70年代アニメ&マンガのムーやアトランティス「超古代文明」一大潮流/昭和こどもオカルト回顧録
アトランティス、ムー、レムリア……超古代に栄えた幻の文明という壮大な世界観について、昭和のこどもたち目線で振り返る。あのときアニメも「超古代」ブームだった!
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高度な文明を誇りながら、一日と一夜にして海中に沈んだという伝説の大陸アトランティス。 その場所については、これまで数えきれないほどの説が唱えられてきたが、近年になって、「アトランティスは南極大陸だった」という大胆な新説が発表された。 プラトンが記した地理的な位置に合致し、南極大陸が温暖な地だったことも説明がつくという、この驚くべき仮説の内容とは?
目次
二千数百年間にわたって超古代文明ハンターたちを魅了しつづけてきたアトランティス伝説。きわめて高度な文明を誇りながら、紀元前9600年ごろ、突如として起こった大地震と大洪水により、一日と一夜のうちに海中に没してしまったといわれる島大陸にまつわる謎は巨大で深い。

アトランティスはどこにあったのか、という根源的な謎も未解明のままで、研究家たちが主張する比定地は南北アメリカ大陸、ブラジル、インド、シベリア、ピレネー山脈、オーストラリア、アフリカ、北海、カスピ海、地中海、大西洋、太平洋……とその数はじつに1700か所にものぼり、百花繚乱の観を呈している。
そして、長年の論争が決着しないまま迎えた20世紀末、奇想天外というべきか驚天動地というべきか、あるいは百家争鳴の論争に終止符を打つかもしれない大胆かつ斬新な仮説が新たに提示された。
「アトランティス=南極大陸説」がそれだ。
新説の提唱者はカナダの古代史研究家ランド&ローズ・フレマス夫妻である。
アトランティス伝説は、周知のように、古代ギリシアの哲学者プラトンが紀元前4世紀に著した対話篇『ティマイオス』と『クリティアス』を最古の文献資料として紡がれてきた。

では、アトランティスの地理的位置について、プラトンはどう記述しているのだろうか。エジプトを訪れたギリシアの賢人政治家ソロンに対して、エジプトの神官はこう語ったという。
「あなた方ギリシア人がヘラクレスの柱と呼ぶ海峡(ジブラルタル海峡)の出入り口の遙か彼方に、かつてひとつの島(アトランティス)があった。その島はリビア(北アフリカ全域)とアジア(中東全域)を合わせたものより大きかった。航海者たちはその島から他の島々へ行くことができたし、それらの島々から、この真の大洋(大西洋)を取り囲む反対側の大陸全体(南北アメリカ大陸)に渡航することができた。
出入り口の内側にあるこちらの海(地中海)は港湾にしか見えないが、外の海(大西洋)のほうは真の意味での大洋であり、その周りを取り囲む陸地(南北アメリカ大陸)こそ、真の意味で大陸と呼ぶにふさわしい」


上記文中の括弧内は、アトランティス研究家の多くがほぼ同意している地理的解釈であり、それに従うなら大西洋説がきわめて有力になり、実際、支持者も多い。この大西洋説はさらに、アゾレス諸島説とビミニ諸島説に分かれるが、詳しく言及する紙数はないので先を急ぐことにしたい。
ほかに、地中海説も有力視されている。ギリシアの考古学者アンジェロ・ガラノプロスが1960年代に提示した説で、エーゲ海に浮かぶサントリーニ(ティラ)島=アトランティス説を主張した。
サントリーニ島は紀元前17世紀の初めごろ、火山の大規模噴火によって島の中央部が陥没し、そのとき発生した大津波が繁栄の絶頂期を迎えていたクレタ=ミノア文明を荒廃させたことが学問的に立証されている。


