包帯男と戦争の影を従えて…怪人「トンカラトン」の増殖/吉田悠軌・怪談解題

文=吉田悠軌

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    前回(「トラウマ怪人トンカラトンの誕生吉田悠軌・怪談解題」)、オカルト探偵の調査によってみえてきたトンカラトン誕生前夜のようす。だがその先にはさらに大きな、怪談文化的バックグラウンドの広がりがあった。 恐怖の包帯怪人の根は、平成をはるかにさかのぼり、終戦直後にまで伸びていたのだ。

    トンカラトンに先がける「恐怖の包帯男」たち

    『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(以下『花子さん』)によって、全国の子どもたちのトラウマとなった怪人「トンカラトン」。実はそこに、ネタ元となる特定地方(九州北部?)の噂があったのではないか……というのが前回の捜査内容だった。

     それはそれでロマンのある話なのだが、今回はもっと視点を広げてみよう。トンカラトンというキャラクターが人気を博し、今や現代妖怪の一員としてすっかり定着したのは、それを受け入れる素地があったからではないか。
     全身包帯姿で人を襲うキャラクターから連想されるのは、もちろんまず「ミイラ男」がある。
    『ミイラの復活』(1940年)からのユニバーサルフィルム、その設定を引き継いだハマーフィルムにおける、一連のミイラ男映画シリーズで主役を張りつづけたミイラ男「カリス」こそ、包帯怪人の元祖であり、われわれのイメージに決定的影響を与えた存在なのは間違いない。
     漫画『るろうに剣心』の悪役「志々雄真実(ししおまこと)」も忘れてはならないだろう。漫画史上に刻まれるべき傑作キャラクターデザインだが、全身包帯に日本刀という点はまさにトンカラトンそのもの。ただし志々雄真実の登場は『花子さん』の3年後。『剣心』側がトンカラトンの影響を受けて誕生したとも考えられる。

     もっと直接、トンカラトンとつながるであろう現代怪談や都市伝説を探っていこう。

     トンカラトンの登場前後である1993~94年には、「包帯おじさん」なる怪人が報告されている。たとえば『学校の怪談 100不思議通信スペシャル』(1994年12月刊、ポプラ社)への読者投稿。

     友だちからきいた話なんですが、ほうたいおじさんという人がいて、夜こわい道を一人で歩くと、ほうたいおじさんがあらわれて、「このほうたいをまいてくれ」という。もしまかなかったらナイフでさされて殺されてほうたいでまかれるという話。まいても三か月ごに指がいたくなるという。(大阪府豊中市 H・E 11歳 女子)

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    『学校の怪談16 100不思議通信スペシャル』(日本民話の会学校の怪談編集委員会編、ポプラ社刊)より、「ほうたいおじさん」の投稿。子供らしい表現ではあるが、イラストはまさにユニバーサル映画に出てくるミイラ男さながらだ。

     なるほど、殺害された後、自分も包帯に巻かれる(=仲間にされる?)部分はトンカラトンと酷似している。しかし不可解なのは最後の「まいても三か月ごに指がいたくなる」という点だ。余計なつけ足しに見えるが、実はここが話の源流をさかのぼる取っ掛かりになるのだ。

     この噂にもまた明らかな「ネタ元」がある。1993年7月刊『四番目のトイレの呪い』(偕成社)内の一話「包帯おじさん」(堀直子)だ。

     だれがいったというわけでもなく、この道に、包帯おじさんが出るといううわさがたったのは、いつごろからだったでしょうか。
     ――夜ね、公園の裏道を歩いてるとね、おじさんがあらわれるの。おじさんは、顔じゅうにまいている包帯をシュルシュルとほどくと「さあ、こんどは、きみに、包帯をまいてあげよう」って、血でそまった包帯をひらひらさせて、追いかけてくるんだって。どこまでも、どこまでも。でね、包帯をとった、おじさんの顔は……。

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    『ねむれないほどこわい話5 四番目のトイレの呪い』(日本児童文学者協会編、偕成社刊)より、「包帯おじさん」の挿絵。右のほうたいおじさんと違い、こちらはコートの襟を立てた一見紳士のような姿の怪人として描かれる。

     主人公の少女は「包帯おじさん」らしき中年男と遭遇し、左手薬指に包帯を巻くよう指示される。だがこちらに差し出された男の指は、なぜか金属の棒のようだった。恐れをなして逃げ帰る少女。しばらく後、少女の左手薬指がひどく痛みだし、爪まではがれてしまう事態になる。
    「ひょう疽(そ)」と診断された少女の指は、男と同じように包帯でぐるぐる巻きにされたのだった。しかしいったい、少女はいつどこで細菌に感染したのだろうか。
     ……という話である。これを参照した噂が豊中市の小学校で流れ、先述の投稿に至ったのだろう。

