わからないほうがいい……見てはいけない「くねくね」と「唐津城の妖怪」/朝里樹の都市伝説タイムトリップ

文=朝里樹 絵=本多翔

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    正体不明の白き異形は何を告げるのか。ネット時代に生まれた都市伝説の深層を探るとき、そこには〝視てはならぬもの〞の系譜が浮かび上がる。

    見た者はおかしくなるネットに現れた白きもの

     2001年7月7日、2ちゃんねるオカルト板に立てられた「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?6」スレッドにある話が書き込まれた。

     ひとりの少年が兄と一緒に母方の実家に遊びにいったときのこと。その日、外は晴れていたが、兄弟は家の外で遊ぶ気がせず、家で遊んでいた。
     そのとき、ふと兄が立ち上がって窓の向こうを見た。そこで少年も彼の視線を追ってみると、真っ白な服を着た人間が見えた。何か動いているようだったため、何をしているのかと見つづけていると、白い服を着た人がくねくねと動きはじめ、次第に人間の関節ではありえない、不自然な方向に体を曲げはじめた。
     少年は兄にあれは何をしているのかと聞いたが、兄もわからないと答えた。しかしその直後、兄はそれが何だか理解した。少年は兄に教えてくれるように頼んだが、兄は「わかった。でも、わからないほうがいい」としかいわなかった。
     その後、兄は精神を壊してコミュニケーションがとれない状態になり、結局あのとき何を理解したのかは不明だという。

     この話はもともと「怪談投稿」というWEBサイトにおいて、2000年3月5日に投稿された「わからないほうがいい……」という体験談だった。この時点では現れた不可解な存在に名前はつけられていなかったが、先述したように2ちゃんねるに転載された後、2003年3月29日、同じくオカルト板の「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?31」スレッドにて、「わからないほうがいい……」とそっくりな経験をしたという人物が現れた。

     その報告者はこの話と自分の体験を重ね合わせるととても怖かったため、その体験をもとに「わからないほうがいい……」と混ぜ、詳しく書いたという体裁の話が投稿された。

     それによれば、報告者がお盆に秋田県の祖母の家に帰省した際、兄と田んぼで遊んでいると、突然風がやみ、続いて気持ち悪いぐらいの生ぬるい風が吹いてきた。そのとき、報告者は兄が遠くにいる案山子をじっと見ていることに気づいたため、理由をたずねると、兄は「いや、その向こうだ」という。そこで案山子のさらに奥を見ると、田んぼの向こうに人ぐらいの大きさの白い何かがくねくねと動いているのが見えた。
     このとき、報告者の兄がその正体を確かめようと望遠鏡を覗いてそれを見た瞬間、様子がおかしくなり、「わカらナいホうガいイ……」と普段の兄とは違う声でいったという。
     そして兄はその後、精神に異常をきたしたように笑いながら、白い物体と同じようにくねくねと動くようになった。すると彼らの祖父が慌てた様子で駆け寄ってきて、「あの白い物体を見てはならん! 見たのか! お前、その双眼鏡で見たのか!」という。
     それに対し報告者がまだだと答えると、祖父は安心したように泣き崩れた。
     しかし兄のほうは奇妙な動きを止めず、祖父はこうなるともうもとに戻らないため、何年かしたら田んぼに放してやるのがいちばんだと語った。そして話の最後に報告者が両親の車で家に帰る途中、祖父の家に残してきた兄のことを思いながら田んぼを双眼鏡で覗いていると、あのくねくねとした存在を見てしまう顚末が語られ、最後に「くねくね」という言葉を残して終わる。

     先述したようにこの話は「わからないほうがいい……」の話が織り交ぜられており、実際には恐怖体験はなかったとされているため、かなり創作が混ざっていると思われる。そもそも本当の体験談だとすれば、くねくねの正体を見てしまった報告者が電子掲示板に書き込んでいること自体に矛盾が生じる。
     しかしこの話をきっかけにこの奇妙な存在を指す呼称として「くねくね」が一般的になり、くねくねと人間にはありえない動きをする、くねくねを見てその正体を知るとくねくねと同じものになる、という現在でもよく知られるくねくねの要素が完成した。
     このように、くねくねは比較的近年、ネット上で生まれた新しい都市伝説だ。しかし見ただけで精神が壊れてしまうといわれていた妖怪は、実はそれ以前にもいた。

    2chオカルト版の名物スレだった通称「洒落怖」。Wikipediaでは、記念すべき最初の書き込み(2000年8月2日)を読むことができる。

    「視線が寄せる恐怖」の系譜

     江戸時代後期、中村弘毅という人物によって記された『思斎漫録』には、現在の佐賀県唐津市にある唐津城の堀に現れたという妖怪のことが記録されている。この妖怪と遭遇するものはたちまち正気を失うといわれており、だれひとりとしてその正体を知らなかった。しかし味地義兵衛という者が「君侯のおられる城堀に妖怪変化を住まわせるのは最も恥ずべきことである」としてひとりでその堀へと歩いていった。
     妖怪が出ると噂のため、その堀の周りには人の往来さえなかったが、義兵衛は恐れることなくそこで待っていると、突然堀の中から一匹の妖怪が現れた。その顔は藍より青く、目は大きく、眼光は煌々として人を射たという。
     妖怪は義兵衛を見て水の上に立ったが、義兵衛はなおも恐れることなく妖怪の前に端座して相対し、目を怒らせて睨み合った、すると妖怪の体は日に溶ける氷のようになり、最後は消えて跡形もなくなり、それ以降再び現れることはなかったという。

     くねくねと唐津城の妖怪、いずれも姿を見れば正気を失うとされる存在だが、唐津城の妖怪はひとりの胆力のある男によって破られた。くねくねもいつか正気を保ったままその正体を見破る人間が出てくるのかもしれない。

    江戸時代、佐賀の唐津城にも姿を見てはいけない妖怪の存在があった。

    (月刊ムー 2025年11月号掲載)

    朝里樹

    1990年北海道生まれ。怪異妖怪愛好家。在野で都市伝説の収集・研究を行う。

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