バアル神を祀った巨大神殿遺跡「太陽の都」はいかに建造されたのか? 「バールベックの巨石」の謎

文・写真=辻丸純一

    地中海に面した中東の国レバノン。 岐阜県ほどの面積しかないこの小国に、謎のオーパーツ「バールベックの巨石」が存在する。 現代の技術では持ちあげるどころか、動かすことすらできないこの超巨石を目指して、世界最大のローマ神殿都市バールベックを訪れた。

    運搬不能の巨大オーパーツ「バールベックの巨石」

     バールベックといえば、本誌の読者ならまず思い浮かぶのが「バールベックの巨石」ではないだろうか。

     オーパーツ=「場違いな加工品」として、本誌でも何度か取りあげているこの石は、長さ21.5メートル、幅4.8メートル、高さ4.2メートルという巨大さで、バールベックの遺跡から800メートルほど離れた石切場に放置されているものだ。切り出された石としては世界最大のものとされている。

     桁違いの大きさもさることながら、驚くべきはその重さだ。推定重量はおよそ2000トン。それだけの重さの巨石が、石切場から切りだされ、現在の位置まで運ばれたのである。

     現在、世界最大のクレーン運搬装置といわれるのは、アメリカのNASAが宇宙ロケットの移動に使用するものだが、運搬可能な重量の限度は700トンである。つまり、現代における最新鋭の技術をもってしても、バールベックの巨石は1ミリたりとも動かせないというわけだ。

     仮にこの巨石を人力で運ぶとすると、4万人が必要だという。しかし、これはあくまでも計算によるもので、実際には、それだけの力をひとつの石に集中させる方法はまだない。

     謎はほかにもある。この巨石はほぼ正確な長方形の石柱に切りだされているが、この状態で石切場から切りだすこと自体が不可能だというのだ。

     いったいどんな方法で切りだされ、ここまで運ばれてきたのか――。
     これが、この石がオーパーツとされるゆえんである。

    石切場近くに残された超巨石。人間と比較すると、その巨大さがよくわかる。あまりの重さで、数千年の間に地面にめり込んだと考えられる。

    ローマ帝国の大いなる遺産「バールベック」

     筆者は今回、シリアの首都ダマスカスからレバノンに入るルートをとった。陸路での国境越えである。日本を出るときにいろいろな話を聞いていたが、シリア人ガイドが一緒だったこともあり、拍子抜けするくらいスムーズに通過することができた。

     レバノンに入国すると、車窓の景色は一変した。今まで砂漠ばかりだった風景から、緑豊かな畑が続き、遠方には山脈も見える。

     バールベックは首都ベイルートから北東に約85キロ、ふたつの山脈に挟まれたべカー高原のほぼ中央に位置する。

     バールベックとはアラビア語で「平原のバール」という意味で、ここは古代パレスチナの豊穣神バアル信仰の中心地であった。フェニキア人国家の重要都市として栄えていたバールベックは、紀元前4世紀にアレキサンダー大王に征服されると、「ヘリオポリス(太陽の都)」と呼ばれるようになった。そして、太陽神としての性格も有する土着の神・バアル神は、やがてギリシアの神々と習合していったのだ。

     紀元前1世紀にローマの支配下に入ったバールベックは、歴代の皇帝によってローマの神々を祀る神殿が築かれ、あるいは拡張されて、壮大な神殿都市に姿を変えていく。

    ベカー高原に屹立するバールベックの神殿群。この地は、ローマに支配される以前から交通の要衝として栄えていた。

     バールベックは主にジュピター神殿、バッカス神殿、ヴィーナス神殿の3神殿で構成されている。特に圧巻なのが、英雄ユリウス・カエサルによって建設が始められたというジュピター神殿だ。

    バールベックのシンボルともいえるジュピター神殿。手前は落ちた梁の部分で、手の込んだ細工からも壮麗な神殿の姿が想像できる。

     遠方からでもその偉容が望める神殿の柱は、高さ22メートル、実に7階建てのビルに相当する。現在は6本を残すのみだが、直径2.2メートルもある巨大なこの柱が、かつては54本も建ち並んでいたというから、想像を絶する規模である。その大きさはアテネのパルテノン神殿を遙かに凌いだという。

