妖怪「土蜘蛛」の実像は蜘蛛トーテム信仰集団だった!/高橋御山人・土蜘蛛考察(前編)
巨大な妖怪、あるいは朝廷に従わない「まつろわぬ民」とされる土蜘蛛。しかし本当にそうなのか?文献を読み解くことでみえてきた、土蜘蛛の新たな可能性とは。
記事を読む
豊橋に春を告げる奇祭、鬼祭。神社の境内に赤鬼が出現すると、武士のようないでたちの天狗との呪術バトルが展開される!鬼と天狗……そこには神話の荒ぶる神、そして消された古代王朝の影が見え隠れする?!
そして午後2時頃、境内に「ドーン」と呼び太鼓が鳴り響き、ようやくメインの「からかい」が始まった。間もなく、祭りの主役たる赤鬼が出現。「アーカーイ!」と叫ぶ警固衆を従えて、その巨体は参道を駆け抜け、拝殿前へ繰り込んできた。
霊力に満ちたような存在感に、辺りの空気が一変する。それにしても、当地の鬼達が身に着ける太紐は特徴的だ。これは鬼の強さや逞しさを表現したもので、全長20メートル超の2本の紐で結ばれているらしい。結び方や名前もそれぞれ異なり、赤鬼は「毛鬘(けまん)」、青鬼は「かざり」、小鬼は「かがり」と呼ばれるという。
赤鬼と同時に、鳥居の方の参道には、もう1人の主役たる天狗が出現。その姿は実に猛々しく、鼻高面と侍烏帽子を被り、具足に身を固め、背中に太刀を帯び、手に薙刀を持っている。さながら鎌倉武士のようだ。
天狗は、赤鬼を遠くから睨みつけ、司天師(してんじ)と笹良児(ささらご)らを従えて佇み、微動だにしない。一方、赤鬼は儀調場に上がり、跪いて「御頭様(おかしらさま)」の前で祈念。御頭様とは、元来この祭りの中心にあった獅子頭だ。かつては田楽で活躍したそうだが、神格化した今では、御船代(おふなしろ、船型の台)上で常に南の方を向けて祀られる。
さて、赤鬼は参道に降りると、天狗の方へ移動開始。日の丸扇子(目印)を振る警固の誘導に従い、ジグザグに参道を進んでいく。その動きは、古式の田楽に則り、天狗を挑発する意図もあってか、何処か滑稽で愛らしい。両手を交互に上げ下げし、高足取なる足を跳ね上げる独特な歩き方をして、参道の端に着く度に立ち止まり、両手を広げて仰け反る姿勢をとる。こんな調子で、赤鬼は徐々に鳥居の方まで行き、いよいよ天狗と間近で対峙。緊張感に包まれる中、両者は手招きで挑発し、静かに火花を散らす。
続いて、天狗が薙刀を中段に構え、低い前傾姿勢で大地を踏みしめながら進み寄ると、赤鬼は儀調場まで後退。ここで両者は、日の丸扇子を3回振りかざすことで戦いを挑む。天狗が背を向けて一旦退くと、赤鬼は追いかけ、撞木を掲げて「三種の秘儀」を放つ。すなわち、撞木、鼻の穢れ(鼻糞)、股の穢れ(金玉)を天狗に投げつける所作だ。少々下品だが、まさに「からかい」である。しかし天狗は、いずれも顔を背けて軽く交わす。
その後、赤鬼が再び天狗に進撃する……が、先程の侮辱の怒りからか、天狗が反撃に転じた。一進一退の攻防だ。今度は大勢の諸役と一緒に、天狗は威圧的に薙刀を構えて、じわじわと赤鬼に迫っていく。赤鬼は後退を余儀なくされ、儀調場まで追い詰められると、ついに堪え切れず逃走。かくして、1時間余りの戦いが決着した。
警固衆に囲まれた赤鬼は、一目散に参道を駆け抜けていく。そして社務所にタンキリ飴の土産を渡し、さらには参道でばら撒くと、鳥居の外へ飛び出していった。するとそれを合図に、警固衆が目眩ましの如く、一斉に飴と粉を振り撒いたではないか。
