“平成の神隠し”は終わらない…! ホラー映画「きさらぎ駅 Re:」が映す都市伝説と異界の現在地
かつて、インターネット上を賑わせた異界の駅をモチーフにヒットした都市伝説映画「きさらぎ駅」。その待望の続編がついに登場!「きさらぎ駅 Re:」6月13日から公開です。
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迷い込んだ異界で 手を差しのべるおっさんがいるそれは天狗の面影か、時の番人か?
日常のふとした瞬間、異世界に迷い込むことがある。電車に乗っていると見知らぬ駅に着いていたという「きさらぎ駅」、現実の隙間から零れ落ちた先にある「バックルーム」など、近年、こういった話はよく語られる。
しかし、異世界によってはもとの世界に戻してくれる親切な存在が登場する場合もある。その代表的なものが、「時空のおっさん」と呼ばれる中年男性だ。
時空のおっさんがはじめて登場したのは2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のオカルト板に立てられた「死ぬ程洒落にならない怖い話しを集めてみない?104」スレッドにおいて2005年7月21日に書き込まれた体験談で、当時から2か月ほど前のことだと語られている。
体験者は大学生の男性で、朝10時ごろに起きて大学に着いたところ、なぜか大学の中にひとりも人間がいない。そこでおかしいと思っていると携帯電話が鳴り、表示を見ると「NOBODY」と記されている。
その電話に出てみると「お前、何でここにいるんだ!」という男性の声が聞こえ、「あなただれです?」と尋ねると、「そんなことはどうでもいい! どうやってここに入ってきた!」と返ってくる。そして「外を見てみろ!」と電話相手がいうので、教室のベランダから外を見ると、グラウンドの中央に中年男性が立っていた。
男性は体験者を見つけると、ポケットに手を入れた。体験者はそれを見て危険を感じ、逃げようとしたが、直後に体が伸びるような不思議な感覚に陥り、次の瞬間に目を覚ました。
なぜか体験者はベッドに寝ており、時刻は朝8時だった。夢でも見たのかと思ったが、先ほど大学に行く前に食べた朝食がなくなっており、夢ではないことがわかった。体験者は、あの男性は時の番人ではないのかと語り、中年の男性だったことは覚えているが、姿や声はいっさい覚えていないと書き込んで話は終わっている。
この体験談を契機として、2ちゃんねるをはじめとしたネット上では、この時の番人に類似した存在に遭遇した体験談が語られるようになった。
この番人は通称「時空のおっさん」と呼ばれるようになったが、女性や若い男性、子ども、ときには犬や猫などの動物であったという証言もある。概して不思議な世界に迷い込んでしまった人間を見つけると、その人間をもとの世界に返してくれるという役割を担っており、多くの体験談では携帯電話で別のだれかに連絡したり、作業着を着て何らかの作業をしている様子が語られている。
その正体は不明だが、稀に過去に死んだ人間だったり、現実世界で出会ったことのある人間がこの役割を担っていたという体験談もある。いずれにせよ現実とは異なる世界の住人であり、不思議な力を持っていることは共通しているようだ。
しかし、このような不思議な世界に迷い込む話は現代にのみあるわけではなく、昔から神隠しなどと呼ばれて、頻繁に発生していた。そして、古くはこの神隠しを起こす存在として天狗がよく語られていたが、彼らはまた、その不思議な世界から人間を現実世界に戻す役割も担っていた。またその際には、天狗は人間の男の姿でいることも多かった。
たとえば鎌倉時代に記された説話集『古今著聞集』には、次のような話が載せられている。
上醍醐(現在の京都府京都市伏見区にある醍醐寺創世の地)で春舜房という僧侶が写経していたとき、法師がどこからともなく現れ、春舜房を摑んで空中へ連れ去った。やがてどこともわからない山の中に降ろされたが、そこには法師姿の者たちが大勢おり、その中の棟梁らしきものが春舜房を見て、彼を連れてきた法師に対し「どうしてこの方を連れてきたのか。すぐにもとのところにお送りしなさい」といった。すると春舜房を連れてきた法師が再び春舜房を摑み、飛んでもとの場所に戻した。これは天狗の仕業であったという。
少し時代が下った南北朝時代に記された『太平記』には、「雲景未来記」と呼ばれる話が記されている。
これは雲景という僧侶が老山伏に愛宕山を案内されるが、そこには崇徳院や後鳥羽院など、かつて人間だったが死後天狗になった者がおり、天下を乱すための評定を行っている様子を見せられる。雲景が興味深くその光景を見ていると、突然火の手が上がり、逃げようとした雲景はふと夢が覚めたように現実世界に戻っていたという。
近世、近代にもこういった話はあり、たとえば『旅と伝説』昭和13年3月号に掲載されている野口長議の『南会津の民俗(二)』では、福島県である人が行方不明になり、4、5日後に帰ってきた。その人の話によると、村近くの山に入ったところ、夜明けごろに小鳥のようなものが現れて一緒に来いというのでついていくと、隣村の山に入った。数日後、天狗が現れて「汝はここにいては悪いから村へ帰れ」といって彼を摑み、投げ飛ばした。すると、その人は村近くの山に戻っていたという。
このように、かつての天狗は人を神隠しに遭わせる存在であるとともに、神隠しにされた人間をもとの世界に戻す力を持っていた。しかし、天狗も時空のおっさんも、彼らと出会った体験談は現実に帰ってきた人間の語る話であることに留意しなければならない。なぜなら異界に連れていかれて帰ってこれなかった人間は、体験談を語ることさえできないのだ。
もし現実とは違う世界に迷い込んだとき、そこに自分を帰してくれる存在がいたのなら幸運だ。そうでなければ、永遠に見知らぬ世界をさ迷うことになるかもしれない。
(月刊ムー 2025年8月号掲載)
朝里樹
1990年北海道生まれ。怪異妖怪愛好家。在野で都市伝説の収集・研究を行う。
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