ミステリー記念日に贈る5つの「おかしな人たち」話/妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

    ミステリー記念日に合わせて、行動も存在もミステリーな各地に伝わる怪異譚を補遺々々しました。ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

    ミステリーは突然に

     10月7日はミステリー記念日です。
     1849年10月7日に小説家エドガー・アラン・ポーが亡くなったことから、彼の功績を讃えて作られた記念日のようです。
     そこで今回は、ミステリーなモノたちをご紹介したいと思います。〈ミステリー〉を辞書で引きますと、「神秘」「不思議」「霊妙」と出てきます。妖怪なんですから、不思議で神秘的なのは当たり前……なのかもしれませんが、中でも行動や存在がミステリーな、ちょっと変な怪しいものを集めてみました。

    橋の上でじっと座る男

     岐阜県金山町(現・下呂市)の田淵に橋がありました。
     ある時から、この橋の上に毎日、ひとりの男が座るようになりました。
     なぜ座っているのかはだれもわかりません。ただ、座ってじっとしているのです。
     そのまままったく動かないのかと思うと、人が橋を通りかかると、なぜか男は川の中へ飛び込むのです。そして、人が通り過ぎると、男はまた橋の上に座ってじっとしています。
     村人は男のこの行動に呆れていました。意味がわかりませんし、なんだか気味が悪いです。村人たちは、この男を金山から追い出してしまいました。
     すると今度は、上沓部に架かるチンドリ橋に男は現れました。
     何をするのかというと、また同じです。
     毎日、橋の上にただ座っているのです。
     ここの土地の人たちも男の無意味で気味の悪い行動に呆れ、追い出してしまいました。
     そんなことがあった数年後。
     群上(ぐんじょう)の地に【鬼】が現れました。
     人々は恐れおののきましたが、ある武士がこれを退治してくれました。
     その鬼は、橋の上に座っていた男に違いなかったそうです。

    墓の中にじっと座る少年

     沖縄県、屋我地島(やがじしま)の我部村(がぶむら)に暮らす、15歳の少年の身に起きた出来事です。
     ある日の夜、少年は自宅を出てから、そのまま行方不明になってしまいました。
     村では大騒ぎになり、海辺や森を捜索しましたが、どこにも彼の姿はありません。
     見つからないまま、1週間が経ったころでした。
     諦めず、今度は墓場を捜索しようということになり、みんなで少年の家の墓を開けてみたのです。すると、なんということでしょう。
     墓の中に、少年が座っているではありませんか。
     どうも何かに憑かれているようで正気ではなく、振る舞いなども異常であったということです。
     このように、村人が夜間、何者かに墓場に連れていかれるような事件が、昭和の初期ごろまで、よくあったそうなのです。

    じゃんけんに命をかけた兄弟

     鹿児島県出水郡に、一郎、次郎、太郎という3人兄弟がありました。
     ある日、紫尾山(しびざん)に山登りに行った人が帰ってこないので、村人たちで話し合い、3兄弟が捜しに行くことになりました。
     一番先に長男が向かいました。
     えっちら、おっちら、山に登って、日が暮れだしたころ。
     お宮を見つけたので、そこに泊まっていくことにしました。
     しばらくして、「ごめんなさい」と、盲目の坊主がお宮に入ってきました。
     坊主は出し抜けに、「じゃんけんぽんをしよう」と長男にいうのです。
     じゃんけんで負けたほうの頭を打つ、そんな遊戯をしようじゃないかというのです。
     大変つまらなそうですが、よほど退屈だったのでしょう、長男は承諾しました。
    「じゃん、けん、ぽん」
     長男が負けてしまいましたので、坊主が長男の頭を打ちました。
     すると長男は、ころりと死んでしまいました……。
     いくら待っても長男が戻ってこないので、次は次男が向かいました。
     しかし、次男も同じように殺されてしまいます。
     ふたりとも帰ってこないので、今度は三男が向かいます。山の中にお宮を見つけたので、もう遅いからと泊まっていきますと、しばらくして「ごめんなさい」と、盲目の坊主が訪ねてきました。坊主は、じゃんけんぽんをしよう、といいます。負けたら頭を打たれる遊びをしようというのです。三男は受けて立ちました。
    「じゃん、けん、ぽん」
     あっ。三男も負けてしまいました……。
     すかさず坊主は三男の頭を打ちました。
     チリン、ガラン。
     長男も次男も、この一発で死んでしまったのに、三男は無事でした。実は、彼はじゃんけんをする直前、近くにあった釜を頭にかぶっていたのです。釜はパッカリと割れてしまいましたが、三男の頭は無傷です。
     次は三男が坊主の頭を打つ番です。近くにあった鉈を掴んだ三男は、それで坊主の頭を思い切り殴りました。坊主が慌てて逃げだしたので、三男はすぐに追いかけます。
     やがて、三男は洞窟に着きました。中に入っていくと、大きな蜘蛛の巣の真ん中に、先ほどの坊主がいます。近くには、兄が持っていった刀が落ちていました。
     この坊主は、蜘蛛の化け物だったのです。
     三男は蜘蛛の化け物を退治し、無事に山を下りて帰ったのでした。