その結果、大量の粉が吹雪のように降り注ぎ、人々が真っ白になって飴を争奪。強烈な寒波の中、御利益とともに白熱した一体感がもたらされ、祭りは最高潮を迎えたのであった。
神明社を退散後、赤鬼一行は門寄となり、飴粉を振り撒きながら街中を疾走。天狗に負けたとはいえ、赤鬼が往来を躍動する姿は、依然として迫力満点である。筆者も真っ白になりつつ、必死に彼らを追跡した。
ちなみに、近年は「おにどこ」という公式スマホアプリ(祭り当日のみ稼働)で、赤鬼の現在地や予定ルートが確認出来るため、非常に便利であった。
やがて午後4時頃、談合神社に参じた赤鬼は、タンキリ飴と橙を神前に献上。この橙は、豊穣と子孫繫栄を象徴するもので、天狗との和解の印でもあるという。さらに赤鬼は、人々の頭を撫でて厄を払うと、すぐに境外へ去っていった。ここから一行は、ひたすら街を走り続けるのだ。
一方、神明社の天狗は、赤鬼が逃げるや否や、諸役を連れて意気揚々と儀調場へ乗り込み、「切祓(きりばらい)」の儀式を行う。薙刀を両手で構え、左・右・左と回る所作により、赤鬼の成敗を知らせ、天下を清めるのだ。
その後、諸役による田楽・神楽、豊凶を占う「御玉引きの年占」などを経て、神幸行列が出発。神事を見守っていた黒鬼を先頭に、天狗や諸役が続き、御頭様を担いで街を練り歩く。
午後5時頃、行列が談合神社に着くと、御頭様は殿内に安置され、神職が祝詞を奏上。また参道では、天狗が改めて切祓を行った。これらの神事で、「大衆的な祭り」としての行事予定はひと段落。だが以降も門寄のため、天狗らは夕暮れの街へ消えていった。
それにしても、御旅所とはいえ、全ての神役・諸役や諸神事の供物が集結するなど、談合神社の高い重要性は気になるところだ。諸説あるが、同神社は16世紀頃、東三河に住み着いた南朝の遺臣が、河内国(大阪)の郷里の祭神を勧請して創建。その遺臣の一党が密かに会合(談合)し、南朝の再興を謀ったことから、「談合宮」と呼ばれるようになったという。
南朝の文化が、この祭りに大きな影響を与えたのだろうか。
例えば赤鬼が繰り出した「三種の秘儀」。これは、南朝方が皇位の正統性を示す象徴として保持したという、「三種の神器」を思わせる。……ともあれ、数時間後の深夜、赤鬼らは無事に神明社へ還幸。神面の返納をもって、鬼祭は幕を閉じたのである。
2日間、祭りを通じて団結する街の力強さに、ただただ圧倒されるばかりだった。
鬼祭の由来神話は、要約すると次のようなものだ。
神代の昔、高天原の大神のもとに荒ぶる神が現れ、度々悪戯をするため、見かねた武神が成敗に向かう。両神秘術を尽して戦ったところ、荒ぶる神は再三挑戦するも、武神にかなわず逃走。
そして非を悟り、穀物の粉で己の罪穢を祓い清め、白粉餅を里人に配り与えて償いをした。こうして両神は和解し、一同喜んで神楽を舞った――。
この神話での高天原の大神とは、当然アマテラスのこと。
また、荒ぶる神(赤鬼)は、アマテラスの弟のスサノオ(素戔嗚尊)であり、彼が配った白粉餅がタンキリ飴の由来だという。
確かに赤鬼が境外へ飛び出す姿は、高天原を追放されたスサノオを思わせる。スサノオは牛頭天王と同一視されるため、牛の角や禍福をもたらす点などが、鬼のイメージとも合う。
では武神(天狗)はというと、天孫降臨の際の先導役にして、鼻高面で知られるサルタヒコ(猿田彦神)とされる。つまり「からかい」は、天津神と国津神の戦いとも解せる訳だ。
