地獄へ導く正二十面体パズル「リンフォン」と「人形神」/朝里樹の都市伝説タイムトリップ

文=朝里樹 絵=本多翔

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    正体不明の白い多面体「リンフォン」。押す・回す・引く――その操作のたびに姿を変え、持ち主の周囲では次々と怪異が起きる。

    変形する多面体が開く恐怖の門

     地獄とは、生前に悪行や罪を犯した人間が死後に赴くとされる場所を呼ぶ言葉で、文化、地域を問わず多くの民間信仰や宗教にこれに該当する概念が存在する。もちろん、その信仰するものによって地獄の内容は異なるが、落ちた人間が苦しむ世界であることは共通している。

     そして、そんな地獄への入り口となる物体にまつわる話が、21世紀に入ってから登場する。2006年5月13日、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)オカルト板の「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?129」スレッドにて語られたのだ。その物体はあるアンティークショップで売られていた正二十面体の形をした奇妙な置物で、「リンフォン」という名前だった。

     リンフォンは20面のそれぞれを押したり、回したり、引っぱったりすると、別の面が隆起・陥没し、形を変えていく仕組みになっており、「熊」「鷹」「魚」の順に変形する。
     あるとき、若いカップルがそのアンティークショップを訪れ、彼女のほうがこれを買い取った。
    その後、彼女のほうが変形させて遊んでいたところ、リンフォンが変形するにつれ、彼女やその恋人のもとで怪異現象が起きるようになった。
     はじめの異変はリンフォンが熊を経て鷹の形に変わってから発生した。携帯電話にかかってくる奇妙な電話だった。液晶画面には着信相手として「彼方」と表示され、電話に出ると町の雑踏のような音と大勢の話し声のようなものが聞こえたという。電話はその翌日の昼間にもかかってきたが、今度は「非通知」と表示され、通話ボタンを押すと「出して」という男女大勢の声が聞こえ、通話は切れた。
     その次に異変が起きたのは、リンフォンがほぼ魚の形になったころだった。彼女の部屋に泊まった男性は、夢の中で暗い谷底から大勢の裸の男女が這い登ってくる光景を見る。彼はそれから逃げるため、必死に崖を登ったが、頂上に手を掛けたところで女に足を摑まれ、「連れてってよぉ!!」と叫ばれたという。
     翌日、ふたりは携帯ショップに向かったが、異常は見つからず、気分転換に占いにいくことにする。しかし占い師はふたりを見た途端、彼らに帰るように告げた。
     納得できない男性が理由をたずねると、占い師は女性のうしろに動物のオブジェのような物が見えると教え、それ以上はいいたくないし、見たくもないと口をつぐんだ。しかし男性がさらに問い詰めると、占い師は「あれは凝縮された極小サイズの地獄です! 地獄の門です! 捨てなさい!」と絶叫した。
     それを聞いたふたりはすぐにリンフォンを捨てた。以降、怪異は起きなかったが、数週間後、カップルの女性のほうがあることに気づいた。
     リンフォンはアルファベットで「RINFONE」と書く。それを並び替えると「INFERNO(地獄)」となることに。もし最後の「魚」の形が完成していたらいったいどうなったのか、その疑問を残して話は終わる。

     この話に出てきた「INFERNO」とは英語やイタリア語でキリスト教における地獄を表す語だ。この語と同じ原題をもつダンテの叙事詩『神曲』の「地獄篇」では、地獄の門の前に「この門をくぐる者はいっさいの希望を捨てよ」と書かれていたという。
     もしあのまま「魚」の形を完成させていたら、地獄への門が開き、そちらへ引き込まれるか、それとも地獄の住民たちが現世に現れるのか、いずれにせよろくなことは起きていなかっただろう。

     そして、リンフォンよりも以前から、日本には所有者を地獄へと導くとされる物体が伝わっていた。その物体は、「人形神」と呼ばれている。

    地獄の門INFERNOに隠された暗号

    「民間伝承」13巻12号に掲載された佐伯安一の「砺波のヒンナ神」によれば、人形神は富山県の砺波地方(現在の砺波市)に伝わるもので、文字通り人形のことだが、その作成方法がかなり特殊で、3年間で3000人の人々に踏まれた墓地の土でつくられるとされる。さらに念の入ったものだと、7つの村の7つの墓地から取ってきた土を人の生き血で捏ね、自分の信じる神の形につくり、その上で人のよく通るところに置いて1000人の人々に踏ませる。
     また、別の話では、3寸(約9センチ)ほどの大きさの人形を1000個つくって鍋に入れ、ぐつぐつと煮るとその中からひとつだけ浮かび上がってくるものがある。これはコチョボと呼ばれ、1000の霊が籠もっているといわれていた。

     こうして完成した人形神を祀ると、ほしいものは何でももってきてくれるようになり、さらに「今度はなんだ」と催促までするため、たちまち裕福になる。しかし、その人形の持ち主が死んだとき、人形神はいっさいその人間から離れなくなる。それどころか、その人間はひじょうに苦しみながら死に、最後は地獄へと落ちるのだという。
     この人形神から離れるためには、笠を被り、人形神を懐に入れて川へ入る。すると苦しさから、人形神が笠の上に登るため、そっと笠を川に流す。すると人形神はこの笠の下に自分の持ち主がいると考え、そのまま流されていくという。
     また、この地方ではだれかの家が急に栄えると、人形神を祀っていると噂された。

     このように特定の家が突然繁盛した場合、何らかの怪異・妖怪が憑いていると考えられることがあった。これは総称して「憑き物」と呼ばれるが、人形神も憑き物の一種であったと考えられる。
     しかし、もし本当にリンフォンを変形させたり、人形神をつくり上げたとき、何が起きるかはわからない。地獄への扉は、われわれが思うよりもすぐ近くに存在しているのかもしれない。

    (月刊ムー 2025年12月号掲載)

    朝里樹

    1990年北海道生まれ。怪異妖怪愛好家。在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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