マルタ島の古代文明は長頭族が築いていた! 蛇信仰と巨石のミッシングリンク/アトランティス遺産

文=遠野そら

    失われたアトランティスの痕跡として有力なマルタ島には、主が不明の巨石遺跡がある。異形の頭蓋骨が示す彼らはアトランティス人だったのか?

    アトランティスの候補地=マルタ島

     約1万2千年前に海中に沈んだとされる幻の大陸アトランティス。古代ギリシアの哲学者プラトンによると、ジブラルタル海峡の西側に位置していたことが推測されているが、その候補地として地中海が挙げられているのをご存知だろうか。

     今なお世界各地でアトランティスの痕跡と思しき遺跡が発見されているが、今回は地中海のほぼ中央、美しい島々からなるマルタ共和国に点在するミステリーから紐解いていきたいと思う。

    美しい島々からなるマルタ共和国。引用:https://ryugaku.net/4648

     まず古代マルタ=アトランティス説を裏付ける遺物として挙げられるのが、謎多きマルタ巨石文明だ。総面積316平方kmと、東京都23区の半分にも満たないこの小さな島々には、随所で巨石を用いた神殿や地下宮殿の遺跡がみられる。これまでに発掘されたものは50ヶ所を超えており、崩落の激しいものや巨石碑なども加えれば、その数はなんと倍以上に増えるそうだ。

     その中でも特に有名なのが、推定紀元前5500年ごろに建造が始まったとされるゴゾ島の「ジャガンディーヤ」の主神殿であろう。これは祭壇に残っていた”煤”から測定されたもので、エジプトのピラミッドや、イギリスのストーンヘンジよりもさらに古い、マルタ巨石文明最古の神殿である。今ではほとんどが崩落してしまったが、建設当時は、内壁が赤く染められた地上三階建てに相当する神殿で、周囲を巨石の外壁に守られていたそうだ。

    ゴゾ島は広さ約67㎢と、東京ディズニーランドをやや上回る広さの島である。近隣の島から作業員が来ていたとしても相当な労力と年数がかかったことが推測されている。引用:
    https://axhotelsmalta.com/discover-activities-in-malta/activities/top-attractions/

     古代マルタ人の石造技術には目を見張るものがあるが、研究者によるとこれは本来ならあり得ない技術なのだという。

     普通ならば文明は、初期から後期へと時代が進むにつれ進化していくのが自然の流れであろう。小規模で簡素なものから、大規模で複雑化されたものが造られるようになり、それに合わせて技術や知識が豊かになっていく。
     しかしマルタ巨石文明にいたっては、最古、つまり最初に造られた神殿がジャガンディーヤとあり、それまで農耕を生業としていた人々が突然、地上三階建て相当の巨石神殿を建造していることになるのである。これはジャガンディーヤのみならずマルタ諸島に点在する巨石神殿全てにあてはまることで、技術の伝播を辿れない彼らの石造技術は、考古学、人類史学的にあり得ない進化になるそうだ。

    ジャガンティーヤ巨大な巨石の中には長さが 5 メートル (16.40 フィート) を超え、重量が 50 トンを超えるものもあるそうだ。引用:https://timesofmalta.com/article/Despite-Stonehenge-find-Malta-s-temples-still-oldest-oldest.466271

     すると必然的に浮かび上がってくるのが「紀元前5500年より以前にマルタ周辺で栄えた高度な文明の存在」であるが、その謎を解く答えとして注目されているのが、「カートラッツ」という溝跡である。

     カートラッツとは水深30m以上の海底にまで何キロにも渡り延びている謎の溝跡で、古代マルタ人が巨石を運んだ轍(わだち)の跡と推測されているものだ。地元マルタ大学の考古学研究チームは、このカートラッツがたどり着く海底にこそ巨石文明発祥の地があるとし、マルタ諸島がその昔、海に沈んだ大陸の一部であったことを示す証拠としているが、彼らの主張に賛同する研究者は多い。

    島の至る所に残されたカートラッツの跡。引用https://www.unexpectedtraveller.com/cart-ruts/

     次なる疑問は、マルタ巨石文明を築いた集団について、だ。彼らはどこからやって来たのだろうか。

     マルタの歴史によると、初めてマルタ諸島に人類が定住したのは今から約8000年前、紀元前5900年のこと。シチリア島から渡ってきた人々が家畜や植物を持ち込み、この地に農耕文化を根付かせたとされる。そして紀元前3600年〜紀元前2600年頃にマルタ独自の巨石文明は最盛期を迎えるものの、紀元前2300年頃にまでに衰退。以来古代マルタ人は姿を消し、500年もの間、マルタ諸島は無人と化していた——というのが公式な見解だ。

    蛇を信奉する長頭族の先行文明

     この見解を史実とするならば、シチリア島から渡ってきた人々がマルタ巨石文明を築いたことになるが、著者は彼らとは違う種族が古代マルタに定住していた可能性を主張したい。

     マルタ本島にある地下神殿「ハル・サフリエニ」で、雑多に積まれた7000体を超える人骨が見つかっているが、それとは別に6体の「長頭の頭蓋骨」が発見されていることはご存知だろうか。頭蓋骨はすべて、蛇の碑文が刻まれた遺物とともに地母神に捧げられた井戸の中に埋葬されていたことから、司祭階級にあったことが推測されているのだが、どう解釈しても我々人間とは異なる特徴を有しているのである。

    地下3層、38の石室が造られたハル_サフリエニ地下神殿。引用:Wikipedia

     その一つが頭蓋骨の縫合線である。頭蓋骨は新生児から成人になるにつれ徐々に癒合していく。それゆえ人間の頭蓋骨には縫合線が残るのだが、1つの頭蓋骨に「矢状縫合(しじょうほうごう)」をはじめとする幾つかの縫合線が欠けていたのである。

    ハル・サフルエニ地下神殿で発見された頭蓋骨。引用:https://www.guidememalta.com/en/why-are-these-elongated-skulls-at-hal-saflieni-hypogeum-shrouded-in-mystery

     そして彼らの外観はというと、頭蓋骨はいずれも男性のもので、皮膚が大きく後ろに引っ張られた、蛇または爬虫類のような顔をしていたようだ。そしてハル・サフルエニ地下神殿の中で他者とは隔てた生活を送りながら、繁殖を繰り返し、少なくとも紀元前2500年ごろに消滅したという。

     同神殿では発見された人骨はいずれも人工的な外傷を加えられた痕跡が残っていたが、彼らが生贄だったのか、それとも外科的な手術を行っていたのかは明らかになっていない。暗く湿った地下神殿とあり、触れるだけで崩れてしまうほど骨の損傷が激しかったことから、7000体を超える可能性も高いそうだ。

     現在、ハル・サフリエニ地下神殿の発掘調査は中止されており、一部は完全に封鎖、頭蓋骨も限られた関係者にのみ公開されるなど、調査は遅々として進んでいない。このことから、長頭族とマルタ巨石文明との繋がりは一切が不明である。しかしながら古来より長頭や蛇の信仰は世界各地に残されていることから、古代シチリア人よりも先に入植していた彼らが叡智の存在として崇められていた可能性もあるだろう。

     これまでも多くの研究者がアトランティスの痕跡を求めて調査を重ねているが、今なおアトランティスの実在は認められていない。だが地中海に浮かぶ美しい島々には時代を経て我々を魅了させるミステリーが眠っているのもまた事実なのだ。

    遠野そら

    UFO、怪奇現象、オーパーツなど、海外ミステリー情報に通じるオカルトライター。超常現象研究の第一人者・並木伸一郎氏のスタッフも務める。

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