     バッカス神殿は、ジュピター神殿よりは小振りだが保存状態もよく、数千年たった今も、往時の荘厳さをとどめている。

    バッカス神殿の外景。
    バッカス神殿の内部。現存するローマ神殿の中で、もっとも保存状態がよいとされる。
    バッカス神殿正面入口の天井部分を下から望む。フェニックスや天使など、繊細なレリーフが施されている。
    ブドウの木と、ワインを手にした酒の神バッカスが描かれたモザイク画。
    バッカス神殿では、天井や柱頭などのいたるところに、人物やライオン、雄牛、ブドウ、ケシの花などの装飾が見られる。

     ヴィーナス神殿は発掘の途中で、まだまだ手つかずといった印象だが、作業が進み、以前の美しい姿を取り戻す日を期待したい。

     3つの神殿以外にも、幅が43メートルもあったという入り口の階段や、六角形の中庭、生け贄の祭壇が残る大庭など、見どころは尽きない。

    遺跡の入り口付近。4本の円柱の下にはエジプトの石で作られた階段があり、左側の遺構を抜けると六角形の前庭が広がる。
    かつてはバラ色の御影石の石柱に囲まれていた大庭。現在は基礎部分と、中央に生け贄用の祭壇が残るのみだ。

    巨人の力? セム族の魔術? 巨石建造物が秘める謎

     バールベックは、とにかくその規模の大きさに圧倒される遺跡だ。なぜこれほど巨大なものにする必要があったのか、使用したのは本当に人類なのか。

     先にも述べたように、現在見られるローマ神殿が造られる前は、ここはフェニキア人の信仰の地だった。ジュピター神殿などの基壇部分は、もともとそこにあった神殿のものを利用しているのだ。基壇部には1200~1500トンの巨石が使われており、その大きさと重さは、冒頭の「バールベックの巨石」に近い。

     バールベックはアダムの息子カインが建てたとする伝説があることからも、フェニキア人が活躍した紀元前1200年ごろには、すでに巨石を使った神殿が造られていたのだろう。
     フェニキア人とは古代セム族の一派で、『旧約聖書』によると、セム族は大洪水を逃れて生き延びたノアの長子セムを始祖とする。古代アラビアの伝説によれば、このセム族が神殿を建てたとき、身長が普通の人間の数倍はあるという巨人たちが、その建設を手伝ったという。

     巨人については、世界中にさまざまな伝説や遺物があるが、『旧約聖書』にも、はっきりと巨人の記述が残されている。「ネフィリム」と呼ばれる存在がそれだ。彼らはノアの大洪水以前から地上に存在したとされ、バールベックが造られた時代にも生き延びていたと考えれば、巨石建造物の建設においては、強力な助っ人になったことだろう。

     一方、セム族は魔術を使って巨石を宙に浮かせることができた、という伝説もある。古代文明の研究家の中には、古代人は重力を自在にコントロールできる技術を持っていたと推測する意見もあり、この伝説も完全に無視するわけにはいかないだろう。

     この古代セム族のことを、異星人や超古代文明の末裔ではないかと考える説もあるようだが、いずれにしても現代の技術ではとうてい及ばない運搬技術を、彼らが持っていたことだけはたしかである。

    高さ22メートル、世界でもっとも高いジュピター神殿の柱。これほどのものを、はたして本当に人力だけで建てることができたのだろうか。

     現在のバールベックの遺跡は、彼らの時代から遙かに時を隔てて建てられたものだ。だがローマの支配下において、おそらく建設に携わったであろうフェニキア人たちの、記憶の奥に刻まれた古代セム族の秘術が用いられたと考えるのは、途方もないことだろうか。

     いつか、あの2000トンの超巨石を動かす方法が見つかったときに、この巨大な建造物は驚くべき真実を語り出すかもしれない――。

    (月刊ムー 2005年2月号記事を再編集)

    辻丸純一

    1948年 長崎生まれ。写真家。1973よりフリーとして活動を始め、雑誌、広告を手掛け、個展も富士フイルムギャラリ「ピーターラビツト世界」、写真集にパプアニューギニアの先住民祭り「シンシン」第三書館、写真紀行として「スコットランド紀行」千早書房、マヤ遺跡「マヤ・グアテマラ・ベリース・メキシコ」雷鳥社など多数。

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