この爆発による大惨事がアトランティス伝説の原型になったのではないか、というのだ。が、サントリーニ島はジブラルタル海峡の「遙か彼方」ではなく地中海に位置し、「リビアとアジアを合わせた」ほどの大きさもないので説得力は乏しい。
そもそも、大陸と呼んでもおかしくはないような巨大な島が一日と一夜のうちに海没するとは考えにくいのだ。
加えて、プラトンの文章には「真の大洋」の「周りを取り囲む陸地」という奇妙な記述がある。海が大陸を取り囲むというなら理解できるが、陸地が海を取り囲むとはどういうことなのか……。
そうした点に疑問を抱いたフレマス夫妻は、従来、話題にも上らなかった南極大陸に着目した。
夫妻はいう。
「南極上空の衛星軌道上から見ると、地球に存在する海洋はたったひとつであり、その中心にあるのが南極大陸だ。つまり南極大陸こそがアトランティスであり、ソロンに知識を与えた神官は、アトランティスを中心として見たアトランティスの位置を語ったのだ」
世界には7つの大陸と7つの海があるとされるが、それはヨーロッパを地球の中心と見なす考え方から発した地図上の便宜的な区分でしかない。
実際、南極大陸を中心に投影した世界地図を見れば一目瞭然なように、大西洋、太平洋、インド洋は南極の周囲を取り囲むひとつの巨大な海洋になる。それこそが、エジプトの神官が語った「真の大洋」なのであろう。
しかも、その「周りを取り囲む陸地」も鮮明に浮かびあがってくる。南極以外の大陸は、真の大洋を取り囲むひとつの巨大な大陸塊のように見えるではないか。その大陸塊こそが「反対側の大陸」なのであろう。

アトランティスの位置を特定するための文字情報はプラトンの記述しかない。すべての説はそこから出発している。となると、南極大陸説はにわかに高い信憑性を帯びてくるのだ。
それだけではない。いくつかの古地図もまた南極大陸説を補強する。たとえば、1665年に出版されたアタナシウス・キルヒャー著の『地下世界』に掲載されている地図(通称「キルヒャーの地図」)には、次のような説明文が付されている。
「エジプト人の見解とプラトンの解説による、現在は海に沈んでいるアトランティスの位置」
キルヒャーはイエズス会士で、当時の第一の学識者。地図の制作年代は不明だが、ローマ人がエジプトを占領したときに盗みだされ、17世紀になってキルヒャーが再発見したといわれる。
南北が逆になっているが、そこに描かれるアトランティスの地図は、氷を除去した南極大陸の地形と酷似しているのである。


南極大陸を描いた古地図といえば、「ピリ・レイス地図」にも言及しておかなければなるまい。

この地図はオスマン・トルコのピリ(提督の意)・レイスが1513年に20枚の古地図をつなぎ合わせて制作したもので、1929年にコンスタンチノープル(現イスタンブール)のトプカピ宮殿で発見された。
このピリ・レイス地図には、南アメリカ、西アフリカの一部に加え、南極大陸の一部を形成する海岸線らしきものが描かれているのだ。
のちにこの地図を入手したアメリカ人のアーリントン・H・マレーは細部まで検証し、地図に描かれている南の部分は南極の氷床下に隠されている地形の輪郭を表している、と結論づけた。
アメリカ・ウエストオーバー空軍基地で地図制作部門の長を務めるロレンゾ・W・バローズ大尉も、地図に描かれた南の部分が南極大陸のプリンセス・マーサ海岸とパーマーランドにぴたりと符合する、との結論を出した。
凍結していない南極大陸を描いた地図はほかにもあり、1531年に制作されたオロンテウス・フィネウスの地図、1737年にフィリップ・アッシュが出版した南極図などが有名だ。

それにしても、なぜ、そんな地図が存在するのか。
厚い氷に隠れた部分の存在とその地形的特徴が判明するのは、1949年にスウェーデン、イギリス、ノルウェーの3か国が共同で氷床上から音波測定を行って後のことなのである。
南極大陸が氷冠に覆われたのは約6000年前とされる。となると、上にあげた地図の原図の制作は紀元前4000年より前になる。
謎はまだある。ピリ・レイス地図は、驚くべきことに高度な地図投影法を用いて描かれているのだ。
地図投影法とは、地上のある一点を中心として全体図を描く平射図法という技術で、地球表面上での投影面との接点の対蹠(たいしょ)点に視点を置く図法をいう。ちなみに、北極を中心にした国連旗の図柄はこの図法で描いたものだ。
地図投影法で地図を描くには相当に高度な数学・計測工学知識が必要になる。紀元前4000年以前の人類に、そのような知識があったとは到底考えられないではないか。
かくて、仮説が唱えられた。現代人類よりも先に先進文明を有する人々がいた、すなわち現代文明に先行する太古超文明が存在していた、とする仮説だ。
提唱者はアメリカの人類学者チャールズ・ハッチンス・ハプグッド。ピリ・レイス地図、キルヒャーの地図などの古地図を10年間にわたって研究した末に導きだした結論だった。

