都市伝説ミームとなったナバホ族の伝承「スキンウォーカー」のタブー/アリゾナ州ミステリー案内
超常現象の宝庫アメリカから、各州のミステリーを紹介。案内人は都市伝説研究家の宇佐和通! 目指せ全米制覇!
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大ヒットホラー映画『ラストサマー』(1997年)。この映画のポスターを確認していただきたい。鉤手の人物が描かれている。これがアメリカン・アーバンフォークロアの大定番キャラである「ザ・フック(鉤手の男)」だ。今回はザ・フックと、特に親和性が高いとされるテキサス州について書いていこう。
ザ・フックは20世紀半ばに登場したアメリカの都市伝説で、「キャンプファイヤー・クラシクス(キャンプファイヤーを囲んでする怖い話)」の代表として認識されている。まずは、オーソドックスなバージョンを紹介する。
* * *
その日は、州立病院にいた連続殺人鬼が逃走したというニュースが朝から繰り返し伝えらえていた。事故で右腕を失い、鉤手を付けていたため「ザ・フック」と呼ばれている。地域の人々に対して警戒を呼びかける放送が1時間に1回くらい流れ、不審なものを見かけたら報告するよう促している。
しかし、ジェニファーはまったく気にしていなかった。付き合い始めたばかりのトラヴィスとのデートの日だったからだ。友だちに何度も相談の電話をかけ、やっと着ていくドレスが決まった。髪もきれいに整えて玄関のポーチで待っていると、トラヴィスが車で迎えに来た。
途中でもう一組のカップルと合流してドライブインシアターで映画を見て、その後ふたりを送り届けると、地元で有名なラバーズレーン(車に乗ったカップルがいちゃつく場所)で2人きりになった。ジェニファーはトラヴィスの隣に寄り添い、ロマンチックな音楽がラジオから流れる中、キスを交わした。
そのとき突然緊急放送が始まって、連続殺犯に関する警告が再び放送された。ジェニファーは、自分が今いる暗い道がそれほどロマンチックに感じられなくなった。殺人鬼が潜むのに理想的な場所のように感じられ、トラヴィスを押しのけた。
「ここはやめたほうがいいんじゃない?」彼女は言った。「フックが来るかもしれないから」
「おいおい、大丈夫だよ、何でもないって」と言いながら、トラヴィスはもう一度キスしようとした。彼女は再び彼の体を押しのける。
「本当に嫌。ここ、私たちだけで誰もいないじゃない。怖い」と彼女は言った。2人はしばらく言い争った。少し経って、車が少し揺れたような気がした。まるで何か、いや誰かに押されたようだった。彼女は悲鳴をあげ、「早くここを出て!」と叫んだ。
「まったく、分かったよ」と言ったトラヴィスの声には呆れた響きがあったが、すぐにエンジンをかけ、タイヤを鳴らしながら走り出した。
帰り道は2人とも無言だった。ジェニファーの家に着いても、トラヴィスは車から降りて助手席のドアを開けようとはしなかった。あまりの仕打ちだ。腹を立てたジェニファーはドアを乱暴に開け、何も言わずに外に出た。振り向きざまに力いっぱいドアを閉めた瞬間、叫び声をあげた。
トラヴィスが飛び出してきてジェニファーの体を抱きしめた。「どうしたんだ? 何があった?」彼は叫んだ。ジェニファーが震える指で差し示した先には、助手席側のドアの取っ手に血まみれのフックがぶら下がっていた。
* * *
この話には、以下のようなバリエーションがある。
●間一髪で逃れるパターン(前述)
カップルが奇妙な物音を聞いたり、不安を感じたりして急いでその場を立ち去り、帰宅したタイミングでドアのハンドルにフックが引っかかっているのを発見する。犯人が非常に近くまで迫っていたことが暗示される。
●直接対決パターン
まずボーイフレンドが、続いて女性がフックに襲われ命を落とすストーリーで、警告を無視して殺されるダークな教訓話となっている。
●さりげない恐怖パターン
カップルは無事にラバーズレーンから立ち去るが、家に着いて車を降りたときに車体のあちこちひっかき傷や侵入された痕跡が残っているのを発見する。2人がいちゃついていたタイミングでザ・フックが車内に忍び込み、バックシートに座っていた可能性がほのめかされる。
舞台となるラバーズレーンは、特にテキサス州に紐づけられる場合が多い。意訳すれば「恋人通り」みたいなニュアンスの言葉だ。あちこちに広がる田園風景の中に小さな町が点在するテキサス州内には、物語の“現場”と思わせる雰囲気にふさわしい場所が特に多いようだ。こうしたセッティングを背景に展開される物語の最大のポイントは、想像を絶する偶然性と危険性にほかならない。
テキサス州内のどこかにあるラバーズレーンを舞台にした派生バージョンが多いことは、この都市伝説の特徴として認識しておくべきだろう。実在する道路や心霊スポット、廃病院など、特定の地域的要素を盛り込んだバージョンも多い。たとえば、廃病院を舞台にしたバージョンなら、冒頭で紹介した連続殺人鬼と州立病院とのつながりがさりげなく強調され、地元で起きた事件というイメージを増幅させる働きがある。
ザ・フックは、テキサス州の環境と密接に関係しながら進化してきたといえそうだ。ベースとなるストーリーは変わらないが、設定や登場人物、脅威となる要素などが今日的な文脈に合わせて変更され、時代にうまく適合するとともに、起承転結が見事に流れ、細部においても破綻が起きない話として語り継がれている。絶対的な恐怖が擬人化した姿として、ザ・フックは生き続けていくに違いない。
宇佐和通
翻訳家、作家、都市伝説研究家。海外情報に通じ、並木伸一郎氏のバディとしてロズウェルをはじめ現地取材にも参加している。
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