同時に、赤鬼が天狗に追い出される流れは、鬼払いの宮中行事「追儺(ついな)」を継承し、先住民が朝廷に鎮圧される様子にも見える。古代日本では、朝廷にまつろわぬ者は「鬼」とされ、征討対象であった。従って、赤鬼=先住民(国津神)、天狗=朝廷(天津神)を表すとも取れるだろう。
神明社の平石雅康宮司にお話を伺うと、前述のような見方も否定はされなかった。少なくとも、穏やかな雰囲気の黒鬼(国津神)は、帰順した山人の象徴と目されているようだ。
また「鬼の祭り」自体は、山の方から伝わってきたと考えられるという。三遠南信地域では、奥三河の「花祭」など、正月前後に鬼や天狗の登場する民俗芸能が多い。それらは、修験者が伝えたといわれる。南北朝時代の頃、彼らと南朝方は密接な関係であったため、その回峰ルート周辺は南朝伝説も豊富。
さらには、徐福伝説が見受けられるのが興味深い。
徐福といえば、今から約2200年前、秦の始皇帝の命で不老不死の霊薬を求め、日本列島に渡来したとされる方士(道士)。
その痕跡は各地に点在し、豊橋周辺にも、徐福一行が熊野から移住してきたという伝説がある。
そもそも、豊橋の古名の「飽海(安久美)」からして徐福を連想させる。
というのも、同地名の由来は「安曇(あづみ)」で、徐福との関わりも議論される、古代の海人・安曇族の拠点を示すという。こうした要素に加え、「スサノオの正体」とする説を鑑みると……徐福こそが、荒ぶる神の起源に深く絡んでいると筆者は見る。
あるいは、徐福が王になったとされる「平原広沢(広い平野と湿地)」、天孫族が得たとされる「葦原中国(あしはらのなかつくに)」とは、「穂国(ほのくに)」と呼ばれた往古の東三河だったのではないか。
だとすれば、壮大なる「豊橋鬼祭」は、正史から消された古代王朝の残影――すなわち、日本建国の“真実”を物語るものなのだろう。
【参考資料】
『令和7年 豊橋鬼祭 栞』(豊橋鬼祭保存会、豊橋鬼祭奉賛会、豊橋商工会議所、豊橋観光コンベンション協会)
『ふるさと再発見ガイドブック 知るほど豊橋【その十】春を呼ぶ、鬼と天狗とタンキリ飴 豊橋鬼祭』(豊橋市広報公聴課)
『神明社と豊橋鬼祭』(平石基次)
『鬼祭の田楽と神事』(平石基次)
影市マオ
B級冒険オカルトサイト「超魔界帝国の逆襲」管理人。別名・大魔王。超常現象や心霊・珍スポット、奇祭などを現場リサーチしている。
関連記事
妖怪「土蜘蛛」の実像は蜘蛛トーテム信仰集団だった!/高橋御山人・土蜘蛛考察(前編)
巨大な妖怪、あるいは朝廷に従わない「まつろわぬ民」とされる土蜘蛛。しかし本当にそうなのか?文献を読み解くことでみえてきた、土蜘蛛の新たな可能性とは。
記事を読む
奈良には「鬼の子孫」がいる! 古都に生きる鬼たちの伝説と現場へ/奈良妖怪新聞・オニ厳選
知る人ぞ知る「妖怪情報専門紙」が100号を達成!これまでに収集した膨大なデータから、オススメの「オバケ」を厳選紹介してもらった。
記事を読む
異形の鬼達が「悪魔祓い」で大暴れ! 埼玉・秩父の奇祭「浦山の獅子舞」を目撃
埼玉県秩父地方の山間に伝わる、いにしえの祭り。鬼と獅子が乱れ舞う「悪魔祓い」の一部始終を目撃した!
記事を読む
古代山岳信仰の現場「大石神ピラミッド」で感じた”シナイ山の風”
青森・新郷村エリアを巡る取材は古代の日本ピラミッドへ。この巨石遺構は現代にも聖性を伝える祭祀場だ!
記事を読む
おすすめ記事