「マンデラ効果」と「世界線」― 陰謀論界隈のホットワードから読み解く無敵の思考回路

文=久野友萬

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    陰謀論にどっぷりハマる人たちが頻繁に口にする「マンデラ効果(マンデラエフェクト)」や「世界線」。その背景にある理屈と思考回路の正体に迫る!

    ディープステート、銀河連合、フラットアース…

     陰謀論を信じる人の講演会へ参加した。参加費は5,500円もするのに、200人以上の参加者で会場はびっしりだ。

    「DS(※ディープステート)は子どもを殺すけど、自分たちは殺されたくないと思っている。だから世界線を変えてきたんだけど、結局、自分たちが殺される世界線しか残らなかった」

     どうもDSには世界線を変更する能力があるらしい。

    「地球が奴隷状態になっているのに、なぜ銀河連合は介入しないのか。ただし、自らの意思で奴隷になることを選んだ人たちの自由意思は尊重しなくてはいけない」

     さらに銀河連合という宇宙人が地球を監視しているらしい。会場の人たちから質問が飛んだ。

    イメージ画像:「Adobe Stock」

    「太陽をじっと凝視できる時と、痛くてできない時があります。世界線が変わっているんでしょうか」

     講演者が答えた。

    「完全にフラットアース(地球平面説)の世界線ですね。普通、太陽を何分間も凝視することはできませんから。フラットアースの太陽はプラズマなので、光が弱いから凝視できるんです」

     太陽もプラズマ…… それはそれとして、フラットアースの世界線?

    「次元が上がるとマンデラ効果が多発します」

     マンデラ効果が多発?

    「マンデラ効果」は冗談から始まった

     会ったことのない人に会ったと思ったり、記憶違いは誰にでもある。しかし100人のうち50人がまったく同じ記憶違いをしていたとすると、ただの記憶違いでは済まされない。そこには何か奇妙なことが起きているのではないか。

    ネルソン・マンデラ 「Wikipedia」より引用

     南アフリカの黒人解放運動を指導したネルソン・マンデラは、1993年にノーベル平和賞を受賞、翌年に大統領となり、2013年に亡くなった。ところが、ネルソン・マンデラは80年代に逮捕され、95才で獄中死したと記憶間違いをしている人が非常に多かったのだ。

     このように集団で同じ間違いを起こすことを、超常現象研究家フィオナ・ブルームは「マンデラ効果(マンデラエフェクト)」と名付け、世間にその名称が定着した。他に「ピカチュウの尻尾の先が黒い(実際は黄色)」、「長野県は北海道に次いで2番目に大きい(実際は岩手県、福島県に次いで4位)」、「ファンタの『ゴールデンアップル』を飲んだことがある(未発売。実際はファンタゴールデングレープとファンタアップルが同時期に発売された)」などがある。

     フィオナ・ブルームはマンデラ効果をSFネタの冗談として流行らせた。多次元宇宙の証明だ! 世界を分岐していく中で、ピカチュウの尻尾の先が黒い世界線から来た人がいる! という、SF作品の設定のような冗談である。

    「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」(架空の教団で空飛ぶスパゲッティ神が人類を作ったとする。聖書の原理主義をバカにするために作られた)や「国際信州学院大学(ネットユーザーが冗談で作った架空の大学で、よくできたサイトもある)」も同じようなものだ。
     が、やがてマンデラ効果を本当に信じ始める人が出てきた。

      現在の世界線とは別の「正しい」世界線では、中央アジアを中心にタルタニア帝国が栄え、フリーエネルギーを持つ高度な文明があった。大洪水によって泥の中に沈んだ(マッドフラッドと呼ぶ)後で、ディープステートによってタルタニア帝国が存在しない現在の世界線へと変更されたが、その記憶を持つ者によってタルタニア帝国は記録されているのだという。

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     もっとすごいのは「フィンランドは存在しない」というもの。フィンランドという国はなく、日本の漁業(!)のために架空の国家として作られ、フィンランドの国名は「フィン=魚のひれ」だというもの。考えたのはRareganというネットユーザーだ。彼が広めた冗談が、いつの間にか本当のことにされ、フィンランドのある世界線とない世界線に分かれているという話になっている。

     地球平面説も同様で、地球が球体の世界線と平面の世界線があり、自分の心が正しい時は地球は平面になり、正しくないと球体になるのだそうだ。

     大人が真顔でこういうことを言い出すと、もう冗談では済まない。

    カエルの脱皮とファンタゴールデンアップル

     人間の記憶は簡単に改竄される。心理学では虚偽記憶といい、鍵をかけたと思っていたのにかけていなかったというありがちなケースから、虐待された経験がないのに虐待されたと思い込んでしまうようなケースまで、時に人間は驚くような記憶も作り出す。だからマンデラ効果は、人間は思い込みが激しいというだけの話で、100人のうち50人がファンタゴールデンアップルを信じているケースはあり得る話なのだ。

     ところが、絶対に自分は間違っていない、自分の記憶が間違っているわけがないと思い込むとどうなるかといえば、「世界が間違っている」と言い始める。そしてマンデラ効果や世界線といったSF的な冗談を本気にするのだ。

     これは認知バイアス(偏った世界観を持つこと)の中で確証バイアスと呼ばれるもので、自分を正当化するために、正当化できる理屈や事例だけを集めることを指す。

     度が過ぎる場合には診療内科に相談するべきなのだろうが、恐ろしいことにネットを使うとどんなことでも正当化する理屈を見つけ出せる。冗談から始まったマンデラ効果を鵜呑みにし、とにかく自分を正当化する。

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     陰謀論を信じる人たちは、絶対に自分たちが間違っているとは考えない。間違っているのは世界の方なのだ。真実に気が付いたから、自分たちはDSのニセ情報に洗脳された一般市民から迫害されると考える。

     怖いなと思ったのは、次の質問を聞いた時だった。

    「物をなくしてどうしても見つからない時、自分はどんな世界線にいるんでしょうか」

     モノをなくしたら、世界線が変わったと考える? 遅刻も発注ミスもダブルブッキングも、この人に言わせれば、DSに世界線を変えられたせいだろう。無敵である。絶対に謝らない人がたまにいるが、あれは世界線が違ったから?

     講演者はこれにどう答えたか。やはり世界線がおかしいというのか。講演者は苦笑しながら、

    「それは単に探し方が悪いでしょう。ちょっと探し方を変えてみたら?」

     当たり前だ。さすがにその程度の常識はあって安心した。
     ついさっき、ネットで見つけた陰謀論者の書き込みにこうあった。

    「この世界線では、カエルが脱皮します! 私が子どもの頃、カエルは脱皮しませんでした」

     ……それは生き物に興味がなかったからですね。カエルも脱皮しますよ。ただの世間知らずが世界を間違っていると断言する、今はそういう結構な世の中になっているのだ。

    久野友萬(ひさのゆーまん)

    サイエンスライター。1966年生まれ。富山大学理学部卒。企業取材からコラム、科学解説まで、科学をテーマに幅広く扱う。

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