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    『学校のコワイうわさ 花子さんがきた!!』(森京詞姫著、竹書房刊)6巻より。増殖し、集団化するトンカラトン。©1996/森京詞姫/内田かずひろ/竹書房田かずひろ/竹書房

    包帯+日本刀が示す旧日本兵の影

     堀直子の筆致はあくまで児童文学調で、「実話」であるとは考えにくい。もっとも堀の身近に似たような噂があり、それに材をとった可能性も否定できないのだが。
     この「包帯おじさん」、キャラクターデザインという意味ではトンカラトンに比べて非常に弱い。なにせ指が金属であること以外は、本当にいそうな変態おじさんに過ぎないではないか。ただその分、「子どもの恐怖」をリアルに、生々しいかたちで提示しているともいえる。
     つまり「変質者との遭遇」、それに伴う「性行為」「病気感染」の予感という、子どもたち(およびその保護者)にとっての切迫した恐怖である。
     作中、少女が男の差し出す「金属のぼう」に包帯を巻いていくと、男は「ああ、いい気持ちだ」とつぶやく。そこから少女はなんとか逃げおおせた。しかし将来、結婚指輪をはめるであろう「左手薬指」は細菌に感染し、肉まであらわに剥けてしまったのである。
     これは間違いなく性的暴力への恐怖のメタファーであり、同時に「口裂け女」も意識されているはずだ。
     口裂け女はそもそも人外の怪物ではなく、「変質者と遭遇」するリアルな恐怖として生まれた。大きく裂けた口が「歯のある女性器(ヴァギナ・デンタータ)」の象徴だとは、たびたび指摘されている通り。マスクは陰部を隠す下着でもあり、「病気感染」を予感させるモチーフでもあり、もちろん包帯のイメージとも重なる。
     この「口裂け女」を男女反転させれば「包帯おじさん」になることは、作者の堀も自覚していたと推測する。また、ここから「性」要素だけを排除すれば、そのまま「トンカラトン」につながるではないか。

    兵士型「カシマさん」

     あるいは別ルートも探ってみよう。口裂け女のネタ元をさかのぼると、どこに行き着くだろうか。そう、「カシマさん」だ。
     トンカラトンとカシマさんの共通点は多い。両者とも、全身包帯や手足の欠損という身体障害がある。名前を聞くと出現し、こちらの身体を傷つけ、同じ姿にしようとする。だが同時に、名前を呼ぶことが唯一の撃退方法であるところも類似している。
     カシマさんは「女性型」が大勢をなすものの、男バージョンも少数ながら確かに存在する。戦地で負傷もしくは戦死した、怨念うずまく旧日本兵の霊。それが「兵士型カシマさん」だ。ここには昭和末期までよく街頭に見かけられた「傷痍軍人」のイメージが投影されているだろう。
     トンカラトンの持つ「日本刀」は、兵士型カシマさんと同じ旧日本兵を連想させる。では、もうひとつの特徴である自転車についてはどうだろうか。実はこの要素についても、両者を結ぶかもしれない傍証を発見した。雑誌「週刊実話 別冊」2001年1月号「読むと後悔するイヤーな話」記事内の「カシマサンガヤッテクル」だ。以下は、同記事を私が要約した文章となる。

     昔、カシマさんという軍人が戦闘中に左足を失い、本土に帰還してきた。しかし戦中という時節柄、退役後も障害のため働けないカシマさんは、村中の人々から疎まれていく。そしてある日、カシマさんは日本と日本人を憎みながら家に火を放ち、幼い娘とともに無理心中してしまったのだ。
     この話を聞いた人には、1日後か1週間後または1カ月後か1年後、夢の中にカシマさんの娘がやってくる。そして、赤い服を着たおかっぱの少女から「お父さんに殺されろ」と宣言される。
     その翌日、今度は赤い自転車に乗ったカシマさんが現われる。そして手に持ったノコギリでこちらの片足を切断し、持ち帰ってしまう。つまり自転車は、被害者の血で赤く染まっているのだ。
     逃れる方法はただひとつ。カシマさんの赤い自転車が目の前で止まり、チリンチリンとベルを鳴らしたところで、次の言葉をぶつけるしかない。
    「仮面の『か』、死人の『し』、悪魔の『ま』のカシマさん」