そのハプグッドは、アトランティスが海没したとされる1万2000年以前には、南極大陸の少なくとも一部は温暖だった、という説も唱えている。
その根拠とするところは、自ら理論づけた「地殻移動理論」だ。1958年に彼が著して論を展開した『地球の移動する地殻』を読んだ物理学者アルバート・アインシュタインは親書をしたため、その理論を激賞したという。
現在の地球物理学では、プレート・テクトニクス理論がほぼ定説になっている。この理論は地球の長期にわたる緩やかな活動を説明するには有効だが、これまで地球上で何度か起きたとされる、より劇的で急激な地殻の変動を説明することはできない。
これに対し、ハプグッドの地殻移動理論は、地球上の全プレートが同時にズルリと滑るように移動すると説く。ミカンやオレンジなど柑橘系果物の表皮だけがズルリと動くような現象と理解すればいいだろう。
この地殻移動時、大地震や津波、大洪水などは起こりうる。つまり、プレート・テクトニクス理論では説明不能な劇的で急激な地殻の変動を無理なく説明できるのだ。
しかし、全プレートが同時に移動するので、大陸相互の位置関係には何の変化も生じず、地軸の傾きにも影響することなく、各プレートはそれまでとは別の場所へ移動する。結果として、南北両極の場所も位置が変わり、寒冷地が温暖地になることもあるし、その逆もありうることになる。
ハプグッドは過去の磁極の痕跡を研究する古地磁気学をもとに、かつての極の位置を計算。北極が現在の位置になったのは1万2000年ほど前で、それ以前にはカナダ北東部のハドソン湾付近にあったことを突き止めた。
北極圏の中心がハドソン湾(北緯60度/西経83度)付近にあったのなら、対蹠点の南極圏は南インド洋の南緯60度/東経97度付近にあったことになる。
したがって、1万2000年以前の南極大陸の西側(南アメリカ大陸に向かって動物の尾のような形で伸びる西南極)は南極圏に入っておらず温暖だった、とハプグッドはいうのである。
事実、西南極は降雪量が多いにもかかわらず、氷床は薄い。一方、東南極は降雪量が少ないにもかかわらず、3000メートルもの厚さがある氷床に覆われている。この謎も、ハプグッドの理論に従えば容易に解ける。



東南極には何千年も前から氷が蓄積されていたが、西南極は極地圏外にあって温暖だった。そして1万2000年ほど前の急激な地殻移動の結果、西南極は南極圏内に引きずり込まれたのである。

アトランティス=南極大陸説を構想していた前出のフレマス夫妻は、上のようなハプグッド理論を知ることで、自らの仮説に絶対的な確信を抱いた。
プラトンの地理的記述に加え、約1万2000年前=紀元前9600年ごろの西南極が温暖地だったことを無理なく説明できるようになったからだ。
アトランティス=南極大陸説を補強する科学的傍証はほかにもある。1993年2月、権威ある科学誌として有名な「ネイチャー」に、「西南極の氷床下の活火山と、氷床の安定性に対するその影響」と題する興味津々の論文が掲載された。
それによると、アメリカの資源探査衛星ランドサットが、西南極の氷床面下1400メートル地点に正確な円形構造が存在していること、その円形構造には特殊な磁気異常が見られることを確認した、というのである。
この円形構造と磁気異常が意味するところはきわめて重大だ。
アトランティスの首都ポセイディアは巨大な運河で外海と結ばれた半径約2キロの環状都市で、円形の中央島の都心部には神殿と王宮があり、3重の環状内堀と2重の環状陸地に囲まれていた。そして神殿や王宮、環状陸地の壁などは金銀やオリハルコンをはじめとするさまざまな金属をふんだんに使って装飾されていた、とプラトンは記している。
大規模な金属構造が磁気異常を惹き起こすことは広く知られているとおりであり、ランドサットが確認した円形構造が環状都市ポセイディアの遺跡である可能性は高まらざるをえないのである。
その推理が的を射ているのなら、ポセイディアはおよそ1万2000年前に起こった地殻移動に伴う巨大地震と巨大津波(大洪水)によって潰滅的打撃を受けたばかりか、一気に南極圏内に引きずり込まれ、氷の下に埋もれてしまったことになる。
アトランティスは海没して消滅したのではなく、その遺跡は南極大陸の分厚い氷床の下に眠っているかもしれないのである。

●参考資料=『アトランティスは南極大陸だった!!』(ランド&ローズ・フレマス著/宇佐和通訳/学習研究社)、「アトランティスはどこにあったのか!?」(南山宏ほか/「ムー」200号所収)、「アトランティス聖地の刻印」(松田アフラ/「ムー」260号所収)ほか
(月刊ムー 2011年2月号初出)
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