交差点をつないでいくと、ホワイトハウス周辺には逆さ五芒星や六芒星が、連邦議会議事堂にはフクロウの図像が浮かびあがってくるという指摘もある。
これらはもちろん、偶然ではないだろう。なぜならワシントンとジェファーソンは、都市計画の段階で図面に自ら修正を加え、そのように整えさせていたからである。
もうひとつ、ある事実をお知らせしておこう。
1793年9月18日、連邦議会議事堂の礎石を設置する式典が開催された。それはアメリカという国家の礎を新大陸の大地に据えるという、きわめて需要な儀式でもあった。
中心にいたのはもちろん、ワシントンである。彼はフリーメーソンである。彼はフリーメーソンの正装をもって、この重要な式典に臨んでいた。いや、それどころか式典自体が、完全にフリーメーソンの作法に則って執り行われたのである。
ワシントンは、同席するメンバーが所属する各ロッジの名前を彫りこんだ銀の記念銘板を礎石の上に置いた。周囲にはトウモロコシや葡萄酒、オリーブ油の容器がmフリーメーソンの作法通りに背馳され、フリーメーソンの詠唱まで行われている。
もちろんそこでは、小槌、銀の鏝(こて)、直角定規、水準器といった、フリーメーソンのシンボルも置かれていたという。
このようにアメリカは、建国の瞬間からフリーメーソンの国だった。だから、フリーメーソンと深い関わりのあるアメリカのシンボルはほかにもある。
よく知られているところでは、自由の女神像がそうだ。
ニューヨーク湾内のリバティ島にあるこの像は、アメリカ合衆国独立100周年を記念して企画され、1886年に完成した。
これは、フランスのフリーメーソンから友愛のしるしとして贈呈されたものなのである。
台座の礎石にはニューヨークのフリーメーソンによって設置されたが、そこにははっきりと、フランスのフリーメーソンに対する感謝の意とフリーメーソンのシンボルが刻まれている。
じつはフランスは、フリーメーソン同士のつながりからアメリカの独立を助けていた。自由の女神像はその友情のシンボルでもあり、同時にフリーメーソン国家誕生を祝う記念碑でもあったのだ。
さて——。
世界最初のフリーメーソン国家として生まれたアメリカは、予想以上にその理想を実現してきたといっていい。
世界をリードしてきた経済産業の重鎮、世界戦略を決める国家公務員、大統領を含む政治家、さらにはNASAの宇宙飛行士まで、フリーメーソンはあらゆる場面で活躍している。
これは陰謀論の最たるものかもしれないが、ロックフェラー財団などのいわゆる「影の支配者」が、フリーメーソンとアメリカ政府を通じて世界再編を究極の支配体制構築を目論んでいるなどと噂されるのも、それだけアメリカの力が強大になったからである。
その意味でいうと、フリーメーソンによる理想の国家建設は、あまりにも成功しすぎたのかもしれない。
(月刊ムー2017年9月号掲載)
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