それは祟りか災害か? 山口県浮島の「海を渡る鼠」の脅威/黒史郎の妖怪補遺々々
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、“忘れ去られた妖怪”を史料から発掘! 今回は、襲い来る「海の鼠」にまつわる奇譚の数々を補遺々々します。
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誰も乗っていない「幽霊飛行船」が米西海岸サンフランシスコ上空を漂っていた――。第二次世界大戦中のアメリカで起きた不可解な失踪事件は今なお解決されていない。
1941年12月8日の日本軍の真珠湾攻撃にショックを受け参戦を決意した米政府と米軍は、日本軍の次の攻撃の矛先がアメリカ西海岸に向かうのではないかと警戒を強めていた。
そして実際に開戦から数か月の間に、日本海軍の攻撃で西海岸沖で少なくとも6隻の連合軍艦艇が沈没していた。さらに日本海軍はカリフォルニア州のエルウッド油田とオレゴン州の陸軍基地、フォート・スティーブンスを攻撃したのである。
西海岸沿岸の守りを確かなものにしなければならない米軍であったが、とはいえ主力級の艦隊を配置するのはナンセンスであり、戦力よりもむしろ監視を強化することが先決であった。そこで白羽の矢が立ったのが飛行船だったのだ。
きわめて低コストで運用できる小型飛行船は沿岸の対潜哨戒任務には理想的であると考えられ、さっそく実行に移されたのである。
タイヤメーカーの「グッドイヤー」が宣伝に使っていた小型商用飛行船5隻が米海軍によって接収、改修された。そして、L-4からL-8までの呼称を持つ「Lクラス飛行船」として、ニュージャージー州とカリフォルニア州の海軍飛行場で運用が開始された。
1942年8月16日午前6時3分、Lクラス飛行船のL-8は、サンフランシスコのトレジャーアイランドから離陸し、沿岸の対潜哨戒の任務に就いた。
L-8に搭乗していたのはアーネスト・コーディ中尉(27歳)とチャールズ・アダムス少尉(32歳)の2人で、どちらも経験豊富なパイロットであったが、アダムスはこのような小さな飛行船に乗るのはこれが初めてのことであった。
L-8には2基の爆雷が積まれ、1基の30ミリ機関砲で武装していた。商用船時代を含めてL-8は過去に1000回以上の飛行を問題なく行っており、定期検査も受けたばかりだった。船体には何の問題もなかったのである。
午前7時38分の無線連絡でL-8はファラロン諸島沖4マイルの地点にいることが確認されたが、午前8時50分に管制官の無線に応じずに音信不通となる。しかしこの時間の前後、付近を航行していた軍用艦と漁船によって低い高度で飛行するL-8とキャビン内の2人の乗組員の姿が目撃されていた。
午前11時15分、オーシャンビーチ沖を低高度で飛行しているL-8がふたたび目撃された。近くにいた釣り人によれば、浜辺に近づいてきたL-8のキャビン内にはこの時点ですでに誰もいなかったという。
ゆっくりと前進を続ける飛行船は海岸を超えてサンフランシスコ内陸部に進入し、ゴルフコースを抜けるとさらに高度を下げた。自動弁が開いてヘリウムガスが抜けはじめ、船体がV字型に折れて住宅地へと進んでいった。
多くのギャラリーの眼の前で、住宅地の電柱や屋敷の屋根をこすりながらL-8はゆっくり進み、最終的にデーリーシティのベルビューアベニュー419番地にある家屋の前に着地したのである。
警察と軍関係者はすぐに現場に駆けつけたが、やはりキャビン内はもぬけの殻で、2人の行方の手がかりとなるものは何もなかった。
さらに奇妙だったのは、パラシュートと救命ボートがすべて揃っていて、飛行船の無線システムが正常に機能していたことだ。無線を使うこともできれば遭難信号を出すこともできたのである。そして船体には事故にあったような損傷などもなかった。
2人の乗組員は何らかの理由で飛行船から海に飛び込んだとしか考えられないようにも思えた。
この後に大規模な捜索と調査が行われただが、最終的に何の手がかりも得られず、2人の乗組員の行動を占う痕跡は何一つ発見されなかった。80年経った今日でも、彼らに何が起こったのかは完全な謎のままである。
コーディ中尉とアダムス少尉の2人は特に問題を起こしたことのない人物であり、逃亡を図るような人間ではなかったということだが、何らかの理由で計画的に失踪を遂げた可能性は残されている。多少の武装は備えているとはいえ、敵に発見された飛行船はほぼ丸腰であるのも事実だ。それを嫌った彼らは事前に計画を立てて逃亡を図ったのだろうか。それとも、我々の想像を超えた事態に巻き込まれていたのか――。今後新たな事実や証拠がもたらされることはほぼ考えられず、まったくお手上げの未解決事件ということになるだろう。
仲田しんじ
場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji
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