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    『学校のコワイうわさ 新花子さんがきた!!』3巻より。トンカラトンは公園で子どもに自転車の乗り方を教えてもうようになる。©1995/森京詞姫/内田かずひろ/竹書房 
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    『学校のコワイうわさ 新花子さんがきた!!』8巻(森京詞姫著、竹書房刊)より。銭湯で背中を流してもらったりとややコミカルな要素もみられるように。©1996/森京詞姫/内田かずひろ/竹書房
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    『新花子さん』17巻「真夜中のトンカラトン」より。怖いもの見たさでトンカラトンを捜しにきた子どもたちは、刀で切られやがてトンカラトンへと姿を変える。コミカルな一面をみせつつも、怪人はあくまで恐怖の対象なのだ。©2012/森京詞姫/内田かずひろ/竹書房

    トンカラトン誕生への時系列

     ここまで複雑なストーリーは、カシマ伝説全体でも珍しい。ましてや自転車に乗った兵士型カシマさんなど、他に見当たらない希少例だろう。細かい容姿については言及されていないものの、焼死したからには全身包帯姿でもおかしくない。とすればまさにトンカラトンそのままではないか。
     もちろん2001年の採話のため、逆にこちらが『花子さん』に影響された可能性も考慮すべきだろう。「赤い服を着たおかっぱの少女」が、まさしく花子さんを想起させるところもひっかかる。
     ただしそうだとしても、この噂が「トンカラトン→カシマさん」を繋ぐポイントであることに変わりはない。「カシマさん→口裂け女→包帯おじさん→トンカラトン」の時系列が、ここにおいて、ぐるりと輪になり完結したのだ。
     またこれは、私の知る限り2000年以降で唯一の兵士型カシマさんの例だ。カシマさん研究の定番『カシマさんを追う』(松山ひろし、アールズ出版)でも、同時期の類話は採取されていない。戦争の記憶が遠くなり、傷痍軍人の姿も見かけなくなったから、というのが、まず思いつく理由だろう。21世紀を境として、兵士型カシマさんはすっかり廃れてしまった。

     いや、こうも考えられる。兵士型カシマさんは、トンカラトンに役目を引き継ぐことで、都市伝説から引退したのではないか、と。

     そういえば前回の取材にて、辻井清氏がこんな情報を教えてくれたではないか。
    ――トンカラトンとは、昔の九州地方で、戦(いくさ)のかけ声に使われていた言葉だったそうですよ。

    『花子さん』で人気を博したトンカラトンは、その後もたびたび同作のアニメ・書籍に登場してくる。「斬られたものもトンカラトンになる」という性質によるものか、いつしか群れを形成し、「集団」で子どもたちを襲うようになっていく。さすがにこうした付加要素については、私もネタ元のローカル怪談が存在するとは考えていない。『花子さん』制作陣の「キャラづけ」が加速した結果だろう。だがスタッフ陣も無意識のうち、トンカラトンの根本に潜む恐怖を見抜いていたからこそ、「集団」の性質を付け足したのではないか。
     まずひとつは、先述したような「感染」の恐怖。いみじくも現在のコロナ禍でたびたび耳にするような、病気の「集団感染」を連想させる恐怖だ。
     そしてもうひとつは「軍隊」の恐怖。それもぼろぼろに疲れ果てた軍隊の、悲壮さを漂わせる恐怖だ。全身傷ついた体で自転車に乗り、日本刀を背負って行進するトンカラトンたちの群れ。それはまた、われわれが伝え聞いている、あの軍隊の遠いメタファーにもなるのではないか。インパールの山道を、ガダルカナルの密林を、ぼろぼろに傷つきながら進んでいった、あの軍隊の影が見え隠れしているのではないか。
     当時すでに忘れ去られようとしていた、あの兵士たちの影が。

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    独立回復への空気にわく1951年5月の大阪心斎橋で、街頭募金に立つ傷痍軍人。写真中央の傷痍兵は両足とも義足であることがみてとれる。繁華街や駅前で楽器の演奏などをして寄付を募った彼らは、その姿から「白衣募金者」とも呼ばれた。時代がくだるとともに減少していくが、昭和50年代まではちらほらとみられたという(写真=毎日新聞/アフロ)。

    吉田悠軌

    怪談・オカルト研究家。1980年、東京都生まれ。怪談サークル「とうもろこしの会」の会長をつとめ、 オカルトや怪談の現場および資料研究をライフワークとする。

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