    裸武兵衛と疫病神

     大酒飲みで暴れん坊の【武兵衛】という男がいました。
     どんな寒い日でも裸でいるので、村人たちは彼を【裸武兵衛】と呼びました。
     大酒飲みで暴れん坊で裸ん坊の彼ですが、性根は善人のものだったそうです。
     ある夜、お宮の拝殿の床下で寝ていると、そこに白髪の老人が現れました。
     老人は、【疫病の神】だと名乗りました。
     老人姿の疫病の化身は、武兵衛と兄弟分になりたいと言うのです。
    「お前が来れば、俺は逃げる。お前は、この疫病神を追い払う役目をするのだ」
     それだけいうと、老人は消えてしまいました。
     その後、武兵衛の仕事仲間のひとりが熱病にかかりました。
     どんどん熱は上がっていき、とても危険な状態です。
     しかし、武兵衛が患者に触れると、どういうわけか、あっという間に熱が下がります。
     そうなのです。
     常に裸のこの男は、不思議な力を持っていたのです。
     その後、笹洞村で傷寒(しょうかん)という疫病が発生しました。
     村人たちは白山権現にお百度参りで願掛けをしましたが、悪疫の触手はどんどん伸びて広がっていき、被害は拡大していくばかりです。
     そんな絶望的な状況の時——。
     ふんどし一丁の裸の男が、村を訪れたのです。
     武兵衛です。
     彼はさっそく、医者に見放された熱病患者のもとに行き、その肌に触れました。
     患者の熱はたちまち下がっていきました。この力で疫病の神を村から追い払った武兵衛は、苦しんでいた村人をみんな元気にしていきました。
     村人たちは、いつも裸の武兵衛の神通力を「疫病追い払いの神」として祀りました。
    『金山町誌』によると、岐阜県下呂市金山町菅田笹洞(すがたささほら)にある神社の境内に、【はだか武兵衛】と刻まれた石があるといいます。今でも、この石碑に向かって願うと、どんな病でも全快するそうです。

    あの袋を広げる男

     ある炭焼きの男が、炭焼き小屋で白炭をいじっている時でした。
     突然、隠居がやって来て座り込んだかと思うと、自分の金玉を広げ始めました。
     それがいくらでも広がるので、これは包み込まれたら大変だと怖くなった炭焼きの男は、石を焼いたものを、隠居の広げたモノのなかに放り込みました。
     隠居は大慌てで逃げ出しました。
     その後を追っていくと、谷川の淵で【ひひざる】が死んでいました。
     香川県綾歌郡綾上町に伝わるお話です。

    【参考資料】
    『綾上町民俗誌』〈1982年〉
    『金山町誌』〈1975年〉
    『川内地方を中心とせる郷土史と伝説』〈1936年〉

    黒史郎

    作家、怪異蒐集家。1974年、神奈川県生まれ。2007年「夜は一緒に散歩 しよ」で第1回「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞してデビュー。実話怪談、怪奇文学などの著書多数。

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